第二章 プクリンのギルド
task6 朝礼
――ここは、どこだろう…

深い闇の中を、エリスは飛翔していた。
不思議と恐れはなかった。闇を共に駆ける者によってエリスの左手がしっかりと握られていたからかもしれない。それが誰なのか、暗いせいで顔が見えないので分からないが。
不意に、目の前に闇よりさらに黒い影が現れた。用心する間もなく、白い稲妻が影から放たれ闇の中を走りエリスに襲いかかった。

――くっ!

幸いにしてかすめただけだったが、体から力が抜けていく。

『うおっ!…大丈夫か?エリス!』

隣りから心配する声が聞こえてきたが、それに答えることすらエリスはできなかった。

『離してはダメだ!もう少し…何とか頑張るんだ!』

左手を握る力が強くなったが、繋がれた手はもう離れてしまいそうだ。

『ダメだ…このままだと…』

影が動き、エリスの左を狙う。

――守らないと!私の仲間を!

なぜ咄嗟に『仲間』と思ったのか分からなかったが、その思いにつき動かされて力を振り絞り、体の向きを変えた。影に対し、自分の体が盾になるようにする。
目の前で白い光が炸裂して――



















「いやぁぁぁぁぁっ!」

自分のあげた悲鳴でエリスは目覚めた。
跳ね起きて辺りを見回す。窓から太陽の光が差し込んでいて、暗いところなどどこにもなかった。

――夢、かぁ…

ほっと溜め息をつく。同時に、ここがギルドの一室である事を思い出した。

――あれ?ギルドにいるってことは…私は?

自分の手を見てみる。それは人間のものにしては黄色く、指は極端に短かった。そのくせ、つねるとちゃんと痛い。

――こっちは夢じゃないんだ…

それでもまだ信じきれずに、部屋の片隅にある姿見をのぞき込んだ。

「わぁ…」

思わず声が出てしまう。映っていたのは、明らかに人間ではなかった。頭の上についた長い耳、つぶらな黒い目、赤い頬――

「これは…確かにピカチュウだね…」

納得せざるをえない現在を前にして、エリスは昨夜のことを思い出していた。
テナーからこの世界のことを知らされたあの後、様々な不安や疑問が脳裏を駆け巡り、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
とりあえず、落ち着くために横になってみようと考えて、余っていた方の藁ベットに転がったのが失敗だった。
たちまち睡魔がエリスを襲って、結局何も解決せずに寝てしまったのだ。
そういうことは必要以上に思い出せるのに、依然として自分についての記憶はないままである。海岸でゼニガメに助けられる以前のことは…

――そうだ。テナーは?

ふと振り向くと、件の命の恩人は昨日と同じ姿勢でシーツにくるまって寝息をたてている。

「テナー、テナー。朝だよ」

一応声をかけてみるが、そう簡単には起きてくれない。

――揺すって起こした方がいいかな?

テナーに歩みよろうとしたそのとき、

「起きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!朝だぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

馬鹿デカい声がエリスを直撃した。
思わず顔の横を押さえるが、ピカチュウの耳はそんなところにない。
鼓膜に甚大なダメージを受けながら、エリスは壁に叩き付けられた。その腹に、吹き飛ばされたテナーがぶつかる。

「ぐぎゃぁっ!」

「おい新入り!さっさと起きろ!」

部屋にズカズカと入って来たのは、スピーカー型の耳を持つポケモン、ドゴームだ。先ほどの『ハイパーボイス』は彼が打ち込んだらしい。

「起きてたのに…」

エリスの弱々しいぼやきは、

「もうすぐ朝礼だぞ!さっさと身支度しろ!」

ドゴームの一喝にかき消された。

「もしオマエらが遅れたら…あの親方様の『たぁーっ』が…あぁ…」

何かトラウマがあるらしく、ドゴームは青ざめる。だが、

「とにかく!オマエらのせいでとばっちり受けるのはごめんだからな!」

なぜか若干逆ギレし、肩を怒らせながら部屋を出ていった。

「耳がぁ…」

ようやく耳の正しい位置を理解し、手で押さえて呻くエリスを

「何してるの?」

まだエリスの上に乗っていたテナーが寝ぼけ顔で見下ろす。

「おはよ…。テナー、平気だったの?今のやつ」

「何が?」

「あの馬鹿デカい声だよ!」

「知らないわよ。今起きたところだから」

「嘘ぉ!」

テナーの朝の弱さは尋常ではないらしい。

「えーと、とりあえず降りてくれる?」

「言われなくても…」

テナーが降りると、多少呼吸が楽になった。ドゴームが言っていたことに頭を巡らせる余裕も出てくる。

「そうだ!身支度しないと!」

「身支度?何の?」

まだ完全に頭が回転していないテナーだったが、

「早くしないと、ギルドの朝礼に遅れちゃうよ!」

「ギルド…朝礼…」

この一言でようやく状況が分かってきたらしい。

「急いで!遅刻よ!」

「いや寝坊したのそっちだし!」

鞄とリボンをひっつかみ、慌てて部屋を飛び出した。






親方部屋前の広場には弟子であろうポケモン達がすでに整列しており、その中には先ほどエリス達を叩き起こしたドゴームの姿もあった。

「遅いぞ新入り!」

またも罵声(ハイパーボイス・本日二度目)を浴びかけたが、直撃は免れた。

「お黙り!オマエの声は相変わらずうるさい!」

その何倍もの威力をもつジュノの小言(ハイパーボイス・本日三度目)のとばっちりを多少食う羽目になったが。
実質、今初めて音撃を食らったテナーは目を白黒させている。エリスはこれ以上のダメージを受けないように必死で耳を塞いだ。

「うぐ…」

小言が効いたのか、ドゴームはおとなしくなる。それを確認して、ジュノはトーンを落として話しだした。

「え〜、今日は朝礼の前に一つ報告がある。知っている者もいると思うが、昨日このギルドに新しいメンバーが加わった!チーム:ルミエール、前へ出て先輩達に自己紹介しな♪」

「「自己紹介?」」

「早く!時間がないんだから簡単に!」

ぼやぼやしていたら、もう一発音撃を当てそうな勢いである。慌てて前へ出た。

「…チームリーダーのテナーです。本日からよろしくお願いします」

素っ気なく、なぜか名字はいわずに自己紹介をこなす。

「え、エリス=ベライトです。よろしく!」

それとは対象的に、エリスは緊張しながらも明るく挨拶した。
その後、ジュノ以下他の弟子達も簡単に自己紹介を済ませた。

「明日からは遅刻するんじゃないよ!じゃ、列に戻って!親方様、全員揃いました!」

ドアが開き、ユピテルが部屋から姿をあらわした。ゆったりとした、威厳のある歩き方でジュノの横までやってくる。

「朝の一言をお願いします」

弟子の全員が姿勢を整え、親方の言葉を待つ。いくらか間があった後、ユピテルは口を開いた。

「ぐう…」

「?」

「ぐうぐう…すぅすぅ…」

どう聞いても寝息である。この親方、テナーより朝に弱いらしい。

――寝てるーっ?でも今ドア開けて歩いて出て来たよね?

『相変わらず凄いよな…親方様は』

『ああ。全くだぜ、ヘイヘイ!』

エリスの耳に、先輩達の囁きが聞こえてきた。

『ああやって朝は起きてるように見えて…』

『実は目を開けながら寝てるんでゲスからねぇ…』

――しかも日常茶飯事かよ!

エリスは驚くのに忙しい。

――ギルドの長として大丈夫なの…?

自分の寝起きの悪さを知らないテナーが、ユピテルに不信を抱きかけた頃、

「ありがたいお言葉、ありがとうございました!みんな、親方様の忠告を肝に銘じるんだよ!」

ジュノがかなり強引に締め括り、皆に号令をかける。

「それでは最後に『誓いの言葉』!」

ルミエール以外の全員が斉唱した。

「「「ひとーつ、仕事を絶対サボらない!」」」

「「「ふたーつ、脱走したらお仕置だ!」」」

「「「みっつー、みんな笑顔で明るいギルド!」」」

――ツッコミどころ満載…

テナーはこのノリについていけない。

――コレ明日から一緒にやるんだよね…何かやだなぁ…

エリスでさえ、あまり乗り気ではない。

「さぁみんな、仕事にかかるよ♪」

「「「おぉーーーーーーーっ!!!!!!!!」」」

新米二匹を置き去りにした状態で朝礼は終わり、それぞれ思い思いの方向へと去っていく。

「チーム:ルミエール、オマエ達はこっちだ♪」

エリス達も、ジュノについて地下1階へ上がっていった。



神戸ルイ ( 2012/07/16(月) 12:08 )