第一章 始まりの合図
task2 初陣
『海岸の洞窟』の中は湿っぽく、薄暗かった。
勢いで入ってしまったが、『不思議のダンジョン』が苦手なのは変らない。
何が起きてもよいように、テナーは奥へと歩みを進めながら頭の中で作戦を組み立てた。

――水タイプが多そうだから、まずは石礫で先制攻撃する。もし至近距離まできたら…

「誰かぁぁぁ!」

不意に、先ほど出会ったポケモンの声が聞こえてきた。

「気のせいよね…」

彼女――エリスとか言うピカチュウには砂浜で待っておくよう言ってある。ここまで声は届かないはずだ。

――気の迷いからくる幻聴よ。集中、集中!

そう納得しようとしたら、

「助けてぇぇぇテナーさぁぁぁん!」

気の迷いに名指しで呼ばれた。しかも、前より近くにいるように聞こえる。

「待ってろっていったのに…」

軽く舌打ちすると、テナーは声のする方向へ駆け戻った。





「何やってるんですか…」

声の主はやはりエリスで、入口からすぐの開けた場所で短い二本の足で危なっかしく走りまわっていた。そして、彼女の後ろには目を赤く光らせたカラナクシがいる。

「このカラナクシが追いかけ回してくるの!話しかけてるのに通じないし!」

逃げているエリスはすでに涙目である。

「当たり前でしょう?野性ポケモンなんだから」

「ヤセイポケモンって何?」

――そこから説明がいるの?

そんな言葉が喉まで出かかったが、踏み止どまって違う質問をする。

「というより、相手は水タイプなんだから、電気技使えばいいじゃないですか」

「出し方分かんないから!お願いだから助けて!」

――今、こいつに何をいっても無駄だ。

そう判断したテナーは、攻撃方法を考えることに意識を切り替えた。

――カラナクシの特性は確か『呼び水』。水による攻撃は無効。もう一つ使える技の『体当たり』はこの状況下では論外。それなら…

鞄から小石を取り出し、身構えた。

カラナクシが走る少し前を狙って、腕を大きく振るう。

「せいっ!」

勢いよく放たれた小石は頭に命中した。

「ギャアッ!」

怒り狂ったカラナクシはテナーめがけて攻撃を仕掛けようとするが、テナーは表情を変えずにもう一度石礫を食らわせた。

「グァァァ!」

断末魔の叫び声をあげ、カラナクシは気絶した。

「怖かった…」

「全く…。何で来たの?」

ようやく落ち着いてきたエリスに、テナーは尋ねた。もはや敬語を使う気も失せ、タメ口になっているのにも気付かない。

「だって、訳分かんないままいきなりおいていかれたから心細くなって」

「だからって…ここがどこだか分かってるの?」

「洞窟だよね?名前は知らないけど」

「あのねぇ…」

あまりに脳天気なエリスに、テナーはややキレ気味にまくし立てる。

「ここは、『不思議のダンジョン』の一つなの!」

「フシギノダンジョン?何それ?」

「入るたびに地形が変化するし、野性化したポケモンが襲って来る危険な場所!最近は物騒な奴もうろうろしていたりするから、ふらふら入っていい場所じゃないの!!」

「じゃあ何でそんなところにテナーさんはのこのこ入っていったの?」

「それは…」

言葉に詰まったテナーをみて、エリスが続けた。

「さっきテナーさんが走ってどっか行っちゃった時、すごく真剣な顔してたの。だから、心配になって追いかけようと思って…何か、大切な用事があるんじゃないの?」

「…そうだったらどうするのよ?」

「手伝うよ。私でよければ」

「…あなたが?」

呟くように、テナーが問う。

「あ、やっぱりダメだよね。電気技もできないし何にも覚えてないし…。でも、さっき私のこと助けてくれたから、今は何か少しでもテナーさんの力になりたいの!」

テナーはしばらく頭を巡らせ、ゆっくりと答えを口にした。

「参考になるか分からないけど、技のおおよその出し方は歩きながら説明するわ。」

「え?それって…」

「私と一緒にこの奥まで来てくれる?まぁどのみちこのダンジョン、一度入った以上は一番奥まで行かない限り出られないから。その辺で倒れられても困るし」

エリスは満面の笑みでこたえた。

「…ありがとう!」






『海岸の洞窟』の中を、二匹分の足音と話し声が木霊する。

「技を出すためにはまずイメージすること、だね?」

「基本はそうね。でもゼニガメとピカチュウじゃ体のつくりとか技のタイプが違うから、そこから先の細かいやり方は自分で覚えるしかないわ」

エリスは歩きながら、テナーから技のおおよその出し方を教わっていた。

「そうそう。体のつくりで思い出したけど、このピカチュウの足って走りにくいんだよね。短くて」

そう言いながら、エリスは自分の足元に目線を落とした。

「テナーさんを追いかけようとした時も、派手に転んじゃったし…早く慣れないと」

「別に、二本足で走ることに慣れなくてもいいと思うけど?」

「どういう意味?」

「普通、ピカチュウは走る時前足も使うわよ」

「あ…そっか。そうだよね」

「って、あの、エリスさん?」

テナーが話している間にエリスは四つん這いになっていた。そして、

「ちょっとやってみる」

トコトコと走りだした。

「うわぁ地面近い!でも走りやすい!」

「…別に今やれって言ってないから」

喜々として走り回るエリスをテナーは冷ややかな目で追った。

やがて、テナーの視界からエリスが消えた瞬間、

ゴンッ

鈍い衝突音がテナーの耳に入った。

「痛ぁっ!」

「全く…」

半ば呆れながら音のした方向へ駆けよると、エリスが頭を抱えて蹲っていた。

「へへ…ちょっと調子に乗りすぎたかな」

「グルル…」

「?」

エリスが顔を上げると、目の前にピンクとブルーのポケモン――サニーゴがいた。さっきぶつかったのはどうやらこのサニーゴらしく、完全にエリスを敵として認識している。

「グラァッ!」

「つっ!」

サニーゴの『体当たり』を危うくかわし、エリスは2、3歩後ろに下がって間合いを取った。

「エリスさん!技!」

「分かった!えっと…」

――まずはイメージだよね…

エリスはサニーゴに電撃が落ちるところを脳裏に思い浮かべた。

バチバチッ!

「!」

それに呼応するように、頬の赤い丸――電気袋に電気がたまっていく。

――で、こっから先はどうするんだっけ?

「グガァッ!」

体勢を立て直したサニーゴが、間合いを一気に詰める。だが、ためた電気の出し方がわからない。

――何でもいいから早く!

腕でガードの構えをとりながら、エリスは体に力を込め、固く目を閉じた。

ピシャーン!

何かがほとばしる、初めての感覚が体を通り抜けるのと同時に、エリスから放たれた電撃がサニーゴを貫いた。

「ガ…」

「うわ…」

何が起こったのか分からない、と言いたげなエリスに、テナーが説明する。

「おそらく、今のは『電気ショック』。電気タイプの一番初歩の技ね」

「これが…ポケモンの力?」

「技の発動に若干のタイムラグがあるけど慣れれば大丈夫。…エリスさん?」

「面白い!!」

「は?」

「面白いよこれ!もう1回やってみる!」

「ま、待ちなさい!」

やたらテンションが上がってしまったエリスを、テナーは慌てて止めた。

「技は無尽蔵に出せる訳じゃないんだから、無駄遣いしないで」

「そうなの?」

「それに、無暗に攻撃すればいいんじゃないの。極力、野性ポケモンは傷つけないようにしないと…さて」

テナーは洞窟の奥に視線を向けた。

「もうすぐ奥につくはず…行くわよ」






「そういえばさ、さっき聞きそびれたんだけど、ヤセイポケモンって何?」

サニーゴを倒した後のハイテンション状態からようやく落ち着いてきたエリスが聞く。

「野性のサニーゴを倒しておいて、まだ野性ポケモンが何か分かってなかったの?」

「さっきはぼやぼやしてたらこっちがやられそうだったから倒しただけだよ?」

「はぁ…」

テナーは今日何度目か分からない溜め息をついた。このピカチュウといると、何か疲れる。

「分かった。説明するわ。どこから始めたらいい?」

「最初から。私この世界のこと何も分かってないみたいだから」

――ここまでくると呆れるのもアホらしくなってくる・・

テナーは隣りを歩くあまりに無知であっけらかんとしたエリスに説明を始めた。

「今、この世界には大きく分けて2種類のポケモンがいるの。一つは私たちみたいに社会生活を送るポケモン。そしてもう一つが、さっきのサニーゴやカラナクシみたいな理性を失って狂暴化した野性ポケモン」

「リセイ?」

「話し合いでどうにかなる相手じゃないってこと」

「ふーん」

「野性ポケモンは自分のテリトリーを守る為だけに思考して動くから、近付く者には容赦なく攻撃する。相手を倒すか、見失うかするまでね」

「だから追いかけまわしてきたんだ!」

「もし野性ポケモンに遭遇したら、方法は2つ――さっきみたいに技で撃退するか、奥まで逃げてやり過ごすかのどちらかよ」

「わかった」

「さて…」

テナーは不意に立ち止まり、辺りを見回した。

「どうしたの?」

エリスの言葉を無視して、テナーは暗がりに呼び掛ける。

「隠れてるのは分かってるわ。出てきなさいこそ泥」

「おやおや、『こそ泥』は少し失礼じゃないか?お嬢ちゃん」

テナーの睨む暗がりから、先ほど高台でテナーが出会った二匹――リックとダンプが出て来た。
もちろん、エリスは彼らと初対面だ。

「誰?」

「泥棒よ。私の宝物を盗んだ奴等」

「ほう、宝物?やっぱりあれはお宝なんだな?」

「思ったより値打ちがあるかもしれないな、ダンプ」

「あの石を返しなさい。今すぐ!」

「返して欲しければ、腕ずくで来るんだな!へへっ」

「ケッ、実力で取りに来てみろよ!」

「…エリスさん」

テナーはリック達の挑発より小さな声でそっと言った。

「私の手助けをしてくれる?」

同じように小さな声で、エリスが返事を返す。

「もちろん!さっき助けてくれたお礼だよ」

「それじゃ、あなたはズバットをやって」

「やるって?」

「攻撃よ攻撃!」

「いいの?明らかに野性ポケモンじゃないけど?」

「こいつらは例外!いいから早く!」

「わ、分かった!」

それを合図に、テナーはダンプに、エリスはリックに向き直った。



神戸ルイ ( 2012/07/06(金) 13:56 )