第三章 銀の瞳
task10 無謀
「どこ行ってるんだオマエ達はーーーっ!!!」

テナーのリーダー用バッチから少し音割れしたジュノの怒鳴り声が炸裂した。機械越しにもハイパーボイスが伝わりそうだ。
テナーは耳から少しバッチを離して通話を続ける。

「すいません…今トゲトゲ山の前にいます。ユピテル親方は?」

謝罪の言葉を口にしている割には、口調がすまなさを帯びていない。

「用があるそうで、今日はワタシが代理だ。ってそんな話じゃない!」

「それじゃジュノさん、今からカイト君を転送するので。その後トゲトゲ山に突入してリンちゃんをキドナから救出に向かいます」

「話を聞け!大体ランクの違いが…」

皆まで言わせず、テナーは一方的に通信を切った。

「どうだった?」

「…後でジュノさんに怒られたらあなたのせいよ、エリス」

「ひどっ!そりゃ最初にギルド飛び出したのは私だけど、最終的に依頼をやるって決めたのはテナーだよ?」

「あ、あの…大丈夫ですか?」

不安げな声をあげるカイト。

「ごめんごめん。大丈夫だよ。リンちゃんはちゃんと連れ戻すから」

「危ないからカイト君は先にギルドに戻ってて。エリス、頼むわよ」

「りょーかい!カイ君、用意はいい?」

エリスはメンバー用バッチを構えた。カイは絞り出すようにつぶやく。

「リンを…妹をお願いします!」

その言葉に、エリスは深く頷いて応えた。

「まかせて!チーム:ルミエールは無敗だから」






「全く…あいつらときたら…」

プクリンのギルドの親方部屋ではジュノが頭を抱えていた。その目の前には先ほど転送されたカイの姿がある。

「なんだって親方様が留守中に厄介事を起こすんだ!ワタシの身にもなってみろ!」

…繰り返すが、ジュノの目の前にはしっかりとその厄介事の依頼者・カイがいる。

「すいません!ボクのせいでご迷惑を!」

「はっ!?いやいやいやいや!カイ君は何も悪くないよ!」

相変わらず自分の独り言の音量を把握していないジュノが慌てて取り繕う。

「ただ…心配なんだ。ランクBはあいつらにはキツすぎる。あいにく今は誰も手が離せないし…」

今ギルドにいるのはジュノとカイ以外に見張り番のアドニス、その補佐のバッカス、食事担当のディアナの三名。その他のメンバーは依頼や買出しでまだもどってきていない。
一応アドニス達に声はかけているものの、各々の仕事がまだ終わっていないためテナー達の助け行かせることが出来ない。

「いったい…どうする気なんだ?」






「それにしてもよく言えたわね。『無敗のチーム』なんて」

「だって事実でしょ?」

「ただ単に依頼をこなした件数が少ないだけよ。そもそもお尋ね者逮捕ははじめてだし」

「それでもいいの!嘘は言ってないんだから」

一方、こちらは心配されているチーム:ルミエールである。
トゲトゲ山は岩タイプの野性ポケモンが多いため、今までのダンジョンよりテナーが活躍しやすい。エリスはというと、相性のよい飛行タイプはいるものの先ほどから痛みを増したように思える頭ののせいで満足に戦えていなかった。
エリスがやたらとしゃべっているのも、頭痛から気をそらそうとする試みからだ。

「テナーがこの依頼受けるとは思わなかったよ。ギルドから走って出てきたとき、連れ戻しにきたんだと思ったもん」

エリスはギルド前の交差点で、リン達とはぐれたカイと会うことが出来た。彼から事情を聞いているときにテナーがやってきたのだ。

「たしかに、キドナじゃなくて他のお尋ね者なら間違いなくあなたを連れ戻してたわね。首根っこ掴んででも」

「怖っ…」

「そもそも、無謀だとは思わなかったの?相手は段違いよ」

「なんていうかさ…無謀とかなんとか思う前に体が動いてた。きっとそういう性格なんだよ。私は」

「無鉄砲ってやつね。単純」

「むぐ…そういうテナーこそどうなの?」

「私?」

「無謀だって分かってるなら何で来たの?私と一緒じゃん」

「一緒にしないで!何にも考えずに動くあなたとは違うわよ!」

そう叫ぶテナーの肩が震えている。

「私は…目の前にお尋ね者がいたのに何もできなかった自分が悔しかっただけ。それに、何にも考えてないあなたががむしゃらに突っ込んでいったところで勝算はないじゃない。そんな奴をチームリーダーとして放っておけないわよ。分かった?」

「…ごめん」

「全く…」

「でもなんか安心した」

「は?」

不意に話題が変わり、テナーは怪訝な顔を向けた。ついでに、その背後にも。

「テナーは真面目なだけじゃないんだなぁと思ってさ。以外とアツいところあるんじゃん」

「エリス、後ろ!」

「わっと!」

屈んだエリスの頭上をテナーのバブル光線が通過し、後ろに近付いていたイシツブテを吹き飛ばした。

「口より体を動かしなさい!お尋ね者キドナとやり合えるかどうかはあなたの瞬発力にかかってるんだから」

――いつも通りのテナーだ。

先ほどのかっこいい台詞とのギャップがおかしくて、エリスは内心ニヤニヤしながら返事した。

「りょーかい」





舞台は再度ギルドに戻る。
ジュノはカイからチーム:ルミエールの作戦を聞き出していた。

「お尋ね者を倒さない!?」

「はい…テナーさんがそういっていたんです。『レベルの違うお尋ね者より、リンちゃんの救助が最優先だから』って」

「そんな無茶な…」

「『バッチを使えば何とかなる』ともいってたんですが、どういう意味ですか?」

「バッチを?」

その時、通信機のランプが灯りブザーが鳴った。ジュノが慣れない様子で操作すると機械はテナーの声をだした。

「チーム:ルミエールです。今からリンちゃんを助けに行きます。カイ君から何か聞いてますか?」

「一部だけなら聞いたぞ。バトルで負ける前にお尋ね者を転送するつもりか?そのつもりなら即やめろ」

「違います。転送するのはリンちゃんと私たちだけですから」

「何?」

「説明します。まず、私が囮になってキドナを引きつけ、その間にエリスがバッチでリンちゃんをギルドへ転送します。ここまではいいですか?」

「あぁ」

「それを確認して、私がリーダー用バッチを使ってダンジョンから私とエリスを脱出させます。リーダーとメンバーが多少離れててもバッチは有効ですよね?」

「目視できる範囲内でなら有効なはずだ。だが、その作戦かなりの危険を伴うぞ」

「直接対決するよりは安全かと。ジュノさんに他の策があるならそちらに従いますよ?」

「…分かった。その作戦でいこう」

「よろしくお願いします。では」

通信が切れた後、よほどジュノの顔色が悪く見えたのだろう、カイがおずおずと切り出す。

「どうでしたか?」

何かこたえようと言葉を選んでいると、ディアナが部屋に入ってきた。

「失礼します。一応仕事が一段落したので来ましたよ。ジュノさん、何かご用ですか?」

「ディアナ、今からトゲトゲ山に向かってくれ。お尋ね者と戦う準備、それと救護セットも一応持ってな。…チーム・ルミエールの応援を頼む」





「あれ?行き止まり…」

ディアナがトゲトゲ山の麓に到着したころ、その山頂にリンとキドナは辿り着いていた。

「キドナおじさん、落とし物はどこにあるの?」

「悪いな。落とし物はここにはないんだよ」

「えぇっ?」

不安げに辺りを見回すリン。この時初めてカイの姿がないことに気付いた。

「おにいちゃんは…おにいちゃんはすぐ来るんだよね?」

「来ないさ。俺はな、お前を騙してたんだよ。ほら、後ろに小さな穴が見えるだろ?あそこにはある盗賊団がお宝を隠したってウワサなんだが、俺には小さすぎる。だからお前を連れて来たのさ」

幼いリンにはキドナの言葉は難しかったが、その根底にある悪意ははっきりと感じ取れた。

「心配するな。おとなしく俺のいうことを聞いてお宝さえとって来てくれればちゃんと家に返してやるからよ」

「い、いや!おにいちゃぁぁぁんっ!」

「こら!逃げるな!」

怯えて逃げ出そうとしたその前にキドナが立ちはだかる。

「言うことを聞かなければ…痛い目にあってもらうぞ!」

「た、助けてっ!」

泣き出したリンにキドナの手が伸びたそのとき、

「『バブル光線』!!」

背後から水色の光線が直撃した。その不意打ちに思わず手を引いてしまう。

「だっ…誰だ!隠れてないで、でてこい!」

「私は後ろにいますよ、キドナさん。いえ…それともお尋ね者キドナ=ディクトとお呼びしたほうがいいですか?」

「なっ!?」

振り返ると彼がトレジャータウンで出会ったゼニガメが立っていた。

「私は探検隊のテナー。――あなたの思い通りにはさせません!」

「チッ!誰がお前なんかに…ん?」

キドナの言葉が止まる。そして、テナーの体が細かく震えていることに気付いた。

「そうか…お前、探検隊と言っても新米なんだな?一匹でノコノコでて来てデカい口叩いて、いい度胸じゃないか」

――しまった…でも、注意は引けている…!

自分の考えた作戦で、なおかつ一時的にとはいえ、ランク違いの敵とサシで向かい合うのは緊張せずにはいられない。しかし、それをキドナの油断に繋げるのが今のテナーの役割だった。
恐怖と戦いながら更に挑発を加える。

「それ、幼いコを拉致して犯罪の手助けに利用しようとした最低なあなたがいえる台詞ですか?」

「ふん…だがお前に果たして倒せるのかな?この俺が!」

キドナと間合いをとりながら、テナーはすでに動き始めたはずの仲間に心の中で叫んだ。

――頼むわよ…エリス!






神戸ルイ ( 2012/07/24(火) 01:05 )