第四章 目指すものは
task12 補習
チーム・ルミエールがギルド入りして一週間がすぎたある日の午後。
依頼を早めに片付けたギルドメンバーは夕食までのひとときを思い思いに過ごしていた。エリス達もすでに部屋に戻っている。
閉じられた部屋の扉から漏れ聞こえてくるのは、

「『よって、その後の探検隊の活動形式は大きく変わることとなり』…」

「ぐぅ…」

テナーの朗読する声(とエリスの寝息)だ。

「って、何寝てるのよ!」

テナーが持っていた本でエリスの頭を軽くはたくと、ややあって突っ伏していた顔をあげた。

「ふゎ…眠い…」

「寝ないでよね。私がわざわざ時間を割いてやってあげてるんだから」

「寝てないよ…というか私は教えてって一言もたのんでないし」

「頼む頼まない以前に、文字が読めないのが問題なのよ。一般常識のなさもね」

数日前、エリスが掲示板を眺めているだけで読んでないことに気付いたテナーは、どこからか本やノートを持ってきて空き時間に足型文字の手解きを始めたのだ。

「そりゃ勉強は大事だよ?でもさ、依頼こなした直後のヘロヘロなときにわざわざやらなくてもいいんじゃない?」

「他にいつするのよ。それに同じ依頼受けているんだから疲れてるのは私も一緒よ」

「一緒じゃないよ。いつもテナーが無茶いうんだから」

「無茶?ランクEやDは今の私達に一番適しているレベルのはずよ」

キドナの一件以来、慎重なテナーはずっと低めのランクの依頼しか受けていない。

「依頼じゃなくて使う技の話。最近『電気ショック』を使わせないでしょ」

「あまりにも下手だからよ。敵より味方(わたし)に当たる回数が多いぐらいなんだから」

ポケモンの技の形式は様々だが『バブル光線』や『電磁波』など何らかの光線なり物体なりを敵にぶつけダメージを与える技の場合、『どれだけ大きな力を短時間で生み出し溜められるか』、『その力を制御し正確に当てられるか』が成功の決め手となる。
エリスの場合、電力を溜めるのはそこそこ得意なのだが発射が苦手らしい。溜めた電気が手を離れてしまうと、もうどこに飛ぶかわからないといったありさまだ。

「だからって『雷パンチ』を使わせようとする?ピカチュウは普通おぼえないんだよ?」

「普通はね。でも、わたしは一度あなたが使うところを見てるの。覚えてないでしょう
けど」

「あぁ…。トゲトゲ山のときか」

放つのが下手なかわりなのか、エリスは電気を自身に纏わせることを得意としていた。テナーはそこに目をつけ、右手を帯電させて攻撃するよう指示してみたところ、スリープ戦のときのように『雷パンチ』を繰り出せた。
ただ、威力はあのときと比べて桁違いに弱いものだったが。

「普通のピカチュウが得意とする遠距離攻撃がニガテなのに、こんな特技があるなんてね」

「いずれはちゃんと両方できるようにしてくれないと困るわよ…じゃ、勉強の続きよ」

「えぇ〜もう今日は終わりでいいよ。結構頑張ったし」

「さっきまで寝てたでしょうが」

「ね…寝ながら覚えてたの!」

「寝てたのは認めるのね…それなら、今日やったところ説明してみなさいよ」

「えーと、今この社会の治安を維持してる職業は、不思議のダンジョン関係全般を取り扱う『探検隊ギルド』の探検家と、それ以外担当の『警察』の警察官。
特に『探検隊ギルド』は治安維持以外にも未開地の調査とか、普通じゃいけないような古代遺跡の探索もしてて、その調査結果を分析して社会を発展させるのが『調査隊ユニオン』の調査員。
で、かつてこの三つの分野ですごい業績をあげたのが『三天王』と呼ばれるポケモン達でうちの親方様がその一員…こんなとこかな」

エリスは以外にもスラスラとこたえていく。

「やればできるじゃない」

「ノート読んでるだけだよ」

「ノート?確かに渡したけれど…もうそんなに書けるの?」

テナーがノートを取り上げ、ぱらぱらとめくり眉をひそめる。丁寧とは言い難い筆跡で書かれていたのは、円や直線を組み合わせたような文字だった。
テナー達は知らないことだが、以前エリスの瞳に浮かび上がった文字と酷似している。

「これ…足型文字とは違うわね」

「そっちの文字なら読み書きできるんだよ。テナーは知らないの?」

「見たことないわよこんな文字。第一、今は足型文字の勉強中でしょう?こんなの書いてたらいつまでたっても覚えないわよ。ちゃんと書きなさい。…それと」

ノートを返しながら、テナーはこんなことを言い足す。

「明日、依頼済ませたら出かける用事があるから留守番してて。夕食までには戻るわ」

「用事?それ私も一緒に行っちゃだめ?」

「論外ね。何であなたまでついてくるのよ」

「ちぇ…何もそこまでいわなくてもいいのに」

その言葉とは裏腹に、エリスは内心ほくそ笑んでいた。

――よーし、勉強休める!

「あ、もちろん宿題はだすわよ。足型文字の書き取り50回ね」

「…オニだ」





「一つ分からないのがさ」

就寝前、エリスは何気なく切り出した。

「探検隊になるためにはギルドに、調査員になるにはユニオンに入らないといけないんだよね?」

「そうだけど?」

「テナーの夢は遺跡の欠片の謎を解くことでしょ?それならユニオンに入ったほうがいいんじゃないの?何で探検隊に?」

「深い理由はないわ。探検隊しながらでも遺跡の調査はできるもの。それに…」

歯切れの悪いテナーに、エリスは更に付け足す。

「もしかして、誰かに無理強いされたの?例えば…そう、親御さんとか」

バンッ!

突然響いたその音が、テナーがベットを力任せに叩いた音だと気付くには少し時間がかかった。

「ユニオンに入る?冗談じゃないわ。調査官は探検隊の助けを借りなければダンジョンに入れないのよ。私がなりたいのは、そんな弱々しいものなんかじゃない…それと、私の前で二度と家族絡みの話しないで」

声のトーンは低かったが、怒りに震えているのがよく分かった。

「…ごめん」

「ふん…あなたぐらい全部を忘れられたら、さぞかし幸せでしょうね。悩みもなくのほほんとして」

「そんなの…私だって好きで記憶なくした訳じゃないよ」

「分からないわよ?なぜ記憶喪失なのか、その理由すら忘れてるんだから」

よほどエリスの発言が琴線に触れたのだろう、テナーは容赦ない。負けじとエリスも皮肉で返した。

「まぁね。何でもかんでも覚えられるテナーさんとは違うよ」

「私は『何でも覚えられる』んじゃない…『全てを忘れることができない』の」

「へっ?それってどういう意味?」

「あなたに話しても無駄よ」

テナーはそれだけこたえると寝てしまった。

「あ〜あ…」

聞き出すのを諦めてエリスも布団をかぶり直す。
厄介なことに、テナーは一度寝ると揺すっても叩いても起きない。どうやら自分が起きると決めた時間までは決して起きない体質らしい。
実際、毎朝バッカスのモーニングコールをもってしてもテナーは微動だにしない。

――あれはやめてほしいな…にしても、私ってテナーのこと全然知らないんだよね…

テナーは自分についてはほとんど語ろうとしない。とりわけ『家族』や『親』という言葉に過剰に反応し、一度機嫌を損ねたら話すのをやめてしまうのでエリスが知っているのはいまだに名前と種族くらいでしかない。

――性格も知ってるか。あんまり社交的じゃないよね

あまり、というよりテナーは積極的に関わりを避けているようにもみえる。ギルドの先輩弟子達とも必要最低限の会話しかしない。


――多分…いや、確実に何か裏があるような気がする。テナーの過去に何があったのか知りたいな…私のこと以上に…

眠りに落ちながら、エリスは計画を練り始めていた。

――明日の留守番…調べるチャンスかも!



神戸ルイ ( 2012/08/13(月) 21:12 )