第4話 作戦会議
ドレディアが燃え尽きて灰になったことで、眠れる巨人が目を覚ます。クロンキストの船内を覆っていた蔓が不気味な緑色の光をうっすらと帯びて、心臓の脈打つような音を奏で始めた。すると、これまでただウルトラホールを漂流するだけだった無力な船が、息を吹き返したように動き始めたではないか。
この異様な変化を、プロメテウスのセンサーが逐一拾い上げて、けたたましいアラームをブリッジに響かせた。
「中佐、報告しろ」スクリーンに映るクロンキストの姿を見据えながら、ウォーレンは言った。
「クロンキストの動力源が復旧!」そう告げる赤毛の女こと戦略士官ルーナメアは、その奇妙なデータをまだ整理し切れていないようだった。「凄まじいエネルギーレベルです、あのクラスの探査船が出せる力を遥かに超えています」
「今すぐ調査班を『転送』しろ、船に引き戻すんだ!」
「無理です。クロンキストが妨害波を発していて、センサーが調査班の位置を特定できません」
「できないという返事を聞くつもりはないぞ、方法を考えろ!」
強引な命令を言い終わらないうちに、船がぐらりと揺れた。クロンキストの滑らかな機体がタマゴのようにひび割れて、生じた隙間から触手のような無数の蔓が伸びてくる。ついにはプロメテウスの機体にも絡みついて、とたんに船中の照明や制御盤が不安定に点滅し始めた。
「エネルギーを吸い取られてる!」ユキメノコのスノウライトが荒げて報告する。「こいつはまるで巨大な『ヤドリギの種』だ、この船を養分にしてやがる!」
「中佐、反撃だ! この蔓を撃て、クロンキストには当てるなよ、まだシラモたちが乗っている!」
「手遅れじゃ」ルーナメアは歯痒そうに答えた。「兵器のパワーもむしり取られています、我々は抵抗できません」
スクリーンの向こうでは、クロンキストが手綱を引き寄せるようにゆっくりと近づいていた。何をするつもりかは知らないが、この船の自由を奪った以上、おそらく次の狙いがあるはずだ。この船そのものか、乗組員か、その両方かもしれない。ウォーレンはキッと唇を噛んで、船中に警報を発した。
「総員、戦闘態勢! 白兵戦に備えろ!」
シラモはクロンキストの支配権を握るべく、ブリッジの制御盤と格闘するも、眉間にできた僅かなシワを見れば、思うように進んでいないことが分かる。何か手伝いたいが、作業に没頭する彼女の背中は、とてもじゃないが声をかけられない。ミオは諦めて、アボットたちのところに戻った。
アボットは赤黒く焼け爛れた右肩を露出して、ビクティニから治療を受けていた。癒しの技は使えないから、即効性の高い傷薬を吹きかける。丁寧に包帯を巻かれる頃には、憎まれ口を叩く余裕さえ出てきた。
「ミディアムなんか注文した覚えはないぞ、このヤブナースめ」
「命を救ってあげたでしょ?」それまで黙々と治療に専念していたビクティニも、ふっと顔が綻んだ。「そこは感謝しても良いところだと思うけど」
「そりゃ無理だ、俺は生物学的にもお礼を言うと死んでしまう」
彼らの傍らでは、アブソルがすっかり泣きべそをかいて丸まっていた。鼻水をすすり、その顔を見られたくなくて、そっぽを向いている。ああ、なんて立派なんだろう。ミオは思わず胸が痛くなって、彼女の背中を優しく撫でた。
「あれだけ怖がっていたのに、勇気を振り絞って、パートナーを守ったんだね……」
「違うのよ、そんなんじゃない」アブソルはうわずった声で返した。「もう地球に帰りたい。危険が何もないところで、ずっとダラダラ生きていけたらどんなにいいかしら。怯えるのはたくさんよ」
「でもさっきの一撃、凄かったよ! 襲いかかってきた敵を一刀両断、まるで侍みたいだった」
「そりゃそうだ」アボットは誇らしげに言った。「血統が違う。遺伝子は技を覚えているんだ、たとえ性格が……こんなに臆病でも」
「血統って、由緒正しい家か何か?」ミオが首を傾げると。
「そうとも」アボットはさらに鼻を高くして自慢げに語った。「セツナのご先祖は、これまた『セツナ』って名前なんだが、かの有名な大悪党ロケット団の大幹部の右腕だった。『白夜の死神』なんて謳われるぐらいだ。彼女は夜に紛れて、音もなく忍び寄り、一瞬のうちに命を刈り取る。これぞまさに死神の所業と言える。伝説によれば、一夜にして百人の敵を屠ったとも言われていた。瞬殺の奥義『辻斬り』は、このセツナにも受け継がれているのさ」
「私はそんなもの欲しくなかった」当のアブソルはウジウジと返して、それっきり返事もしなくなった。
他の調査班が治療に乗じて雑談に明け暮れている間に、シラモがデータを揃えて戻ってきた。端末からホログラムを浮かべて、皆の視線を集めた。
「船のシステムが起動しました」
「なんだ、良かったじゃないか」何を言い出すかと思えば、アボットは無事な左肩をすくめて言った。「ひとまず船は動くようになった訳だ」
「ただし、私は何もやっていません」
どういうことだ。答え合わせを求めるみっつの視線(アブソルは不貞寝している)に、シラモは丁寧に答えた。
「船内を覆っている蔓が、新たなエネルギー回路の役割を果たしています。もはやこの船はメガロポリスの船ではない、未知の植物船です」
「待った」アボットが眉根を寄せて訝しげに返した。「地球連合も有機回路の研究を進めているが、これとは次元が違う。植物が船を乗っ取り、乗組員を養分にして、しかもメガロポリスのシステムを完全に上書きしたってことですか?」
「そういうことになります」シラモは素っ気なく肯定して続けた。「システムの指令系統はすべて機関室に集中しています。どうやら最もエネルギーが集積する場所を苗床に選んだようですね」
「じゃあヤドリギの種を蒔いた黒幕がいるとすれば、そこですね」ミオは勇んで言ったが。
「あるいは、種そのものが意思を持っているのかも」シラモは壁の蔓を見やって言った。「先ほどのドレディアですが、名簿を確かめたところ、彼女が自ら名乗った通り、クロンキストの科学主任でした。体内にヤドリギの種が寄生していましたが、縛られてエネルギー源にされている訳でもなく、自由意志を持って襲いかかってきたように見えました。それが彼女自身の意思とはとても思えません」
「バカな」アボットは即座に否定した。「ヤドリギはただの植物だ、ポケモンでもない。意思なんてありませんよ」
「言い切れますか? あなたも危うく、ドレディアのように寄生され、ヤドリギの傀儡になるところだったんですよ」
それはまったくの事実だ、アボットにも返す言葉がない。ヤドリギの種が意思を持っているなんて突拍子もない説は、とても信じられるものではないが。
ここでアブソルがおそるおそる身体を起こして尋ねた。
「あの……そこまで分かったのなら、もう一旦帰りませんか? 特別な戦闘チームを編成してから、機関室へ討伐しに行くのが最善策では?」
「あいにく我々は船には戻れません」シラモはため息と一緒に答えた。「先ほどからプロメテウスとの連絡が途絶えています。おそらく妨害電波によるものですが、クロンキストの外部センサーが正しければ、この船は今まさに、プロメテウスを攻撃している。おそらくこの船で起きたことを、プロメテウスでも起こすつもりなのでしょう。だから機関室へは我々で行き、船を破壊するためにリアクターを爆破します」
機関室に行く。その恐ろしい言葉を聞いただけで、アブソルは短い悲鳴をあげた。