task18 盗失
「え〜…今日は皆に伝えたいことがある」
いつもはユピテルの挨拶(というより寝言)と号令で終わる朝礼の時間に、ジュノがいつになく緊張した面持をしている。
「ここから北東に行ったところにある、キザキの森の時間が…止まってしまったという情報が入った」
途端にギルドは喧々囂々たる大騒ぎになった。
「なんですって?」
「時間が止まっただって!?ヘイヘイ!」
「そうだ。現時点で入っている情報によれば、キザキの森では風や雲の流れを始めとする全ての自然現象が停止しているそうだ。今やあの森では、一滴の露さえ動かない」
「そんなことが…本当にあるんだな…」
「でも…何故でゲしょうね?」
「キサギの森のこれらの現象の原因…それはあの森の
時間の歯車が何者かによって盗まれたからだ」
「「「えぇ!?」」」
見事にユピテルとジュノ以外の十匹の声が揃う。
「
時間の歯車には…誰も手を出さないはずじゃないの?」
エリスが皆の意見を代弁するような形になり、その後また皆が口々に騒ぎだす。
「それに…あれは言い伝えだったはず。本当に時間が止まるなんて…」
「しかし信じられん!あれを盗る奴がいるなんてよっ!」
「みんな、朝礼中だぞ!」
バサバサと翼を動かしジュノが張り上げた声で、ようやく場が落ち着いた。
「すでに警察がこの事件の調査に乗り出している。
時間の歯車を盗む者がいること事態、信じられないのだが…他の
時間の歯車も狙われているかもしれない。不審者や何かに気付いたら、すぐに知らせるように警戒を強めて欲しいとのことだ。という訳で、連絡は以上。さぁみんな、仕事にかかるよ!」
「「「おぉーっ!!!」」」
号令だけはいつもと変わらず威勢がよかったが、朝礼が終わってもあちらこちらでギルドメンバー達が『
時間の歯車』の話を続けている。
「エリスとテナー、お前達はこっちにきなさい」
それらのグループに加わらず、早々と依頼を取りに行こうとしていたチーム・ルミエール(正確にいうと、取りに行こうとするテナーと彼女に連れていかれているエリス)にジュノは声をかけた。
「オマエ達も一通り仕事を経験したようだからな、今日はいよいよ探検家らしい依頼をさせてやろう♪」
ジュノがこういうのには訳がある。
テナー達のバッチは中央部がピンクから緑に変化していた。昨日付けでチーム・ルミエールはノーマルランクの一つ上、ブロンズランクに昇格したところなのだ。
「やっぱり今までのは探検家っぽい仕事じゃなかったってこと?落とし物探しとかお店の在庫調査とか…」
ジュノに気付かれないよう、テナーは生意気な口をきくピカチュウの後頭部をはたいた。
「痛っ!」
「以前ランクに似合わずお尋ね者キドナの逮捕を見事にこなしただろう?その功績に準じてオマエ達がやりたがっていたような仕事をやらせてやろうという計らいなんだ。調子に乗るんじゃないよ!」
テナーの無言の叱責と、ジュノのとどめの一撃でエリスはおとなしくなった。
「分かったよ…それで、どこで何するの?」
「今回はある滝の調査をしてもらう。これがその依頼書だ」
手渡された依頼書を見て、テナーは目を丸くした。
「『依頼主・ユピテル=イノーセン』…って!」
「ユピテル親方!?」
「その通り!親方様からご指名で受けた依頼だ、なおさらやる気が出るだろう?」
「誰の依頼であっても、全力でこなすのが探検隊では?」
何を今更、と真顔で嘯くテナーにジュノはたじたじである。
「そっ…それはそうなんだけど…」
「まぁまぁ、カタいこといわないの。早く依頼書読んでよ」
「えっと…『場所:秘密の滝(仮称)』、『分類:調査』。それでここからが依頼文よ。『この滝には何か秘密がありそうだという噂があるので、真偽の程を調査してね♪頑張って!』」
「『秘密の』っていう名前が怪すぎるから…あと依頼書ってこんなノリで書いていいもんなの?」
「細かいことは気にするな。初めての調査依頼としてはちょうどいいだろう?」
「えぇ、そうですね。で、この滝はどこに?」
テナーは相変わらずニコリともしない。
「…不思議な地図を出してくれ」
ジュノは極めてバツが悪そうにしつつ、秘密の滝を指し示した。
「それじゃ、トレジャータウンで買い出ししてからいってきまーす」
先ほどとはあべこべに、エリスはテナーを引きずるようにしてトレジャータウンに向かった。
「なんでテナーは素直じゃないのかなぁ…もっと喜べばいいのに」
『秘密の滝』への道中、エリスはぽつりと言った。
一度行ったことのあるダンジョンなら、テナーのバッチを使って瞬間移動できるのだが、そうでないときは原則徒歩移動なのだ。
「何が?どんな形式であれ、依頼は依頼よ。感情は抜き」
「そんなこと言って…ほんとはうれしいんでしょ?だって、『未開の地を切り開く探検家』が目標なんだし。願ってもない機会じゃん」
「…なんでそういうのは覚えてるのよ。記憶喪失なのに」
「記憶喪失と記憶力無しとは意味が違うよ?それに、テナーの夢なんて大事なこと、簡単には忘れないもん。テナーはもっとさぁ…感情を表にだしたほうがいいと思うよ?私みたいに!」
これがその手本だ、といわんばかりにエリスはニッコリしてみせる。
「あなたは必要以上に感情豊かなんだから。むしろ感情を押さえる方法を学んで欲しいわね。それにあなたにはもっと記憶力を割くべきことがあるでしょう?」
「そうやって話そらして…行きたくないの?」
「別に…」
「正直に、はい!」
「…」
会話の間としてはあまりにも長い沈黙の後、テナーが極々小さな声でそれを破った。
「…確かに、嘘になるわよ。興味が全くないって言ったら」
「でしょー?」
「だけどそれ以上に、同行者があまりにも頼りないっていう不安のほうが強いわね」
エリスの笑顔が途中で引きつった。
「…今の台詞で、かなりのダメージ食らったんだけど」
「あら、正直に言ったまでよ?自分の感情を」
皮肉でもなんでもない。テナーはそういう性格なのだ。
「…なんだっていいや、せっかくのユピテル親方の計らいだしね。頑張ろう!」