第二章 プクリンのギルド
task8 夜話
「ガツガツガツガツガツ」

エリスの前のリンゴとオレンの実が、素晴らしい速さで消えてゆく。
夕食時、エリスは今だ燻っている不満をやけ食いによって解消しようとしていた。
ちなみに、テーブルの上にはリンゴとオレンの実がのった大皿が三つ並んでいるだけで他の食べ物や各自の取り皿はない。シンプルにも程があるメニューと形式だが、どうやら誰も気にしていないようだ。

「うふふ…あんまり急いで食べると喉に詰めますよ。エリスさん」

そうしゃべりながら、ギルドメンバーはエリスのさらに倍速で平然と食べている。
ビデオの早回しのような食事風景だが、それについていけないのはテナーだけというのだから凄まじい。
それだけ料理(?)の減るのも速い訳だが、その皺寄せはもちろん食べるスピードがこの中で一番遅い彼女に来た。

「私、オレンの実2個しか食べてないんですけど…」

そう抗議するテナーのまわりには、オレンの実はおろか一欠片のリンゴすら残っていない。

「ギルドの食事は早い者勝ちですわ!」

「勝てる訳ないでしょう!速度が違いすぎますから」

「そう言われても…今日の分はこれだけしか用意してないんです」

テーブルの隅で配膳をしていたチリーンが申し訳なさそうにする。

「じゃあ、こういうのはどうかな?」

食事中、テーブルから少し離れた場所で大型のリンゴをいじくり回していたユピテルが口を挟んだ。

「ギルドメンバーの名前を全員いえたら、この『セカイイチ』をあげるよ♪」

「「「ええっ!」」」

テナー達が反応するより早く、弟子一同がどよめいた。

――そこまで驚く?そりゃすごい提案だけどさ…

胃袋が満足する量をすでに食べて気が済んだエリスは高みの見物といった体である。
テナーは親方の発言の意味を考えあぐねているように首をかしげた。

「だめ?フルネームじゃなくてもいいよ?」

それでも黙ったままのテナーに助け船をだそうとしてか、エリスの隣りに座っていたドゴームが身を乗り出した。

「俺たちの名前、今朝聞いたばっかりだろ?それをいうなんてムリに決まってるじゃないか」

「そうでもないですよ。バッカス=ホーンさん」

「!」

名を呼ばれたドゴーム――バッカスの目が大きく見開かれる。

「そこから右回りにイストさん、ポロアさんにディアナさん」

「「「!」」」

さらにビッパ、ヘイガニ、チリーンの名を正確に言い当てる。

「それからジュノさんにディグダのアドニスさん」

テナー以外の全員が驚嘆の表情をし、しんと静まり返った食堂内に、テナーの声が淡々と流れていく。

「グレッグルのカリオスさん、最後にキマワリのフローデさん…これでいいですか?ユピテル親方様」

テナーの視線がユピテルに――正確にはユピテルのリンゴで止まった。







「一口ちょうだい!」

「嫌」

「ちょっとでいいからお・ね・が・い!」

「駄目。あなたはしっかり夕食食べたじゃない」

「少しは分けてくれてもいいじゃん。それにデザートは別腹だし!」

「しつこいわね!これは私の分!」

夕食後、部屋に戻ってからのエリスとテナーは延々とこんなやりとりを続けていた。
テナーがエリスをつっぱねながら食べているのはセカイイチ。食堂でテナーがギルドメンバーの名前を言い当てたあの後、ユピテルから「ご褒美だよ」と手に入れたものだ。

「分かったよ…にしても、どうやって全員の名前覚えたの?」

セカイイチは諦めて、エリスはずっと気になっていたことを口にした。

「これからお世話になる方々の名前ぐらい、すぐに言えるようにしておくのが礼儀ってものでしょう?」

「そうかもしれないけど、それ答えになってないよ。私は記憶する方法のほうが聞きたいんだからさ」

「別に特別なことはしてないわ。…昔から、一回見聞きしたら簡単には忘れられないの」

「いいなぁ。石投げはうまいし記憶力抜群。その才能、少し分けて欲しいよ」

「そんなことより、あなたはどうなの?」

テナーは特技の話題から離れたいらしい。表情が少し強張っている。

「えーと、ペラップのジュノさんとドゴームのバッカスさんは覚えたよ。後、ユピテル親方もだね」

「ハイパーボイス食らった相手ばっかりじゃない。分かりやすい覚え方ね」

「ばれた?でも体で覚えたことは忘れないっていうじゃん」

「説得力がないわよ。あなたがいっても」

「へへ…」

痛いところを突かれて、記憶喪失のエリスは誤魔化し笑いをした。

「とにかく、親方の名前はさすがにいえるみたいでよかったわ。グラド大陸三天王とまでいわれる『探検家ユピテル』の名前を知らないじゃすまないもの」

「三天王!?あんな子供っぽいのに?」

「しっ!声が大きいわよ。それに子供っぽいのはあなたも一緒でしょう?」

「うぐ…でもさ、セカイイチ渡す時ちょっと涙目だったじゃん。絶対渡す気なかったよアレ」

「確かに、私もあれは驚いたけど…ってそんな話じゃなくて!」

テナーはセカイイチの最後の一口を飲み込んだ。

「言っとくけど、ユピテル=イノーセンは史上最年少でマスターランクまで登り詰めたっていうくらい凄腕の探検家なの」

「最年少って…何歳なの?親方って」

「…知らないわよ、そんなの」

気まずい沈黙が二匹の間に流れる。それを破るためにエリスは次の質問に移った。

「マスターランクって何?」

「探検隊ランクの一番上よ。ランクっていうのは探検隊としての活動の功績を示す称号のこと。私達は一番下のノーマルランクね。バッチの石の色を見れば分かるわ」

エリスの扱いにも慣れてきたらしく、テナーは先回りして説明をいれる。
エリスはリボンにつけていた探検隊バッチを外してよく見た。確かに、中央にピンク色の宝石のようなものが埋め込まれている。

「ノーマルランクはピンクなんだ。これってどうやったら変わるの?」

「依頼をたくさん受ければランクが昇格して変わると思うけど…具体的にどれくらいこなせばいいかは私もよくは知らないわ」

「そっか。じゃあ、とにかくいっぱいこなしていこ!」

「元気いいわね。確かにランクアップは早いうちにしたいけど」

「それでお礼もいっぱいもらおう!一回にもらえる量が少なくても、集めたらそれなりになる!」

「…まだ根にもってたの、報酬の件」





「あのコ達…かわいいですわ!」

その頃、エリス達の部屋の隣りに位置する、キマワリのフローデとチリーンのディアナの部屋ではガールズトークに花が咲いていた。

「ルミエールの子達でしょう?エリスさんとテナーさんっていいましたっけ」

「やっぱり女の子はいいですわね〜」

ディアナもフローデも敬語を使っているように聞こえるが、彼女達にとってこの口調は癖のようなものだ。
この二匹に限らず、実はギルド内でも先輩後輩という意識は薄い。

「エリスさんの食欲には驚きました。私達とほとんど変わらない速さで食べてましたもの」

「テナーちゃんもすごいですわ。ワタクシ達全員の名前を…それに、ちょっと影のあるところもいいですわー!きゃー!」

ハイテンションになってしまったフローデを、ディアナはにこにこと眺めた。もともと陽気なこの先輩が、新入りが入った直後に大騒ぎするのはいつものことだ。

「そういえば、親方様は大丈夫かしら?セカイイチをあげてしまって…」

セカイイチ無しという状況にユピテルが堪えられないことは、ギルドメンバーのほぼ全員が知っている。だが、ディアナは余裕な表情だ。

「いつも通り、セカイイチの入っている戸棚の鍵だけは開けてありますから。今ごろはもう食べていると思いますよ」

食堂の食材等の管理を一手に引き受けているディアナは、ユピテルに密かに一弟子として以上に想いを寄せているのだ。余談だが、波動のリボンにユピテルの刺繍をいれたのも彼女である。

「ふふっ。あなたは相変わらずですわね」

「フローデ先輩だって…」

二匹は顔を見合わせて笑った。





「ハクシュンッ!」

親方部屋で、ユピテルはさっきからずっとくしゃみをしていた。

「親方様、風邪気味なんですか?」

書類の整理をしていたジュノが気遣う。

「ううん。今日はよっぽど噂されてるみたい」

「はぁ…」

これが冗談なのか、それとも本気でそう思っているのか、長い付き合いのジュノにもわかりかねた。
ユピテルは特に返答を求めていなかったのか、ジュノの持参したセカイイチを一口かじって話題を変える。

「ルミエールの初仕事は無事終わったみたいだね」

「ええ。仕事そのものは問題なかったんですが…」

「ん?何かあったの?」

「いえ…なんでもありません」

報酬を巡って一悶着あったことは言わないでおこう――そうジュノは判断した。タイミングよく最後の書類も片付いたところで辞去することにする。

「では、ワタシはこれで失礼します」

「お疲れ様。あ、それとセカイイチありがとね」

ユピテルはジュノに無邪気に、幼子のように微笑みかけた。

「…いえ、どういたしまして」

ジュノはセカイイチの戸棚があいていたことに心から感謝して、親方部屋を後にした。それを見送って、ユピテルは物思いにふける。

――ルミエール、か

新入りの二匹について、知りたいことは山ほどあるがその中でも気になるのは、

――テナー…あの記憶力、それに『ルミエール』っていう言葉をチーム名に選ぶ程の知識…どこかで会ったことがある気がするんだけど…

ユピテルは一つ一つ記憶をたどっていく。すると、また不思議なことが浮かび上がってきた。

――そういや、自己紹介の時に名字を言ってないんだよね、あのコは

ユピテルの推理は、やがてある一点に辿り着いた。

「!もしかしたら…」

つと立ち上がり、部屋の片隅に設置された大型の通信機を操作してどこかへかけた。
普段は探検隊バッチとの通信のために利用しているが、警察や病院など主要な施設との通信も可能なのだ。

「もしもし。夜分遅くにすいません。お聞きしたいことがあるんですが…」

その晩、親方部屋の灯は遅くまでついていた。





そして、その灯も消えた頃。
チーム:ルミエールの部屋で、二匹はすでに眠りについていた。――テナーはおとなしくベッドの中で、エリスは布団から少しはみ出し気味に。
エリスが寝返りをうち、仰向けになる。そしておもむろに目を開けた。
その瞳の色は黒ではなく銀――月光のような銀だった。その上に、足型文字とは違う無数の文字が現れては消える。

「身体情報再ろーど完了…ぷろぐらむヲ一部修正シマス」

明らかにいつもと調子が違う、機械的な呟きがその口からこぼれた。
一瞬、瞳の銀色が濃くなったように見えたがすぐに瞼が閉ざされ、エリスはまた寝息をたて始める。
それっきり何も起こらず、部屋はまた静寂に満たされた。





神戸ルイ ( 2012/07/19(木) 22:48 )