task4 親方
「こ、これ登るのぉ?」
エリスとテナーは、高台の長い長い階段の前に立ち尽くしていた。
「当たり前でしょう?この上にギルドがあるんだから」
「この階段以外に上に行く方法は?」
「ないわ」
「やだよこんなの登るの!」
見た目の割に精神年齢が幼いのか、子供のようにだだをこねる。
「今からそんな体たらくでどうするの?探検隊になるにはまずギルドに弟子入りして、チーム登録しないといけないのよ」
「うわ、なんかめんどくさそう」
「…ギルドの人達の前で間違っても言わないでよ、そんなこと」
「…りょーかい」
テナーの殺気に満ちた口調に恐れを成したのか、エリスはおとなしくなった。
「後、あなたの過去についても当分黙っていた方がいいと思うわ。特に『元人間』の件はね」
「え、それも?」
「分かった?」
威圧的にテナーが睨む。
「…はいはい」
テナーに反撃できる程の弁舌と目力は、エリスにはない。
数分後、エリス達はあのプクリンの建物の前にいた。
「ここがユピテル=イノーセンの探検隊ギルド、通称『プクリンのギルド』よ」
「わかりやすいね…」
階段を登ってきた疲れもあいまってか、やや苦笑気味にエリスがいう。
「なんか、ギルドってもっといかついところかと思ってたけど、以外とユルそうだね」
「なんか言った?」
「いや、何も!ていうか、入口閉まってるよ。今日は休みじゃない?」
確かに、入口には頑丈そうな鉄格子がはまっており、簡単に入れそうにない。
「違うわよ!見てなさい」
テナーは肩をすくめ、入口へと歩みを進めた。そして、丸い格子に足をのせたとき、
『ポケモン発見!ポケモン発見!』
足下から声が聞こえてきた。一瞬身を引きかけたが、
――後ろにエリスのいるこの状況下で身を引いたら…それこそ臆病者!
何とか持ち堪えた。
『誰の足型?誰の足型?』
先ほどとは別の、野太い声が格子の下から響く。
『足型はゼニガメ!足型はゼニガメ!』
最初の声が、テナーの種族名を言い当てた。
「すごいセキュリティシステムだね。足型で判定するなんて」
エリスが感心していると
『…よし。そばにもう一匹いるな。お前ものれ』
野太い声が指示した。
「え、わたし?」
「他に誰がいるのよ。早く乗ったら?」
「いや、乗りたいのはやまやまなんだけどさ…足の裏くすぐったくなりそうじゃない?あれ乗ったら」
『おい!そこのもう一匹!早く乗らんか!』
「は、はい!」
声にどやされ、エリスは格子の上に乗る。幸いなことに、足の裏は特に問題なかった。
穴のそこでは、先ほどと同じようなやり取りがおこなわれているようだ。
『ポケモン発見!ポケモン発見!』
『誰の足型?誰の足型?』
『足型は…足型は…エート』
ただ、テナーの時と違い返答の歯切れが悪い。
『どうした?見張り番!見張り番のアドニス!応答せよ!』
『…多分ピカチュウ!多分ピカチュウ!』
『何だ、多分って?』
『だ、だってぇー…この辺じゃ見掛けない足型なんだもん…』
アドニスというらしい、見張り番の戸惑う声が聞こえてくる。
『それを見分けるのがお前の仕事だろう?アドニス!』
『分かんないものは分かんないもん!そんなに言うなら自分でみてみなよ!』
足下の会話が、だんだん口論になっていく。
「何か揉めているみたいね…」
「大丈夫かな?」
そして、エリスが穴の上に立って数分はたった頃。
『…待たせたな』
野太い声が、先ほどとは打って変わった落ち着いた口調になった。
『確かにピカチュウはここらじゃ見掛けないが…怪しいものではないらしいな』
「怪しくないんでとっとと入れてくださーい!待ちくたびれたから!」
「エリス!」
穴の底から、苦笑する声が聞こえてくる。
『…よし!いいだろう!入れ!』
轟音と共に、ギルドの入口の鉄格子が開いていく。
「うわぁ!」
「一々驚き過ぎ」
そうは言っているものの、実はテナーも相当驚いていた。
「とりあえず、中には入れるようになったみたいね」
「行こっか」
エリス達は、入口の中へ入っていった。
「すごーい!」
入口の中にあった梯子を降ると、そこはちょっとした広場になっており、様々なポケモンがたむろしていた。
「ここが…あの有名な『プクリンのギルド』…」
テナーも驚きを隠せない。
「おい!そこのゼニガメとピカチュウ!」
ざわめきを越えて背後から、少し甲高い声がした。
「は、はい!」
振り返ると、音符型の顔の鳥ポケモンのペラップがいた。先ほどの甲高い声はこのペラップのものらしい。
「ワタシはジュノ=ルモローザ。ここらでは一番の情報通であり、ユピテル親方の一の子分だ♪勧誘やアンケートならお断りだよ。さぁ帰った帰った」
「いきなり追い返すのっ?しかもそんなんじゃないし!」
「私達は探検隊になりたくて来てるんです」
「えっ!た、探検隊?」
ジュノはここまでいうと、不意に後ろを向いた。
「今時珍しいコだよ。このギルドに弟子入りしたいとは…」
本人は呟きのつもりらしいが、その内容はばっちりテナー達の耳に入っている。
「あんな厳しい修行にはもうとても堪えられないといって、脱走するポケモンも後を絶たないというのに…」
「ねぇ…そんなに厳しいの?探検隊の修行って」
そう尋ねるエリスの顔からは、若干血の気が引いている。
「はっ!?」
我に帰ったジュノは、慌てて訂正した。
「いやいやいやいやいやいや!!そ、そんなことないよ!探検隊の修行はとーっても楽チン!」
「言ってる事が真逆なんですけど…」
「そっかーそれならそうと早く言ってくれなきゃー♪フッフッフッフ♪」
テナーの呆れ声もジュノの耳には入っていないらしい。都合のいい耳をしたポケモンだ。
「じゃ、早速登録するからついといで♪」
自称ユピテル一番弟子(二枚舌)は足早に階下へと降りていった。
――大丈夫か?このギルド…
新米二匹の胸に、同じ不安が去来したのは同時だった。
「ここはギルドの地下2階。主に弟子達が働く場所だ」
ジュノに案内され、エリス達は梯子を降りていく。
「わぁ!地下なのに外が見えるよ!」
いち早く窓に駆け寄り、歓声をあげるエリスを
「「いちいちはしゃぐな!」」
テナーとジュノの怒号の二重奏が直撃した。それでも、ジュノは一応説明を加える。
「このギルドは崖の内部をを掘り抜く形で建てられている。だから外が見えるんだよ」
そして、窓のそばにある扉の前で表情を引き締めた。
「さて…ここがユピテル親方のお部屋だ」
テナー達に向き直り、真剣な面持ちで言った。
「くれぐれも…くれぐれも粗相のないようにな。…特にお前は」
エリスにじろりと一瞥をくれてから、がらりと口調を明るく変えてドアの向こうに呼び掛けた。
「親方様。ジュノです♪入ります」
「親方様。こちらが、今度新しく弟子入りを希望している者達です」
色々な機材や道具、本が散らばる親方部屋の中で、エリス達は緊張して立っていた。
――なんていわれるんだろう。親方っていうくらいだからやっぱり厳しいのかな…
「…」
親方と呼ばれたプクリンは、後ろを向いたままだ。
「あのー…親方様…親方様?」
ジュノがその反応のなさに不安を覚えた頃、
「やあっ!」
プクリンはやおらエメラルドグリーンの瞳をエリス達に向けた。
「ボクがユピテル。ここのギルドの親方だよ!」
エリスの予想に反して、親しげに話してくる。
「探検隊になりたいんだって?じゃ、一緒にがんばろうね!君たちは一緒に修行するの?」
「は、はい…」
テナーもユピテルのペースに戸惑っているのか、たじたじである。
「それならとりあえずチーム名を登録しないといけないんだけど、何か考えてる?」
「え、それは…突然言われても…ねぇ?」
「考えてあります」
「うそぉ!」
驚いているエリスをよそに、テナーはその名を口にした。
「『ルミエール』です」
「『ルミエール』…」
ユピテルの目が、一瞬遠くなる。
だが、すぐにもとの笑顔に戻り、
「意味は『光』か。いい名前だね!じゃあそれで登録するよ!」
何やらノートに書き付け始めた。
「とうろく♪とうろく♪みんなとうろく…」
ノートを閉じ、一呼吸置いた後、
「たぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「「うわぁぁぁぁぁっ!」」
ユピテルの発した凄まじい大声に、エリス達は部屋の端まで吹き飛ばされた。
「おめでとう!これでキミ達も今日から探検隊だよ!」
放った本人は楽しそうに言うが、いきなり大技『ハイパーボイス』を食らった2匹はそれどころではない。
「探検隊活動に必要なものを今から渡すね。ええっと…」
自分の攻撃の威力に気付いていないのか、ユピテルはエリス達を心配する様子もなく部屋の片隅にある棚をあさった。
「そうだ。どっちがチームリーダーやるの?」
ようやく持ち直したテナーはちらりとエリスを見やる。同じく立ち直ったエリスは、自分には無理だといわんばかりに首を横に振った。
「私がやります」
「じゃ、キミにはコレ!」
目当てのものを探し当てたらしいユピテルが、テナーに金の翼がついたバッチを手渡した。
「『リーダー用探検隊バッチ』。チームメンバー全員のワープと、ギルドとの通信ができるよ」
「私のは?」
「キミのはこの『メンバー用探検隊バッチ』。自分以外のポケモンやもののワープに使うんだ」
そう言いながら、今度はテナーのものより一回り小さく、翼も銀色のバッチをエリスに与えた。
「どっちも探検隊の証だよ。使い方は追々説明するね。それから、コレが『不思議な地図』。とっても便利な地図なんだよ。後は…えーと…ジュノ!」
「はい!」
ここまで、部屋の隅で畏まっていたジュノに、ユピテルは棚を探しながら声をかけた。
「『トレジャーバック』が一個しかないよ。どこにあるか知らない?」
「えっ?その棚の中にないんですか?」
「さっきから探してるんだけど…」
空気を察してか、テナーが口を開いた。
「私の分なら大丈夫です。自分のを使いますから」
そう言いながら、肩から下げた鞄を指し示す。
「でもそれじゃあ…」
「いいんです。こっちの方が使い慣れてますし」
「いいのかい?」
すまなそうにするジュノに、テナーは首肯で応えた。
「分かった。それじゃコレはキミに渡すよ」
エリスは一見ただのリュックサックに見えるそれを受け取った。
「『トレジャーバック』はダンジョンで拾った道具を取っておける。その上、キミ達のこれからの活躍によって、バックの中身がどんどん大きくなっていくという不思議なバックなんだよ♪」
「へぇ〜」
「最後に、このギルドのメンバーである証をあげるね」
棚を探し終えたユピテルの手には、グリーンのリボンが2本握られていた。
「どうぞ♪」
リボンが2匹の手に渡った途端、エリスの持つ方が橙色に、テナーの方は青に変わった。
「!!」
「何でっ?」
「それは『波動のリボン』。持ち主の性格や強い感情に反応して色が変わるんだよ♪マリンブルーは知的な性格、オレンジは活発な性格を表すんだ。よく見て」
ユピテルに促され、リボンの端をよく見てみると金の糸でユピテルの顔らしいものが刺繍されていた。
「これでキミ達もここの仲間だよ♪」
ユピテルは満面の無邪気な笑みを浮かべた。
「…ありがとうございます」
『親方の顔刺繍』というセンスに若干引いているのか、テナーは曖昧に笑う。
「これからがんばります!」
それとは対象的に、まだ見ぬ冒険に胸を高鳴らせたエリスは、ユピテルに負けない程の笑顔でこたえたのだった。