第6話 恐怖の果てに
炎が赤々と燃え盛る。いくらリザードンとビクティニが力を合わせて焼き払っても、蔓は新たに再生していく。巨大な船を動かすほどのパワーを生み出し続けるリアクターから、エネルギーを吸い続ける限り、この無限ループから抜け出せない。ミオは光線銃を握り、宙に浮かぶシェイミを狙い撃ちしたが、身体を包んで逆巻いている『リーフストーム』に光弾をかき消されてしまった。
ただひとり、アブソルだけは戦いに加わっていなかった。ひたすら身を丸めてうずくまり、この嵐が過ぎ去るのを何もせず祈るばかりだ。こいつからは何の抵抗も得られないと知るや、シェイミからも放置されていた。
次第に壁際まで追い詰められていく。ミオは腹に巻いた包帯からジワリと赤いものが滲み、アボットは肩の傷が重くて銃も握れず、リザードンとビクティニも疲弊の色を隠せない。シラモは戦闘員ですらない。彼女はあれから何度も交渉を試みたが、すべて失敗に終わった。シェイミは狩人のように、獲物の逃げ道を着実に狭めていた。
「一旦退却しましょう!」ミオが撃ち続けながら言った。「このまま戦っていてもジリ貧です!」
「無理だ」アボットは力の入らない手に銃を縛りながら返した。「機関室のドアは閉鎖された、あの化け物を倒すしかない!」
「でも、どうやって!?」息を切らしながらビクティニが叫んだ。
ミオは迷っていた。無敵に思えるシェイミを、そしてヤドリギの種を一掃する方法がひとつだけある。だが会話はすべてシェイミに筒抜けだ。伝えるチャンスは一度きりしかない。
これは賭けだ! ミオはリザードンに命じた。
「ワイルドジャンパー、メガシンカ!!」
視線を交わす少女と竜。手に握る端末が輝きを帯びて、竜は光の繭に包まれる。そのエネルギーに魅了されてか、ヤドリギの蔓が四方八方から巻きついてきた。だが繭の中から灼熱の熱波が広がって、蔓を一瞬のうちに焼き尽くした。
黒い翼竜の放つ、蒼い炎。竜はメガリザードンXへと覚醒を果たした。
「興味深い」シェイミは顔色ひとつ変えずに言った。「メガシンカによって抵抗する世界は稀だ。その希少性を、我々の物にする」
シェイミの放つ莫大なエネルギーの波動『シードフレア』と、蒼い炎をまとうリザードンの突進『フレアドライブ』が、真っ向から衝突して、機関室に熱気と衝撃が広がった。
今のうちにと、ミオは皆を物陰に招いた。
「奴を倒す方法はひとつだけ、リアクターのオーバーロードです。エネルギー源を破壊すれば、あのシェイミを倒せると思う」
「どのみち船ごと木っ端微塵だ」アボットは痛みに顔を歪めながら返した。「妨害波が消えてから、船が爆発するまでに、プロメテウスが上手く俺たちを『転送』してくれれば良いが」
「そこは皆を信じよう」ビクティニが頷いて続けた。「それで、どうすれば良い?」
「副長は、この船のシステムに詳しいですよね?」ミオが言った。「リアクターをオーバーロードできそうですか?」
「可能ですが」シラモはやや怪訝そうに答えた。「その間、私は制御盤に集中しなければなりません。あのシェイミの攻撃から守れますか?」
「それについてはお任せください」ミオは不敵に笑って返した。「こういう不利なバトルは得意です。できればセツナちゃんにも手伝って欲しいけど……」
戦場で怯えているアブソルを見ると、それどころではなくなっていた。リザードンの体力が限界に近そうだ。宙を滑る身体は血にまみれ、息も絶え絶え、今にも墜落してしまいそうだった。
ミオは覚悟を決めた。
「時間がない、やりましょう!」
互いに頷いた。次の瞬間、ミオはもうひとつのモンスターボールを解放して、ツタージャを繰り出した。
「シルヴィ、『リーフブレード』! ヤドリギの種には気をつけて!」
「こんなに大変なら、はじめからボクを出せば良かったのに」ツタージャは陰険な口調でこぼしながら、蛇らしい滑らかな動きで蔓の間をすり抜けては、尻尾の剣で細切れに裂いていった。
制御盤に絡んだ蔓をビクティニが焼き払うと、シラモは早速操作を始めた。
「圧力バルブを閉鎖、物質と反物質の安定した反応を禁ずる命令を送ります」
「どのぐらい掛かりますか?」向かってくる蔓に『火炎弾』をぶつけながら、ビクティニが尋ねると。
「通常なら一分も掛かりませんが、ヤドリギの種に上書きされたシステムが抵抗しています。上手く回避できれば良いですが」
それまでリザードンをあしらっていたシェイミは、ギョロリと目を剥いてシラモを見た。もはやリザードンに興味を失ったらしく、シェイミの意思に従う蔓が、一斉に向きをシラモに変えた。
そうはさせないと言わんばかりに、リザードンは吠えて最後の力を振り絞り、『フレアドライブ』での決死の突進を仕掛ける。だがそれはシェイミの激昂を買う結果になってしまった。
「邪魔だ!」
そのひと言と共に、太陽のように眩い閃光が走ったかと思うと、凄まじい大爆発が起きた。『シードフレア』だ。それは今までの規模と比較にならず、黒竜の意識を一瞬で奪い去るものだった。
「戻って、ワイルドジャンパー!」
ミオのボールに吸い込まれていくリザードンとすれ違い、ツタージャが高く跳躍する。一閃。『リーフブレード』が爆風ごとシェイミの首を切り裂いたが、数秒のうちに再生した。お返しだと言わんばかりに、シェイミが眼前まで迫ってくる。そしてまた、視界を焼くほどの光がその身に集まり始めた。
「だりゃあー!!」
気合の入ったかけ声と一緒に、『Vジェネレート』の烈火をまとったビクティニが、ミサイルのように突っ込んだ。部屋中にシェイミが爆散し、その肉片がボトボトと落ちていった。だが肉塊のひとつに蔓が絡みつくと、みるみるうちに膨れ上がってシェイミの形を取り戻す。
元に戻りながらシェイミは思った。データは十分集まった、頃合いだな。
終わり、終わり。全部終わり。抵抗に意味なんてない。意味のないことをやる価値なんてない。だからやらない。全部見なかったことにする。そうすれば楽になれるから。これで良いんだ。私はもう、怖がることに疲れた。
アブソルはへらへら笑っていた。ひとり、またひとりと、仲間が血を流して倒れても、ただ床を見つめ続ける。悲鳴が聞こえてくるので、一生懸命に前足で耳を塞いだ。血の匂いが漂ってくるので、鼻から息を吸わないようにした。何も起きていないのと一緒だった。その時が来るまでは。
いわゆる第六感だけは止めようがない。その瞬間、胸の奥が嫌になるほどざわめいた。顔を上げるな。後ろを見るな。頭で考えても、身体が勝手に動いてしまう。そして、アブソルは見てしまった。
「……アボット?」
彼が立っていた。目と耳から黄色い花を咲かせて。体内に蠢く蔓が血管のように浮かび上がり、口からは何本もの蔓を吐いている。それはもう自分の知る人間などではなく、植物に喰われたパートナーの成れの果てであった。
向こうでビクティニが悲鳴をあげていた。おびただしい血を流すツタージャを抱いて、ミオがぽろぽろ涙を流している。シラモは潔く死を待つつもりで、唇を噛みながら立っていた。そのとき、アブソルは思い知った。ああ、もう終わりだ。やっと終わった。はは、と笑いが込み上げてきた。
「終わって……ない……」
朦朧とした声が言った。アボットだ。脳にまで根を張られながら、わずかに残った自我が懸命に訴えかけている。アブソルはヘラッと口角を引きつらせて返した。
「往生際が悪いよ、アボット。あなたもう助からないでしょ」
「終わって……ない……」
まるで機械だ。ただ現実を認めたくなくて、たわ言を繰り返している。まるで私みたいに。でも彼は違う。彼なら、私みたいにはならない。意味のないことは、絶対にしない。
「……えっ?」
モスキートのような甲高い音が聞こえる。しかも、アボットの包帯を巻いた手から。銃を固定するために縛った手だ。その音は今なお高くなっていく。
「終わ……な……」
「終わってない」
途切れかけた相棒の言葉を、アブソルが紡ぐ。その意味が通じたと悟ったのか、それとも脳に残っていた自我がついに消滅したのか、アボットは生ける屍としてヨタヨタと歩き出した。まっすぐリアクターへと。
アブソルは何かを言いかけて、やめた。悲しみも怒りも湧いてこない。ただ視線が彼の背中から離せないのに、四本の足がミオたちのもとへと突き動かされていく。終いには視界が滲んで、彼の姿が見えなくなると、アブソルは前を向いて走り始めた。
ちょうどシェイミの撃った『ヤドリギの種』が、ミオの腕とツタージャの胴に刺さったとき、シェイミの身体が真っ二つに裂けた。そしてミオたちを縛る蔓が次々と刻まれて、一陣の風が止まった。アブソルは叫んだ。
「影に隠れて! リアクターが爆発する!」
「どうやって……」
尋ねかけたシラモの袖を噛んで、アブソルは強引に機材の影に引き寄せた。ミオたちも我に帰ると、決死の思いで飛び込んだ。
アボットの光線銃は、その銃口を閉じたまま撃ちっぱなしの状態に設定されていた。蓋は決して焼き切れることなく、延々と光線のエネルギーを溜めていく。そしてやがては、行き場のない膨大なエネルギーが決壊を起こす。凄まじい大爆発を伴いながら。再生するシェイミがその事に気づいたのは、クロンキストのリアクターが爆破されてからのことだった。
「お前たち、我々の船に何をしたァ!!」
歪む声、崩れ始める機関室の天井。蔓に縛られていたクロンキストの乗組員たちが、ボトボトと床に落ちて、瓦礫に埋もれていく。シェイミは崩れかかった身体で雄叫びをあげて、ミオたちに飛びかかってきた。しかし、その牙は彼女たちに届くことはなかった。
プロメテウスが調査班を『転送』すると、颯爽と船首を翻してクロンキストから離れていく。植物に支配された船は無数の爆発を起こして、ウルトラホールの藻屑と化していった。