第三章 銀の瞳
task9 眩暈
「今日はオマエ達にこっちの掲示板の依頼をやってもらおう」

ギルド生活二日目、チーム:ルミエールは昨日とは反対側の掲示板の前にいた。
ジュノが説明しているが、エリスはなぜか上の空だ。

「って、聞いてるのか?エリス!」

「え?あっ、はい!」

我に帰ったエリスは自分の頬をパンパンと叩いて、意識を集中させる。

「こっちの掲示板は、昨日のものとどう違うんですか?」

「よく見ろ。ここには不思議のダンジョンに逃走したとの情報が入った指名手配者、要するに『お尋ね者』が掲示されている」

「ん?不思議のダンジョンに逃げたってことは…」

イヤな予感を覚えながらエリスは恐る恐る尋ねる。

「そう!ワタシ達探検隊の出番だ。という訳で、今日はお尋ね者逮捕の依頼だぞ」

「ええぇぇ!」

シンプルかつわかりやすい反応である。一方、テナーは論理的だ。

「いくらなんでも…新米の私達にはまだ危険ではないですか?」

「そんなことはない。お尋ね者といっても、ちょっとしたこそ泥から世紀の大悪党までピンキリだからな。いきなりハイレベルなものはやらせんよ。弱そうなヤツを選んで懲らしめてくれ♪」

「そんなこといわれても…怖いものは怖いよ」

「もちろん、それなりの準備はさせるさ――おーい!イスト!」

「は、ハイでゲス〜!」

ちょっと情けない声が階下から上がり、しばらくしてビッパのイストが姿をあらわした。

「はぁはぁ…お呼びでゲスか?」

走って来たのか、若干息が上がっている。

「あぁ。ルミエールの二匹をトレジャータウンへ案内してくれ。その後、お尋ね者逮捕の流れも説明するんだぞ」

「了解でゲス!」

「じゃ、後は頼んだよ♪」

ジュノは昨日と同じく階下へ消える。

「うぅっ…」

その途端、イストは涙を浮かべた。

「どうかしましたか?」

「いや…あっし、後輩が出来たのは初めてなんでゲス…それで感動してつい…」

――これは…反応に困るわ…

目の前でいきなり泣かれて、どう対応しようかテナーが思案していたら、

「そっか。それじゃよろしくね、イスト先輩!」

――さらりと返した!?というかどっから目線よ?

「ぐすん…よろしくでゲス。じゃあついてくるでゲスよ」

幸いにも、イストはエリスのやや上から目線に聞こえる物言いには気付かなかった。






「ここがトレジャータウンでゲス」

イストに連れられて、エリス達はトレジャータウンへとやってきた。

――すご…ポケモンの町だ…

エリスからしてみれば、大勢のポケモンが行き交うこの町は新鮮だった。

「ここがヨマワル銀行、口座を作ればお金が預けられるでゲスよ。それで、あそこがエレキブル連結店なんでゲスが…今日はお休みみたいでゲスね」

「メカニクスタウンに機材の買い出しにいっているそうですよ」

「詳しいゲスね」

「まぁ、この辺りは何回か通ってますから」

「じゃあ、あの店は知ってるでゲスか?」

「あそこは確か…」

など、イストとテナーが店について話しているが、

――ここらへん、自分の顔型の家に住むのが流行ってるのかな?個性的というかなんというか…

エリスはやっぱり聞いていない。

「それなら安心でゲス。あっしは先にギルドに戻って支度しておくから、エリスとテナーは必要な物を買ってくるでゲス。ギルドに戻ったらまた必要なことを説明するでゲスよ」

「ありがとうございます」

ここまで言ってから、少しためらった後にテナーはこう付け足した。

「…優しいんですね。イスト先輩って」

「そ…そんな…照れるでゲスよ…じゃあ先に戻ってるでゲス」

効果はてきめんだった。頬を赤らめつつ、イストは戻っていった。

「さて…エリス!」

「うわぁ!」

「また何か別のこと考えてたでしょう?」

「そ、そんなことないよ!」

「それなら、あの店の店主さんの名前は?」

テナーの指差した先にはカクレオンの店があり、緑と紫のカクレオンが店頭にいた。

「…カクレさんとレオンさん」

「名前を捏造しない!ベルテさんとルポラさんでしょうが!」

「あぁ、そうだったそうだった」

「今朝からずっとぼーっとしてるじゃない。困るのよね、その調子じゃ」

「なんていうかさ…今日、ちょっと調子悪いんだよね…」

「調子が悪い?」

「頭痛が続いてるの。今朝起きてからずっと」

「寝不足か何かじゃないの?」

「それはない。昨日は割と早めに寝て、朝まで熟睡してたから」

「…他の自覚症状は?」

「ない」

テナーはエリスの黒い瞳を覗き込んだ。

「一見したところ特に変わった様子も見受けられないし…気のせいじゃない?」

「私の病気を勝手に気のせいにしないで!」

「多分、オレンの実食べたら治るわよ」

「そんなんで治るやつじゃない気がする」

「とにかく、まずは買い物を済ませないと――行くわよ」







「おや、テナーちゃんいらっしゃい!」

先に声をかけたのは緑色のカクレオン、ベルテのほうだった。 それに紫色のルポラが続く。

「心配してたんですよ〜最近顔を見てないから…何かあったんですか?」

「私、数日前に『プクリンのギルド』に弟子入りしたんです。それで最近こっちには寄れなくて」

「そりゃすごい!一流のギルドじゃないですか。それで、隣のピカチュウさんは?」

ベルテに話題を振られ、嬉しそうにエリスが名乗り出た。

「私はエリス。テナーのパートナーだよ!一緒にチーム:ルミエールとして修行してるの」

「元気がいいですね〜いいパートナーだと思いますよ」

「…ただのチームメイトですから。それよりオレンの実とリンゴ、2個づつ下さい」

「まいどあり!」

「すいませ〜ん!」

不意に元気のよい声が後ろからあがる。振り返ると幼いマリルとルリリが並んでいた。

「おや、カイト君にリンちゃん。今日もお使い?」

「うん!」

どうやらマリルがカイト、ルリリがリンというらしい。

「おじさん、今日もリンゴ下さい」

「いつも偉いねぇ。はいどうぞ」

ベルテは紙袋にリンゴをいくつか入れ手渡し、2匹はそれを抱えて帰っていった。

「かわいいね。ねぇ、あのコ達ってここの常連さんなの?」

「ええ。いつも兄妹揃って体の悪いお母さんのかわりに店にくるんですよ。健気でしょ?」

ルポラがしみじみという。そうしてる間にリンとカイトが引き返してきた。

「どうしたんだい?」

「リンゴが一つ多いの!」

「ぼくたち、こんなにたくさん買ってません!」

「あぁ、それはオマケだよ。兄妹仲良く分けて食べてね」

「わ〜い!」

「ありがとうございます!」

「気をつけて帰るんだよ」

ベルテの声に送られて、カイト達は仲良く帰ろうとしたが、

「きゃっ!」

石にでも躓いたのかリンが派手に転び、抱えた紙袋からリンゴが一つ飛び出した。

「おっと…はい!」

足下に転がってきたそれを拾いあげ、リンに手渡す。
エリスに異変が起こったのはそのときだった。

「うぁっ!?」

突如耳鳴りとともに強烈な眩暈が襲い、その場に屈み込んでしまう。
瞼を閉じ、視界が闇に閉ざされても眩暈は止まらない。かわりにどこからか小さな、それでいて切実な叫びが耳に届いた。








“た、助けてっ!”





「…りす、エリス!」

テナーの声が聞こえる。
目を開けると、頭痛は相変わらずだったが眩暈は治まっていた。

「どうしたのよ、急にしゃがみ込んで」

「ちょっと眩暈が…もう平気だけど」

「ピカチュウのおねえちゃん、だいじょうぶ?」

リンが不安そうに顔をのぞき込む。

――さっきの助けを求める声…このコの声だ!

「おーいリン!早く来ないとおいてくよ?」

「あ、まってよおにいちゃん!」

リンはカイトのもとへ走り去った。

「眩暈に頭痛って、いくらなんでも調子悪過ぎじゃない?本当に大丈夫?」

「そんなことより、テナーは聞こえなかったの?リンちゃんの悲鳴が」

「悲鳴?さぁ。普通に話してるようにしか見えなかったけど…ベルテさん達は?」

「いえ、私達も特に何も聞きませんでしたよ?」

「じゃあ、あれは…」

「この上更に幻聴?勘弁してよね」

――幻聴にしてはやけにリアルだったけど…疲れからくる悪い夢、みたいなものかな…

「…うん。でももう大丈夫だから」

無理やりだったが、エリスは自分をそう納得させた。






「ありがとうございます!キドナさん」

「いやいや、お安いご用ですよ」

帰り道、エリス達はスリープと和やかに話すカイトとリンを見掛けた。

「どうしたの?随分楽しそうだけど」

「ピカチュウのおねえちゃん!それにテナーおねえちゃん!あのね、キドナおじさんが落としものをさがしてくれるの!」

「落とし物?」

「実は僕たち、『水のフロート』っていう大切なものを落としてしまったんです。それをキドナさんが見掛けたことがあるそうで、一緒に探してくれることになったんです!」

「きみ達みたいな幼いコが困っていたらほっとけないだけですよ」

スリープのキドナはそう言って微笑んだが、どこかその顔にはちぐはぐに見えた。

「そっか。よかったね!」

「じゃあ、カイト君にリンちゃん。そろそろ行こうか」

「「はい!」」

「では、失礼します」

「いってらっしゃい!」

カイト達3匹はトレジャータウンの外へとむかう。すれ違いざま、キドナとエリスの肩がぶつかった。

「おっと」

「失礼」

お互い軽く会釈して、キドナはそのまま通り過ぎた。

「今時珍しいわね、あんな親切なポケモンも」

「そうなの?――うっ!」

またも耳鳴りと眩暈。今度はしゃがみ込む程ではなかったので、目を閉じてやり過ごすことにした。





エリスの瞼の裏に閃光が走った後、どこか岩場に佇むキドナとリンが映った。
キドナの顔に先ほどの温厚さは少しも残っておらず、リンは恐怖に震えている。

“言うことを聞かなければ…痛い目にあってもらうぞ!”

“た、助けてっ!”







「私達もぐずぐずしてられないわね…って、またぼーっとして」

「早く…」

「は?」

「早くリンちゃんを助けないと!」

「急にどうしたのよ。リンちゃんならキドナさんやカイト君と一緒よ」

「それがだめなんだって!」

エリスは自分の見たものについて説明した。

「ふうん…で?その夢のお告げに従ってキドナさんを捕まえるって言いたいの?証拠もないのに」

「そんな…でもあの光景はっ!」

「今朝から調子悪いんでしょう?変な夢みるのもきっとそのせいね。第一、私達はギルドで修行中の身よ。勝手なマネはできないわ」

「…」

「私達に今出来るのはギルドの仕事をこなすこと。ほら、イスト先輩待たせてるんだから早く戻るわよ」

テナーは足早にギルドへと去る。しぶしぶ、エリスもそのあとを追った。






ギルドに戻り、エリス達はイストからお尋ね者逮捕に必要な探検隊バッチの操作方法を教わった。
エリスの持っているメンバー用バッチの機能は以前ユピテルも説明しているように『チームメンバー以外のモノやポケモンの転送』なので、お尋ね者を確保した後に警察に身柄を送るためには不可欠なものらしい。

「ダイヤルをこっちに合わせるとギルドに、反対側なら警察に転送できるでゲス。間違えたらダメでゲスよ。それと、転送するのは必ずギルドに連絡を入れてからでゲス」

「りょーかい」

「私のバッチにも同じようなダイヤルがあるんですが、それは?」

「依頼を終えた後、バッチを持っているメンバー全員でダンジョンから出るのに使うでゲス。使い方はエリスのと基本は同じでゲスよ。」

「なるほど」

「さてと、これで説明は一通り済んだからいよいよお尋ね者を選ぶでゲス。今回は先輩としてあっしが選んであげるでゲスよ」

「あんまり怖そうなの選ばないでね!」

「大丈夫でゲス。今のテナー達にはDかEランクぐらいがちょうどいいでゲスかね…」

イストに倣い、エリス達も掲示板を眺める。

「この掲示板、私達が買い物に行く前と少し変わってませんか?さっきはよく見てないので詳しくは分かりませんけど」

「流石でゲスね。テナー達が帰ってくる少し前にセードさんが情報を更新していったんでゲス」

「ダグトリオのセードさんがね…」

「テナー!これ見て!」

エリスが血相を変えて掲示板から一枚のポスターをはぎ取り、テナーに突き付ける。

「何荒っぽいマネしてるのよ…っ!」

少ししわくちゃになったそれには、先ほどのスリープの似顔絵が描かれていた。

「『お尋ね者キドナ=ディクト』…そんな!」

テナーは自分がポスターを握り締めていることに気がつかなかった。事情を知らないイストが横から見て不思議そうにいう。

「それはBランクでゲスね。テナー達にはまだ早いでゲスよ?」

「早くしないと…リンちゃんが危ない!ちょっと行ってくる!」

言い終わるや否や、エリスはギルドから姿を消した。

「どこ行くでゲスかぁーーー?」

「はぁ…」

テナーは心底からの溜め息をついた。

――あの馬鹿…

だが、一刻も早くキドナを追いかけたいのはテナーも同じだった。
エリスのようにいきなり飛び出すようなマネは本当はしたくないが、一々事情を説明している猶予はない。

――仕方ないわね…

結局、ためらっていたのは一瞬だった。

「イスト先輩。私達この依頼やってくるんで、手続きとかあったらかわりにお願いします!」

早口でそれだけいうと、イストにポスターを突き付けた。すでにポスターはグシャグシャで原型をとどめていない。

「えっ?!ちょっと待つでゲスーーー!!!?」

二度目のイストの叫びを尻目に、テナーも勢いよくギルドを飛び出していった。



神戸ルイ ( 2012/07/21(土) 21:31 )