第一章 イリュージョン
第2話 眠れる石
 地球暦2117.05.26

 ごろん。
 ブライス少佐(機関主任を務める二十代の女性士官)の作業台に、石の玉が転がる。バーク(医療主任を務める五十代の男性医師)は、機関室にそれを持ち込んで来るなり、仕事中の機関主任を捕まえてがなり始めた。
「こいつの製造時期を調べてみてくれ!」
「……急に何スかこれは、石でできたモンスターボール?」
 聞いたところで、バークは「今世紀最大の発見になるぞ!」とか「いいから早く調べろ!」等と怒鳴るばかり。ブライスは仕方なく機械の修理を副主任のエースバーンに任せて、石の玉を受け取った。
 製造された時期を特定するには、量子スキャンが必要だ。装置の中に石を置くと、レーザーがその表面を撫で始めた。

「ドクターが古代の神秘に興味があるなんて知らなかったっス」
「興味など、これっぽっちもないね」
 えぇ。キッパリと言われて、ブライスは肩を落とす。
「じゃあ何でこんな石で大騒ぎしてるんスか?」
「過ぎ去った過去なんてどうでもいいが、骨董品はコレクターに高く売れるんだ。『商会』の連中はこの希少価値を知らなかったかもしれないが、俺は違う。目を持っているんだ、価値を見抜く目をな」

 プロメテウスはウルトラホールを渡る貿易船と出会った。『カネナリー商会』という、世界を超えた経済連盟らしい。
 船の物資が不足気味だったこともあり、ウォーレンは彼らと取引をすることに決めた。相手の船長と交渉している間、乗組員たちも貿易船に招待されて、各々好きな買い物を楽しんだ。さすが世界を股にかけるだけあって、貿易船は豪華なクルーザーのように巨大で、その中はショッピングモールのように広く、次の目的地に着くまで買い物を楽しんでいる旅行客が大勢乗っていた。
 積荷や売り物は無数の世界からかき集めてきた物ばかり。まさにここは、見たこともない物に溢れていた。

 ところが、この石は違った。陰気な雰囲気が漂う怪しい質屋に立ち寄り、バークは埃をかぶった棚の奥で見つけた。地球のアーティファクト図鑑で見た覚えがある。
 あいにく彼らの通貨を持っていなかったので、万病を癒す薬(バーク曰く「ただの風邪薬だが、風邪は万病の元と言うじゃないか」とのこと)と交換で手に入れた。そして真偽を確かめるべく、機関室に転がり込んだ次第である。
 数分のうちにスキャンが終わった。ブライスは制御盤を操作して、モニターを見上げる。
「えーと……へえ凄い、十万年も昔に作られた物らしいっスね」
 どさ。バークの腰が抜けた。全身からドッと汗が流れて、口の端は引きつっている。そしてブツブツとうわ言のように呟いた。
「十万年、十万年……間違いない、本物だ……」
 金持ちになりたいと心に誓い、医師を目指して苦節三十年。エーテル大病院を追い出され、金になるような医学の大発見を求めてプロメテウスに乗り込んだ。それがどうだ、思わぬところで夢にまで見たお宝を掘り出した!
 そうと決まれば、まずは詳細な鑑定評価だ。大金持ちの集まるオークションに出品するよう取りつけをしなければ。やることは多いぞ、くだらない仕事なんかにかまけていられるか。
「俺は医者をやめて大金持ちになるぞ!」

 一方、こちらは石の中。
 途方もない時間のほとんどをスヤスヤ眠って過ごしていた『それ』は、物体を透過するスキャンレーザーの焼けるような光に叩き起こされて、不愉快そうに目を擦る。どうせ封印のせいで出られないだろうが、中でひと暴れしてやろうか。と思いきや、『それ』は邪悪な笑みを浮かべた。
 石の玉は何万年もの時を経て、封印は無いに等しいほど弱っていた。

 ボン!
 バークが万歳しながら盛大な辞任宣言をしたと同時に、石が爆発した。

きとら ( 2020/12/01(火) 16:26 )