task14 走
エリスが百科辞典とにらめっこしていたのと同じ頃。
テナーはトレジャータウンに程近いところにある丘を目指していた。
肩にいつもの鞄をかけ、通いなれた様子で歩いている。
――何回目になるかしらね。ここにくるのも…
歩きながら、ふとそんなことが思い浮かんだ。
もちろん、本当に何回目の来訪なのかはテナーの記憶力をもってすれば簡単にわかる。なにせ、『全てを忘れない』頭脳の持ち主なのだ。
だが、彼女は『忘れない』ということに伴う苦しさもまたよく知っていた。だからこそ、自分の記憶力に関することはめったに他者に話さないし、普段から極力意識上に辛い思い出が浮上しないように努力している。
それが『忘れる』ということができないテナーが身につけた処世術だった。
素早く疑念を打ち消し、違う方向に頭を切り替える。
――そういえば、こうやって記憶を封じるのも久しぶりね
エリスは目を離した瞬間に騒ぎをおこすような性格だから、探検隊修行を始めてからというものそちらにばかり気を取られていた。その結果として記憶のことを気にしなくさせたのだから、そこは不本意ながらエリスに感謝すべきなのだろう。
記憶を持たず、心の赴くままに動き回るエリスがチームリーダーとしては煩わしいのは間違いない。だが、自分の対極の存在のような彼女を時たま羨んでいるのもまた事実だった。
――なんにせよ、早く済ませて夕飯までには帰らないとね…
テナーは走り始める。早くなった歩調に合わせて、いつもと同じように遺跡の欠片をつめた鞄がカタカタと音をたてた。
トレジャータウンから少し離れたところにある小高い丘――『果て見の丘』の上に、小さな石碑が建っていることを知るポケモンはそう多くない。そもそも、この丘の存在を知っているのは地元の者とごく一部のポケモンだけだ。
ましてや、その石碑が誰の為のものかを知っているのはテナーくらいしかいないはずだった。
だがテナーが丘に辿り着いたとき、そこにはすでに先客がいた。
「親方…様?」
テナーの声で振り向いたピンク色のポケモンは、来るのを知っていたように微笑む。
間違いない。そこにいたのはユピテル=イノーセンだった。
「テナーも景色みに来たの?ほら、ここからみる海は今日も綺麗だよ」
ユピテルが遠方を指し示す。『果て見』という名にふさわしく、丘の上からは青い海がよく見えた。
「はぐらかさないで下さい。親方様、なぜここににいらっしゃるんですか?」
テナーは予想外の出来事への苛立ちを隠しきれていない。
「ボクは親友に近況報告だよ。テナーは?」
「…なんとなく、です。気分転換ですよ」
ユピテルがこの石碑が誰の為のものか知っているのも当然といえば当然だった。親方と、ここに名を刻まれたポケモンはかつて同じ『三天王』として名を馳せていたのだから。
だが、ここで彼と共にいるのはなるべく避けたかった。より正確にいうなら、この場所はただ自分と石碑だけでいたかった。
――今日は出直したほうがいいわね…
「いつもエリスの子守をしてて、息抜きしたくなっただけです…では、私はこれで」
テナーが踵を返したそのとき、
「いや、キミにもいて欲しいんだよ?『テナー=マオシアン』」
急に真面目な口調になったユピテルに、その場に固められた。
ユピテルには――親方には自分の名前のことを話してないはずだった。
息を一つついて、改めてその表情を伺う。ユピテルは意味深な微笑を浮かべて言葉を継いだ。
「ちょうどいい機会だ。キアロに――キミのお父さんに報告しないとね。自慢の愛娘がボクのギルドに入ったって」