task1 奇遇
高台の上、プクリンをかたどった建物の前に一匹のゼニガメが立ち尽くしていた。
その精悍な赤い両目は何かを思案しているらしく、目の前にそびえたつそれを軽く睨んで動かない。
やがて、決心がついたようにおもむろに一歩を踏み出した。
『ポケモン発見!!ポケモン発見!!』
突然、足下から響いてきた声に、ゼニガメは思わず身をひいてしまう。
「はぁ・・・」
溜め息をつきながら、肩から下げた鞄から何やら模様が刻まれた石を取り出した。
「やっぱり、これ持って来ただけじゃだめね…」
「いいもの持ってんじゃねぇか。お嬢ちゃん」
背後から声をかけられ、振り返るとドガースとズバットがニヤニヤ笑っていた。
「何の用ですか?」
ゼニガメの目が、訝しげに細くなる。
「それ、俺達がもらってやるよ」
「いらないといった覚えはないですし、あなた方にあげるとでも思ってるんですか?」
「思っちゃいねぇよ」
そう言いながら、ズバットはゼニガメに体当たりする。
「お前が渡さないのなら、奪うまでだ」
「うっ!」
ゼニガメの手から転がり落ちた石を、ドガースがキャッチする。
「リック!これ相当なお宝だぞ!」
「よし。ずらかるぞ、ダンプ」
リックと呼ばれたズバットが、ダンプという名らしいドガースの元にたどり着くと、二匹は高台を駆け降りていった。最も彼らには足がないため、『駆ける』というのは正確ではないが。
「ちょっと、待ちなさい!」
体勢を立て直したゼニガメも、彼らを追って駆け降りていった。
「逃げ足の速い奴らね…」
ゼニガメは海岸までリックたちを追いかけたものの、砂浜で見失ってしまった。
「ここまで逃げたってことは、多分『海岸の洞窟』に…」
追うとすれば、もちろん自身も『海岸の洞窟』に行かなければならない。
それでも、ゼニガメは動けなかった。
――あそこが『不思議のダンジョン』じゃなかったなら、こんなに躊躇しないのに…
勇気を出そうと顔をあげる。夕日に照らされた海岸は例えようもなく美しく、恐怖を和らげてくれるようだった。
「よし!」
一歩進もうとした時、砂浜に黄色い何かが落ちていることに気付いた。
「あれって…」
目を細めて見ると、それは一匹のポケモン――ピカチュウだとわかった。
「ちょっと!大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄り、声をかける。幸い気絶していただけらしく、すぐに目を覚ました。
「ん…」
焦点が定まらないのか、目をこすっている。
「ここは?」
「海岸です。あなたはここに倒れていたんですよ」
「そうなんだ…」
ピカチュウはきょろきょろとあたりを見回し、ゼニガメを見つけるとその顔をまじまじと見つめた。
「どうしたんですか?私の顔に何かついてますか?」
「いや、ずいぶんでかいゼニガメだなぁと思って」
「はい?」
突然突拍子も無いことを言い出したピカチュウの顔を、ゼニガメはまじまじと見つめた。
からっかってる様子は無い。
「何のことを言っているのかよくわからないんですけど…」
「だってさ、人間の私と同じくらいの大きさだよね?」
「…人間?あなたが?」
ややあって、ゼニガメが口を開いた。
「そうだよ。見たらわかるでしょ?」
「どこからどうみても、ピカチュウにしか見えませんけど?」
「?!」
ピカチュウは不意に自分の身体を見回した。短めの黄色い手足、先端が丸みを帯びた稲妻形の尻尾――。
「何これ!?どうなってるの?」
「もしかして、私のこと騙そうとか考えてるんですか?」
一応尋ねてはみたものの先ほどまでの様子からみて、そうとは考え難かった。案の定、
「ないない!信じて!本当に人間なのっ!」
耳が千切れ飛ぶのではないかと心配になるほど首を振って否定する。
「じゃあ、名前は?」
「エリス。エリス=ベライトだよ」
「エリスさんですね。年は?」
「えぇっと・・・・あれ?」
エリスは頭に手をやり、目をきつく閉じる。そして、愕然とした様子で呻いた。
「分かんない・・・。自分の名前以外、何にも思い出せない!」
「それって、もしかして記憶喪失?」
「どうしよう・・・どうして私・・・」
混乱状態に陥ったエリス。その一方でゼニガメは自分が砂浜に来た本来の目的を思い出していた。
――ここでもたもたしてたら、あいつらに追いつけなくなる。この子のことも心配だけど、今は・・・
「落ち着いて聞いて下さい。エリスさん」
「何?」
「私はテナーといいます。あなたが困っているのは分かりました。私で良ければ力になります」
「本当に?」
エリスの顔が、安堵して緩む。だが次の瞬間
「ただ、しばらくここで待っていていて下さい。」
「え?」
「すぐに戻ってきますので」
そう言いながら、テナーは『海岸の洞窟』へ走り去る。『不思議のダンジョン』が怖かったのも忘れていた。
「ちょ、ちょっと待っ」
背後からエリスの声と、
ドシン!
派手な転倒音が聞こえて来たが、無視した。