第二章 ヤドリギの種
第2話 乗船準備
 航界日誌、地球暦2117.06.08
 メガロポリス政府からの応援要請に基づいて、我々はメガロポリス艦隊の探査船『クロンキスト』の捜索を開始した。四日前から定時連絡の応答がないらしい。最後に確認されたウルトラホールの座標が近かったことから、我々が先行して彼らを探すことになった。
 この領域には好戦的な文明もなく、長年平和を維持していると聞く。メガロポリス政府はクロンキストの内部で事故が生じたものと見ているが、私は違う。少し前に遭遇した超生命体ゾロアークの言葉が頭から離れない。想像を絶する恐怖が、始まったのではないか……。

「クロンキストを発見しました」
 エルフーンの操舵手、エルニア少尉は操作席から振り返って報告した。スクリーンには、ウルトラホールを漂う金属の塊が映っている。船の形はとどめているが、エンジンがまったく機能していないようだ。
 シラモは制御盤を操り、モニターからスキャン結果を確かめた。
「エネルギー反応がわずかです。メインエンジンは停止、残る動力源はすべて環境制御システムに流れています」
「生存者は?」ウォーレンが尋ねる。
「生命反応を確認、百五十七名です」
「あのクラスの船なら、乗組員は三百名以上いたはずだろう?」
「そうです」
 一体何があったと言うんだ。ウォーレンは戦略系のシステムを担当する赤毛の女性士官、ルーナメア中佐に一瞥を送った。
「クロンキストの機体を調べましたが、目立った損傷はありません」ルーナメアはやや強張った顔で報告する。「どうやら外部からの攻撃ではないようじゃな」
「船内の詳しい状況は?」
「難しいな」科学ステーションの制御盤を操るユキメノコ、スノウライトが答えた。「電磁場があちこちに生じていて、詳細なスキャンができなくなっている」
「それは自然に発生したものか?」
「いいや、発生源の配置に規則性がある。こいつは意図的な妨害だぜ」
 何かがいるのは間違いない。それも、プロメテウスに知られたくない何かが。シラモなら何か知っているだろうか。彼女を見ると、首を横に振って否定された。
 外から調べられるのはこの程度か。ウォーレンは指を組んでため息を吐いた。
「では直接乗り込むしかないな」
 ウォーレンが船長席から立ち上がろうとすると、シラモが「船長」と呼び止めた。
「クロンキストで何が待ち受けているか分かりません。船長は指揮官として船に残るべきです、今回は特に」
 いつもなら「メガロポリス人は大げさだな」と一笑に付すところだろう。だがシラモの言うとおり、今回は違う。船のためにも、いつも以上の慎重さが必要だ。乗り込んで自ら確かめたい欲求を抑えて、ウォーレンはひとつ呼吸を置いた。
「では君が?」
「同じメガロポリス人ですから、船のシステムを把握しています。適任かと」
 当然彼女だけでは送り出せない。
「では保安部と医療部の乗組員を連れて行け。選任は君に任せる」
「それから、科学部もよろしいですか? クロンキストは科学調査船です、この事態には何らかの研究が関与している可能性があります」
「許可しよう」
 快諾すると、シラモは礼を告げてブリッジを離れた。彼女は間違いなく、プロメテウスの中でも最も信頼のおける優秀な人材だ。どんな局面でも、彼女になら安心して任せられる。だが、どうしてだろう。今日に限っては、妙な胸騒ぎが絶えない。
 何かが起こる。そんな予感がしてならなかった。

 はじめに指示を告げられたとき、ミオは驚きのあまり固まってしまった。
 二年間も船に乗ってきて、こうした重要任務を任されたことはない。聞けば、保安主任ミュウツーの推薦付きだそうだ。戦略士官見習いのミオとは部署が違うものの、ポケモントレーナーとしての腕を買われての大抜擢だと言う。
 転送室に集まった調査班の中にシラモを見つけたとき、舞い上がったミオは思わず敬礼した。
「ごっご拝命いただきありがとうございます! ええと……謹んで、お引き受けを……」
「かしこまる必要はありません」シラモは装備のひとつひとつを丁寧に点検しながら返した。「いつも通りに。それを期待しています」
「は、はい!」
 まだまだ態度の固いミオの頭を、男の手が豪快に撫で回した。アブソルを伴う科学部の男性士官、アボット中尉だ。
「肩の力を抜けよ、ミオちゃん。俺とセツナがついてる、背中は任せてドンと行け」
「ありがとう」ミオは不快そうに手を払いのけた。「でも『ちゃん』付けはやめてください、あたしは子供じゃありません」
「そうだな、そういうことにしておこうか」
「ちゃんと同僚として敬意を払ってください」
「分かったって」
 まともに取り合おうとしないアボットに、ミオは苛ついていた。言い返そうと口を開けたが、間にビクティニが割って入る。調査班に同行する、医療部の筆頭看護師だ。
「そこまでにして。任務の直前だよ、気を緩めちゃダメでしょ」
 ふたりは大人しく剣を収めたが、視線では未だにいがみ合っていた。どうにも不安が残る。シラモはひとまず、ワープパネルの上に皆を誘った。
「メガロポリス政府の情報では、クロンキストは未開拓世界の地質調査をしていました。その過程で、何らかの有害物質を回収した可能性があります」
「そこで」ビクティニが胸につけた丸いバッジを示す。「みんなには『パーソナル・バイオフィルター』をつけてもらいます! これで空気中の細菌やウィルスを防げるけど、未知の微生物にも通用するかは分からない。だから十分に気をつけて、少しでも体調の変化を感じたらただちに報告。忘れないでね」
 装備は万全、腰にはモンスターボールが並んでいる。銃も持った、バッジも付けた。あとは覚悟を決めるだけ。調査班は互いに頷き合い、ワープパネルの上で銃やボールを構えた。
「それでは、転送」
 シラモが唱えると、調査班の姿が光に包まれて消えた。

きとら ( 2020/12/10(木) 19:31 )