ポケダン伝〜時と闇を繋ぐ光〜 - 第四章 目指すものは
task13 捜
次の日の午後。
テナーが予告通りどこかへ出掛けたあと、エリスはギルドの部屋でペンを走らせていた。

「よしっ!宿題終わり!」

ペンをたたきつけるように置き、右手を軽く振るう。目の前には書き取り用のノートがあった。
テナーとの約束通り、足型文字書き取り(50回)を済ませたところだ。

「本気だしたら私は早いんだからね。よーし、作戦開始!」

作戦、といっても大したことはない。テナーの持ってきた本から何か手掛かりがないか探ろう、という安易なものである。

「まずは…これ読もうかな」

部屋の片隅に積み上げられた本の中から一冊取り出す。
表紙をめくると、本の見開き部分に書き込みがある。ペンで記されたその文章は、エリスでも楽に読める程ごく短いものだった。

「『テナーへ・父さんより』。…プレゼントか何かだったのかな?でも、やっぱりテナーに家族はいるんだ。いきなり手掛かりが見つかるなんて幸先がいい!」

そんなこんなで好スタートを切ったものの、その先が進まない。
自分の調べている本が、その分厚さと図やイラストの多さで百科辞典らしいということは辛うじてわかる。
だが、(少し考えれば分かりそうなものだが)足型文字習いたての状態で全てを読める訳もない。
もともと根気と計画性のないエリスがやる気を失うのは時間の問題だった。

「…字読めなくても、イラストなら分かるもん」

負け惜しみめいた独り言をいいながらぱらぱらとめくるだけになった頃、あるページか目にとまった。
スケッチではあるが丁寧に描かれた歯車の図版。そしてその下の文字はなんとか読むことができた。

「これって…」

そこを開いたまま、書き取り用とは別のノートを手に取った。
こちらはエリスのメモ用ノート。例の文字でテナーから教わったことを書いてある。

「あった。時間(とき)の歯車についてのメモ」

『〇 時間(とき)の歯車
グラド大陸の各地に存在するとされる。
だがその総数や各々の正確な位置などは不明な点が多い。
周辺地域の時を司るという言い伝えがある。』

「そうそう。この前やったときにこの本のこのページ見たんだよね」

エリスはそのときのことを思い出し始めた。





『時間(とき)の歯車』について勉強したとき、エリスはこう切り出した。

「これって盗られたりしないの?スケッチでもこんなにきれいだし、いかにも『お宝』って感じだよ?」

「まずありえないわね。どんな極悪非道の輩(やから)でも、時間(とき)の歯車がその場所から消えればどうなるか、盗った者がどうなるかも分からないから手出しさえしない・・・それだけこれは恐れられているの」

「なるほどねぇ…そうだ。テナーは直接みたことある?」

「なんでそんなこと訊くのよ」

「見たことあるならうらやましいなぁと思って。まぁ無いだろうけどさ」

エリスはわざと挑戦的にいった。
すると、普段は冷静なテナーがムッとして言い返してきた。

「あるわよ!…一度だけね」

「本当に!?どんなのだった?どこにあるやつ?」

ここぞとばかりに質問を浴びせる。
『馬鹿にされたと感じるとムキになり、前後の見境がなくなる』。エリスの知る唯一のテナーの弱点だが、こんなときにはかなり効果があった。

「そこまでは教えられないわ。時の歯車の位置は周辺地域の住民内での秘密よ」

「てことは、テナーの家は時間(とき)の歯車の近くってことか」

しまった、という表情を一瞬浮かべたが、テナーはすぐに冷静を装って口調を強くする。

「無駄話はここまでよ。全く、すぐにサボろうとするのはやめてくれない?」





「って、何脱線してんだ私は!」

我に帰ると、かなりの時間が経過したようで窓からさし込む太陽の光が傾いている。当然のことながら、ページは全然進んでいない。
だが、正直これ以上意味不明の文章を目で追うのは苦痛だった。

「本を読む作戦には無理があったかな…違う方法考えるか」

作業に見切りをつけて、本をしまおうとする。違和感に気付いたのはそのときだった。

「あれ?」

閉じた本を上からみて初めて、不自然に隙間が開いていることが分かった。その箇所を開いてみると、

「破れてる…」

3、4ページ分程が破れてなくなっている。

「おかしいな…テナーならすぐに直しそうな気がするんだけど」

だが破損を直した痕もなく、それどころか破り取った分が本のどこかにはさんであるという訳でもない。

「これも…手掛かり?でもなくなったのが何のページか分からないからな…そうだ!」





それから更に5分後。

「なるほど…見事に破れてますわね」

フローデがエリスのもつ本をのぞき込んでうなずく。

「このページに何が書いてあったか、ですか?」

ディアナはなくなったページの跡を撫でるようにしながらエリスに聞き返す。

「うん。先輩達なら知ってるかなと思って」

エリスはあの本を持って、ヒントを得るためにフローデ達の部屋を訪れたところだった。
ちなみに、テナーが社交的でないのは前にも述べたがエリスがギルドメンバーと関わるのもあまり良く思っていないらしい。
不用意なことを喋られると困る――というのがその言い分だ。
エリスもそれを忘れた訳ではないが、この際細かいことは気にしないことにしていた。

「私はあまりこの類いの本は読まないので…フローデ先輩は?」

「私は読んだことありますわ。たしか、『三天王』だったかと…」

「『三天王』?あの、ユピテル親方が入ってるやつ?」

「そうですわ。親方様と『保安官ウォーデン』、『考古学者キアロ』で『三天王』」

「近代社会の開拓者とされているんですよ。もっとも、今でも第一線で活躍してるのは親方様だけですけどね」

「だとすると、後のメンバーは?」

テナーから習ってないことばかりだったので、ついでに尋ねることにした。

「『保安官』のウォーデン=フォスターは今は引退して子供の教育に力を注いでいますわ。施設の名前は…『ウォーデンハウス』でしたわよね?ディアナ」

「そうです。私とポロアも、そこの出身なんですよ」

「そうなの!?知らなかった」

「えぇ。ウォーデンさんにはお世話になりました」

「ねぇ、ウォーデンさんってやっぱりユピテル親方に似て変わってるの?」

遠慮の欠片もないエリスの質問に面食らいつつも、ディアナは楽しそうにこたえる。

「変わっているというか…まぁおおらかな方ですね。それにとても優しくて、何よりも私達の個性をとても大事にしてくれるんです」

「へぇ…私も会ってみたいな、ウォーデンさん。あとキアロさんにも」

「私も会いたかったですわ」

「あれ?過去形?」

「エリスさん知らないんですか?『考古学者キアロ』は10年前に行方が分からなくなってるんですよ」

「そうなの?」

「えぇ。単独での調査中に不思議のダンジョンに迷い込んだといわれているんです。有名な話ですよ?」

元人間で記憶喪失なので分りません――とはいえないので、

「勉強は苦手だからね…」

と適当に誤魔化す。あまりうまい言い訳とも思えないが、フローデは納得したようだった。

「仕方ないかもしれませんわね。失踪騒ぎは随分昔の話ですし、最近では亡くなったものと判断されてあまり話題になりませんもの」

「ねぇ、もっと教えてよ。その後どうなったの?」

「『キアロ失踪事件』によって、調査隊ユニオンは遺跡の探索を探検隊に依頼するようになったんですわ。それまでは、キアロさんのように調査員が単身でダンジョンに乗り込むのは普通でしたけどね」

「探検隊ギルドも安全のために、『ダンジョンに入る際には必ずチームを組む』というルールを新たに作ったんです」

「チーム?あれ、でもこの前ディアナさんがトゲトゲ山に来た時、チーム組んでた?」

「あのときも私だけではダンジョンに入ってませんよ。エリスさんは会ってませんけど、保安官の方と一緒に行きましたから」

「まぁ、大抵はギルドメンバー同士で組むんですわよね。それかギルド外部のチームについていくか」

「ギルドを卒業したら、私達もどこかのチームに入るか新たに立ち上げないといけないんです。エリスさん達みたいに、修行中にすでにチームを組むケースは割と稀なんですよ」

「へぇ…そんなルールあるんだ。知らなかった」

「ところでエリスさん、話がそれてしまいましたけど、知りたいことは解決しましたか?」

「あ、うん。とりあえずは十分かな」

『なぜテナーが三天王のページを破れたままにしているか』という謎はあるが、それは自分で調べるしかない。
むしろ、なくなったページの内容の上に色々な新知識を入手できたのはラッキーともいえた。

「もうそろそろ部屋戻るね。教えてくれてありがとう」

「どういたしましてですわ!」

ドアを開けようとして、ふと手を止めて振り返る。

「一個忘れてた。『考古学者キアロ』のフルネームってなんだっけ?ついでに覚えておきたいから」

この『ついでに』きいた質問が、エリスを大きく動揺させることになった。

















「フルネーム…そう。キアロ=マオシアンですわ。ちなみに種族はカメックスですわよ」


神戸ルイ ( 2012/09/28(金) 22:51 )