昔話、化け物の少年
昔話・化け物の少年
昔々、あるところに、ひとりの少年がいました。少年は、幼いころから人と違っていました。言葉も、身なりも、連れている獣も、何もかも周りの人とは違っていました。人々は、自分たちと違う少年を、妬み、憎み、蔑みました。
少年は悩みました。どうしたら自分はみんなと同じになれるのだろう。
少年は、みんなと同じ言葉を話し、みんなと同じ服を着るようになりました。しかし、人々は少年を受け入れてくれません。そればかりか、前にも増して少年を虐めるようになりました。
少年は悩み、悩んだ末、人々から離れて暮らすことを決めました。
少年は獣と共に、人目を避けてひっそりと暮らし始めました。始めは、誰にも虐められない毎日が幸せでした。しかし、何日、何か月、何年と月日が経つに連れて、少年の心は暗くなっていきました。
少年は孤独でした。
少年は思います。何故自分はこんなところで一人でいるのだろうか、と。そう考えるうちに、少年の心はどんどん暗く、冷たく、そして無機質な色へと変わっていきます。
自分を虐めたヒトへの憎しみが少年の心を支配しようとした時、突然少年の住む家の扉が、控えめにコンコンと二回ノックされました。
少年はその音に飛び上がりました。この扉がノックされたことなど、今まで一度もありませんでした。少年が慌てふためいていると、今度は先ほどよりも強く、コンコンとノックの音がしました。
少年は小さな小さな声で、はい、と返事をしました。ノックの主は、その声がすると勢いよく扉を開きます。おびえた少年の前に現れたのは、見慣れない服を着た少年でした。
彼は部屋の隅に縮こまっている少年を見つけると、そこへ近づこうとします。少年はそれに驚き、悲鳴のような声で訴えます。自分に近づくな、自分は化け物だ、と。少年の言葉を聞き、彼は一度足を止めます。自分の前で膝を抱えて震える少年を見つめると、静かに口を開きました。君は化け物じゃない、オレと一緒の人間だよ、と。
少年は彼の言葉に、なるべく伏せていた顔を上げました。明るい茶色の瞳と髪がキラキラと光を放っています。彼の優しい言葉に、少年は近づこうかと思いますが、すぐに今までのことを思い出します。自分に向けられた負の感情の数々を思い、彼にもう一度言います。自分は一人で生きていく、だからもう構わないでくれ、と。少年の隣に寄り添っていた獣も、いつしか彼に牙を向けていました。
しかし、彼は臆すること無く少年に駆け寄り、彼の手を取りました。慌てて振り払おうとしますが、彼は離すまいとぎゅっと握っています。そして、彼は手を握ったまま笑いかけます。
「人もポケモンも、一人ぼっちは寂しいよ。君の心は、助けてって、一人は寂しいって、悲鳴を上げてる。オレにはその声、聞こえたよ」
彼の言葉を聞いた少年は、沸々と怒りがこみ上げてくるのを感じました。彼は何を言っているのでしょう。まるで、少年の苦しみを理解しているように彼は話します。ですが、少年の今までの苦しみは、少年にしか理解し得ないものです。少年の前で救いの手を差し伸べる彼は、少年の目には偽善者にしか映りませんでした。
少年は彼の手を強く払いのけました。
「僕は、お前と同じ人間のせいで一人にされているんだ。もう僕は誰にも頼らず、一人で生きていく。そして、僕を傷つけた人間を、世界を憎んで、憎んで、いつか……」
少年が呪いの言葉を紡ごうとした時、彼は少年をぎゅうっと抱きしめました。肩に回された手は、暖かく少年を包みます。彼はそのままの状態で言います。
「ダメだよ。憎むなんて言わないで。君を傷つけたヒトを許せないかもしれない。でもね、誰かを憎めば、その憎しみは何倍にもなって君に返ってくる。オレは、君がそれに押し潰されてしまうのを、見たくないんだ……!」
少年は彼に抱きしめられたまま、自分の肩が暖かいもので濡れているのに気が付きました。それは、少年を抱きしめている彼の涙でした。少年は不思議に思います。どうしてあったばかりの彼が、化け物と言われた自分のために涙を流すのでしょう。考えても分かりません。
少年は、彼の耳元で囁くように尋ねます。
「どうしてお前は僕に構うんだ?」
少年の問いに、彼は一層強く抱きしめて答えます。
「君には、幸せな未来を生きて欲しいんだ。暗く、冷たく、無機質な世界じゃない。誰かと一緒に過ごす、色鮮やかな未来を。それが、オレたちの願い」
そう言った彼の周りに、キラキラと光る様々な色が見えた気がしました。赤、緑、青、黄色、金、銀……。それは幻だったかのように、すぐに消えてしまいました。
彼の返答を聞いた少年は、何も言えませんでした。他人が自分のことをここまで思ってくれることなど、今まで一度たりとも無かったのですから。彼は少年の肩から顔を上げ、真っ直ぐ見つめます。
「一人は寂しいよ……」
消え入りそうに放たれた言葉は、先ほどとは違い、少年の心に染み透っていきました。一人で過ごし戦ってきた孤独と、寂しさ。彼は自分をそこから本当に連れ出してくれるのかもしれません。少年は彼を探るような目で見て尋ねました。
「それじゃあ、君は、僕の友達になってくれるのか?」
彼は、少年の言葉にきょとんとした表情を見せます。それを見て、あぁやはりだめなのか、と少年は落胆した気持ちになりました。彼は自分を救ってくれる存在ではないのです。そして、彼に今のことは忘れてくれ、といおうとすると、彼は少年の手を掴んで立ち上がりました。予想外の動きに目を白黒させていると、彼は先ほどとは比べ物にならないくらいの大輪の笑顔を少年に見せました。
「そんな、そんなこと、当たり前だや。オレと友達になろうよ!」
少年はそれを見て、心がじんわりと暖かくなっていくのを感じました、少年の心の変化を感じ取ったのか、獣ももう彼に牙を向けていません。
彼は少年の手を引いて、扉へと歩いていきます。少年の心はどきどきと高鳴っています。
そして、誰かと初めて潜り抜けた扉の向こうには、それは美しい景色が広がっていました。誰かと一緒の世界は、こんなにも美しいのです。少年は生まれて初めて、暖かい涙を流しました。
少年は、もう孤独ではありませんでした。
それからまた何年も時が過ぎ、少年は青年へと変わり、少年の獣もまた大きな獣に変わりました。青年の隣には、彼を愛してくれる人がいました。そして、幼い頃の彼に瓜二つな一人の愛らしい少年もいます。
青年は、あのひ自分を救ってくれた少年にいつも感謝をしながら、彼を愛する家族と共に、いつまでも幸せに過ごしましたとさ。
めでたし、めでたし。
トレーナーメモ
化け物の少年
薄い黄緑色の髪に、赤い瞳の少年。目の見えない小さな獣を連れている。
???
茶色の髪と瞳を持つ少年。人の心に敏感。