第一章 イリュージョン
第6話 予兆
「俺の四百億が……」
 食堂で夕食を前にしても、バークは依然として魂が抜けていた。ブツブツと呟いては、露と消えてしまった金持ちの夢を虚ろな目に映している。
 同じテーブルの席で、ブライスはチクリと罪悪感に苛まれた。ハンバーグを一切れ口に運びながら、申し訳なさそうに尋ねる。
「あのう……やっぱり怒ってますかねぇ?」
「別に」
 返す言葉に覇気がない。いつもの悪意と傲慢さに満ちた姿は見る影もなく、すっかり塞ぎ込んでいた。
「ただ惨めだよ。弟はエーテル病院の院長で、叔父は月の採掘施設を仕切っている。母はシルフ・カンパニーの取締役だ。なのに俺は、ここでしがない船医を続けるしかない。一発当てたくてこの船に乗ったのに、二年間も待って手に入れたのは、砕け散った遺物の破片だけだなんて……」
 ゾロアークを封印していた古代の遺物。後でブライスが調べてみると、それは何万年も前に地球で栄えた古代文明『ポケランティス』の秘宝であった。地球の古代文明の秘宝がウルトラスペースで発見された事実は、考古学会を震撼させることだろう。
「きっとカケラでも高く売れるっスよ」
「売れたらな。きっと科学的調査の名目で、艦隊に接収されるに違いない。二束三文で買い叩かれるのがオチだろう」
「その方が良かったんスよ」
「なぜ?」
「だって売れた後でゾロアークが出てきてたら、大変なことになってたっス」
 あぁ。うん、確かに。バークの瞳に光が戻ってくる。
「あれだけ恐ろしいポケモンが封印されていたんだ、天文学的な金額の損害賠償を請求されていたかもしれんな」
「それに商売は一度失敗しても全部終わりじゃないっス。次のチャンスを探せば良いだけっスよ!」
 臭いセリフを堂々と吐きやがって、と普段なら邪険にされていたことだろう。バークはただぼんやりとブライスを見つめて、頬杖をついた。
「妙だな……なんだか慰められているような気がする」
「……慰めているんスよ」
 歳の差の壁は大きいなあ。ブライスはがっくりと肩を落とした。

 時を同じくして、別のテーブルでは、モニターから試合中継を観戦中のウォーレンも肩を落としていた。
 負けた。それも一回戦で。相手は草ポケモン使いの女の子だった。パワーで押すライナスのチームたちに対して、風に乗る木葉のように華麗な技巧で受け流す。終いには『ヤドリギの種』が体力を吸い尽くして、決着がついてしまった。
「これで賭けはナシですね」シラモは澄ました顔で言った。
「そうだな」ウォーレンはやさぐれた口で返すと、スコッチを一気に飲み干した。「っはぁ……お互いに予想は外れた訳だ、ものの見事に」
「確率はあくまで確率でしかありません。今回の試合結果も、次回の予想に生かすまでです」
「まあ、結局は未来に何が起こるか、誰にも分からないということか」
 その言い方に引っかかるものを覚える。シラモは神妙そうに首を傾げて尋ねた。
「船長?」
 ウォーレンは空になったグラスを遠い目で見つめていた。
「あのゾロアークが最後に言い残したことが気にかかる。我々の行く先には、魂も凍りつく恐怖が待っていると……奴は何もかも知っているようだった」
 最後に見せた意味ありげな笑みが頭から離れない。神のような力を持つゾロアークが、あえて我々を泳がすには理由があるはずだ。もしもそれが、プロメテウスを破壊しかねないものなら。
「それでは、我々はゾロアークに感謝すべきかもしれませんね」
 シラモがとんでもないことを言うので、ウォーレンは唖然としていた。
「感謝だと?」
「そうでなければ、我々は来たるべき脅威に備えることもできなかったでしょう」
 なるほどね、とウォーレンは苦笑いを浮かべながら頷いた。時々、彼女の機械じみた合理主義が羨ましくなる。シラモのように恐怖心を遠ざけることができれば、たとえ二百名の命を背負っていても、超生命体の脅しに怯むことはないだろう。
 シラモはいつも通り、正しいことを言った。今までと何も変わらない、我々はあらゆる脅威に用心深く備えるだけだ。


To be continued...

きとら ( 2020/12/08(火) 23:40 )