task3 結成
「こっちからいくぜ!へへっ」
リックは急降下し、エリスの肩を狙う。
「『翼で打つ』!!」
「ぐっ!」
避けきれず、エリスはまともに攻撃を食らってしまった。思わず口から呻き声が漏れる。
「で、『電気ショック』!」
それでも、何とか攻撃を仕掛けようとするが、リックは楽々とかわしてしまう。
「どうした?もっと本気出せよ」
――早い!
エリスはまだ技を出すのに慣れていない為に、イメージしてから実際に技が発動するのに時間がかかる。その上、リックはすばしこいのが特徴であるズバット。避けるのはお手の物だ。
――どうしよう?
「『毒ガス』!!」
一方、ダンプと戦うテナーも苦戦を強いられていた。
――さっきからこればっかり。少しは違う技も出そうとか思わないのかしら?
口元を手で覆い、伏せた状態でガスをやり過ごしながらテナーは手元の石礫を投げ付ける。
「ケッ。当たるかよこんなもの」
――『バブル光線』を使えれば、こんな奴一撃で倒せるのに…
口元を覆っている以上、『バブル光線』は使えない。かと言って、今手を離せば間違いなく毒ガスの餌食になる。
――チャンスは、確実に近付いてる。今できるのは…耐えること!
そう言い聞かせながら、更に石礫を放った。
「これで終わりだ。『噛み付く』!」
エリスの攻撃が止むのを待って、リックは再度エリスに近付いた。
――攻撃しないと!
とっさにイメージを駆使し、体に電気をためるが、技として出す前に、リックは肩にすでに近付いていた。
――間に合わない!!
身を縮め、とりあえず少しでもダメージを受けないようにしようとしたその時、
バチッ
「ぐあっ!」
突然リックが断末魔の叫び声をあげ、地面に墜落した。
「え?」
エリスは地上でもがくリックを呆然と眺めていた。
エリスの特性は『静電気』。本来は体に触れたポケモンを一定の確率で麻痺状態にするという特性だが、電気をためていたところでリックが体に触れた為、麻痺では済まず電気がリックに流れ込んだという訳だが、もちろんエリスは理解していない。
「早く攻撃しろよ。お嬢ちゃん」
何回目かの『毒ガス』攻撃の後、勝ち誇ったようにダンプが言った。
「そうね。もうそろそろいいかしら?」
テナーが起き上がり、手を口からのけた。
「もらった!『毒ガス』!」
ダンプが高らかに技の名前を宣言した。
が、何も起こらない。
「しまった!技を使い切った!」
「気付くのが遅い。『バブル光線』!」
慌てふためくダンプに、容赦なく青い泡が叩き込まれた。
テナーが『バブル光線』を放った後、勝負はあっけなくついた。
「イテテテ…や、やられた…」
「負けた…こんな奴等に…」
地面に転がるリックとダンプの前に、テナーは仁王立ちになる。冷ややかに二匹を睥睨し、あくまで落ち着いた調子で言った。
「返してもらいましょうか。あの石を」
「ちぇっ…」
リックはどこからか、模様の描かれた石を取り出しテナーに投げてよこした。
「ケッ、まぐれで勝ったからっていい気になるなよな!」
「お、覚えてろ!」
捨て台詞を残し、満身創痍のこそ泥達は奥へと消えていった。
「追いかけないと!」
二匹を追いかけようとするエリス。しかしテナーはそれを肩を掴んで止めた。
「痛っ!」
「私の目的は石を取り返すこと。奴等を捕まえることじゃないの。いい?」
「分かった!分かったから離して!」
テナーが手を離すと、エリスはその場に座り込んだ。
「痛い痛い…」
「もしかして、怪我してるの?」
「ちょっとね…」
よくみるとエリスの肩には、先ほどリックと戦ったときについた傷があった。
「これくらいの怪我なら大丈夫よ。痛むならこれでも食べておいたら?」
テナーは鞄から青い木の実を取り出した。
「これは?」
「『オレンの実』。ちょっとした怪我ならそれが一番効くわ」
――色々出てくるんだね。そのカバン
内心で感心しながらオレンの実を受け取り、目をつぶって口に放り込む。不思議な味が舌の上に広がり、心なしか痛みが和らいだ気がした。
ふとテナーのほうをみると、彼女は取り返した石を胸に抱き、安堵の表情を浮かべていた。その目には涙さえ浮かび、先ほどまでこそ泥達に睨みをきかせていたポケモンとは思えない程顔が変わっている。
「よかった…」
エリスの視線に気がつくと、テナーは慌てたようによそを向いてしまった。
「さ、出るわよ。ついて来て」
照れ隠しするように、テナーは足早に歩き始た。
エリス達が『海岸の洞窟』を出たときには、辺りは一面夕暮れのオレンジに染まっていた。
そして、その景色の中をいくつものシャボン玉――クラブの吹く泡が流れていく。
「きれーい!」
エリスは思わず歓声をあげた。
「天気のいい日の夕方は、クラブが泡を吹いてこんな風になるのよ。なかなか悪くないでしょう?それより…」
テナーは抱えていた石をそっと地面に置く。
「お礼をいわないとね。あなたが協力してこそ泥達と戦ってくれたから、これを取り返せたもの」
実際のところ、エリスはなぜ自分が勝ったのかいまいち理解していないのだが、
――まぁ、褒められて悪い気はしないからいいよね!
気にしないことにした。
「どういたしまして。ところで、それって何?相当大事なものみたいだけど」
「『遺跡の欠片』。まぁ、私がそう呼んでるだけなんだけど」
「へぇ…」
「ずっと昔、もらったの」
テナーは、夕日が沈みゆく海の向こうを見つめて目を細めた。
「この模様が何を意味しているのか、この欠片は何の為のものなのか…分からない。でも」
テナーの瞳は、真っ直ぐ欠片を見つめた。そこには、揺るぎない決意が秘められている。
「これだけは決めてるの。この欠片の謎は絶対に私が全部解いてみせるって」
「…そっか。叶うといいね、その夢」
エリスの声で我に帰ったのか、テナーは顔を少し赤らめながら欠片を鞄にしまった。そして、真面目な顔になって言う。
「そういえば、エリスさんはこれからどうするつもり?」
「どうするって言われても…」
「元人間云々はともかくとして、あなたが記憶喪失なのは本当みたいね」
この時テナーの中で、ある一つの思いが動き始めていた。
「探検隊って知ってる?って言っても知ってる訳ないわよね」
「タンケンタイ?」
「さっきみたいな『不思議のダンジョン』に入って、色々な依頼をこなす人達のこと」
「その探検隊がどうかしたの?」
テナーがその続きを言うためには、いくらかの沈黙が必要だった。
「…探検隊、やらない?私と一緒に」
「えぇっ?それって…」
「非常識なのは分かってる。今日会ったばかりのあなたにこんなこと言うなんて」
目を合わせることができず、早口になってしまう。それでも、テナーは続けた。
「でも、あなたとなら一緒にやっていける、そんな気がするの。エリスさんの記憶も、探検隊をしていくうちに戻るかもしれないし…どう?」
「うーん…」
エリスはしばし考えた末、はっきりと言った。
「分かった。やってみるよ。探検隊ってやつ」
「本当に?」
「うん。あと、私のことは『エリス』って呼んで。さん付けだと緊張するから。…ていうか、テナーさんの名前まだ聞いてないね」
「『テナー』でいいわよ」
「そうじゃなくて、ほら名字だよ、名字」
「それ、言わないとだめなの?」
「当然♪チームになるんだから」
テナーはしばらくためらった後、ゆっくりと言った。
「マオシアン…テナー=マオシアンよ」
かくて…
テナーとエリスの探検隊が結成された。
だが、この出会いが時と闇を巡る長くて短い物語の始まりの合図であることは、まだ誰も知らないのだった。