task17 心想
「テナー、エリスをみてないでゲスか?」
ギルドへ帰着したテナーに、イストは開口一番そう尋ねた。
「いないんですか?」
「ちょっと出かけてくるって、少し前に外へでたんだが…そろそろ門限だぞ?」
と、これはバッカスの台詞。
「鞄とかは置いたままらしいし、そう遠くへは行ってないと思うぜ、ヘイヘイ!」
さらに、ポロアが心配しているのかどうか分からない調子でいい足した。
「わかりました…探してきます」
鞄を置く暇もなく、梯子を登って外へ出る羽目になった。
行くあてなら、いくつかある。
――エリスはダンジョンとトレジャータウン周辺しか知らない筈だから、鞄なしなら行き先はトレジャータウンか…海岸ぐらいかしら?
『えーいっ!』
折よく、エリスの掛け声(?)が風に乗って届いた。方角は予想道理トレジャータウンだ。
辿り着いたのはヨマワル銀行前、岩造りの建造物。毎日見てはいるが何の施設かは知らなかった。
この町の建物は一目みて主のポケモンの種族がわかるものが大半なのだが、今テナーの前にそびえ建つものに関しては竜の頭蓋骨がモチーフだということしか分からない。
「…ここからよね?」
扉に手をかけ、慎重に開きながらのぞき込んだ。
「あ、お帰りテナー」
中はちょっとしたバトルフィールドになっており、そこにエリスと
「ま、また客がきただーっ!」
異常にオタオタしているガラガラがいた。
ひとまず、自分が客ではない旨を彼に伝えておいてからエリスに話しかける。
「エリス、ここは?」
「看板みなかったの?ここは『ガラガラ道場』。今、トレンさんに技の稽古つけてもらってたんだよ。あ、ちゃんと書き取りは終わらせて来たからね」
「ならいいけど…初耳ね。トレジャータウンに道場があるなんて」
「今までちょっと潰れていたが今日、華麗にリニューアルオープンしたところだあよ!だども、ぜんっぜん誰もこなくてよぉ…そこにあらわれたのが、エリスちゃんって訳だ!」
「散歩してたらチラシ配っててさ、行ってみようかなと思って。だいぶうまくなったと思うよ?」
「それは結構ね。門限に遅れてまでやろうとする志はたいしたものだわ」
「門限!?うっそ、もうそんな時間?」
時間の感覚がなかったらしい。よほど熱中していたのだろう。
「すまないな。そんな時間まで引き止めて」
「ううん。稽古たのんだの私だし。今日はありがとう、レニンさん。ねぇ、また来てもいい?」
「もちろんだ!お前ら、いつ来てもタダで修行させてやるよ!」
「お前『ら』?」
なぜ複数形なのか、問う前にレニンがこたえた。
「あぁ!テナーちゃんも強くなりたいんだろう?エリスちゃんから聞いてるぞ」
「ちょっ、レニンさん!それは言わない約束だって…」
エリスが叫んだが、後の祭りだった。
結局、エリス達は門限には間に合った。
食事を終え、部屋に戻り、ドアが閉まった瞬間。
「ほんっっっとにあなたは余計なことばっかりいうんだから!」
テナーが突如ぶち切れた。
「なんで今急にそれ言うの!?怒られるとは思ってたけど!」
「道場でごたごた言ってたら私まで夕飯食べ損ねそうだったからよ!とばっちりは嫌だもの」
「冷静になるポイントが間違ってる…」
テナーはよく言えば切り替え上手、悪く言えば八方美人なのだ。
「そもそも、なんで急に訓練なんて始めたりしたの?」
「え?んー…なんとなく」
「理由になってない!」
「強いて言うなら…足手まといにならないように?だってさ、いっつも一人で頑張ってる気がして。私も頑張んなきゃってこと。バトルも下手だし、いろんなこと教えられてばっかりだし…。探検者になって、自分の力で歴史を解き明かしたいんでしょ?」
口からつらつらと溢れる言い訳じみた言葉に、エリス自身が驚いていた。
「…ずいぶん殊勝な心がけじゃない。らしくないけど」
「でもさ、今のままだったらそれでも不公平なんだよね」
「何が?」
エリスは一度言葉を切る。そして、今度こそ本音を話始めた。
「テナー、私に隠してることあるでしょ?」
虚を衝かれてテナーが微かに呻いた。
「それが?根拠でもあるの?」
「『キアロ=マオシアン』。三天王の一匹で、行方不明で…テナーの家族じゃないの?」
一瞬の間の後、緊張を解いたテナーから溜息がもれた。
「珍しくいじらしいこというと思ったら。時間の問題とは思ってたけどね」
それは、心当たりがある…否、それこそが秘密であると自白したも同然だった。
「どうして?話して欲しかったのに」
「話す必要なんてあるの?」
「あるよ!チームだもん!味方でしょ!?」
エリスはページの千切れたあの本を取り出し、テナーに示した。
「…読んでいいとは言ってないわよ」
「あんまり読んでないよ。破れたページに何が書いてあるか聞きに行っただけ」
「それなら、まあ…」
「それと扉の書き込み読んだだけ」
「どこが『だけ』よ!十分よ!」
だが観念したらしく、テナーはやれやれと首を振った。
「ついてないわ。まさか一日で二匹のポケモンに秘密を看破されるとはね…」
「二匹?」
「親方様。外で会ったの」
今度は、テナーが話す番だった。『果て見の丘』での出来事をかいつまんで説明する。
「よりによって、一番隠したかったところにばれたってわけ。どう?お笑いでしょ?」
自虐的に微笑む。皮肉にも、エリスがはじめて見るテナーの笑顔だった。
「そうかな?良かったとは思うけど。もう隠さなくていいんでしょ?安心していいんじゃない?」
「どういう思考回路よ、それ…まだギルドの方々には秘密だし」
それでも、エリスの言うとおりほっとしているのもまた事実だった。
「第一、私は馴れ合いとか関り合うの嫌いなの」
「馴れ合いが本当に嫌なら、チームなんて組まないよ」
「探検者になるためにはチームの方が有利だから、仕方なく組んでるの。じゃなきゃずっと前にギルドに入ってるわよ」
「なるほど。それであの日海岸で倒れてた見ず知らずの私とチームを組むほど切羽詰まっていた、と」
「失礼ね!助けられた身で」
かぁっとテナーが赤くなる。図星だな、とエリスは笑った。
「嘘だよ嘘。感謝してます」
そのとき、エリスの脳裏にある一つの言葉が浮かんだ。
「そうだ。馴れ合いが嫌なら…『契約』っていうのは?」
「契約?」
「例えば…『テナーは私が過去を取り戻せるように協力する。私はテナーが探検隊になれるようにサポートする』。これならいいでしょ?」
かつて、これと同じような会話をしたような気が不意にしたが、よく考える前に分からなくなってしまった。
「そうね…『互いの秘密に不用意に近づかない』、これも契約に入れるのなら」
「いいよ。約束ね」
「…約束」
『お互いの夢を支える』
それは、彼女たちが互いに交わした始めての約束だった。