46話 青いグミがお好き
途中で調達した海水をコップの中で真水と混ぜ、カイトは火で軽くグミを炙って柔らかくすると小さく千切ってお皿に盛り付ける。尚も泣いているマナフィをあやしつつカイトを急かしているアカネ。そんな様子を、ペリーはじっと眺めていた。
「出来たよ!」
「マナフィ、食べれる?あれ、固形っていいの?噛める?」
「アカネ、食べれると思うよ、大丈夫大丈夫」
カイト相手にはともかく、他のポケモンにはあまり弱みや困惑した様子を見せたがらないアカネがあたふたと落ち着かない。生まれたてのポケモンに向き合うのがそもそも初めてなのだろう。カイトも困惑してはいるがアカネ程ではない。アカネも一応向き合ってはいなくてもどのように幼いポケモンを扱うかについては様々な場面で見ている筈なのに、自分の事になるとそれらが飛んでしまったかのようである。初めての子育てを見ているようで微笑ましい反面、ペリーには懸念があった。
ぶぇぇぇ、と大声で泣いていたマナフィの鼻先にグミを少し近づけてやると、ピタリと泣き止んでグミをじっと凝視した。本能的に食べ物であると感じ取ったのか、おぼつかない手つきでアカネからグミの欠片を受け取り、躊躇いなく口の中へ放りこんだ。口をもごもごとすると、そのままごっくんと飲み込む。アカネはその様子を見て心底安心したようにコップをマナフィに差し出した。すっかり泣き止み、マナフィはころりと表情を変えてニンマリと笑みを浮かべている。
「グミ美味しかったのかな?」
「グーミ?グーミ?」
「美味しかったか、よかったよかった」
少し水を飲ませてまたグミを差し出すと、勢いよく食べ始める。やはり体が栄養を求めていたのか、飲み込む前に次のグミをとせがむマナフィを制止しながら二匹はどうにかご飯を食べさせ終えた。ゲプ、と喉を鳴らすマナフィの背中を軽く叩き、食べ終えたらその後一瞬で眠ってしまった。
「どうやらご飯は心配無さそうだね」
「そうね……今度シャロットにでも頼んでノギクやエルフに良いレシピがないか聞いてもらえないかしら」
「…………心配だな」
え、と二匹の声が重なる。少し険しい顔つきをしたペリーは二匹とマナフィの方にゆっくり近づくと諭すように話し始めた。
「さっきも話したが、この子は本来海の中で暮らすポケモンだ。ここは海の中とは全く違う環境だし、何よりマナフィには分からないことが本当に多すぎるのだ。
何が起こるかわからない。
しかし、かといってこのまま海に返すこともできない。まだ自分で考えることが出来ないし、さっきの様子を見る限り本能のままにいろんなものを口に入れてしまうだろう。自分で食べるものを探すこともできないし、そもそもお前達が近くに居なければパニックになってしまう。弱ったな……」
「…………暫く、僕たちが面倒を見るってことで、いいのかな」
「あぁ、そうなるだろう。
しかも見つけた場所が『閉ざされた海』か。調査しているチームもいるようだが、はっきり言って赤子が生きていくには過酷な場所だ。
とにかく、私は育て屋のアリーナの所に相談に行ってみよう。海にもいくつかツテがあるから、とにかく情報を集めてはみるが……」
「……悪かったわ……いや、ごめんなさい。
お願いしてもいいかしら……その間責任もって育てるから」
アカネがそう言うと、カイトとペリーは驚いたように目を見開いた。アカネの隣ではすやすやとマナフィが毛布にくるまって眠っている。
「…………ふむ。
まぁ、いいだろう。できればあまり長引かないようにどうにかするつもりだ。
だから、あまり…………いや……何でもない」
「ん……?」
「とにかく!マナフィを絶対に一匹にしないこと。私が許可を出すまでは探検隊活動も休止だ。いいな」
二匹はペリーの言葉に頷いた。
ペリーはキリキリと痛む胃を擦りながら、軽く頭痛を覚えた頭を起こしてサメハダ岩からトレジャータウンへと羽搏いていく。
先の話の通り、保護と言う形で卵を持ち帰った探検家たちの目の前で孵化してしまうことはしばしある。その旅に生活する場所があわないとか、体調面に問題があるとか、そもそも難しい種族であるとか、そのような問題が起こるのは当然なのである。
ダンジョンに転がしてあるような卵は実質保護するのが当たり前とされているのだが、それもいいのか悪いのか、ペリーには正直はっきりしないのだ。
ただ、そのような状況で卵を持ち帰って来た探検家が居てもそれが悪いとは思わない。
ただ、アカネとカイトの反応を見る限り、どうやらペリーにねちねち言われたり説教を喰らうと思っていたように感じた。もう少し様子を見てから持って帰れと言えるには言えるのだが、それではまるで卵から生まれてきたマナフィを邪魔もののように扱っているように感じてしまって嫌だったし、おそらくペリーも同じ状況なら持ち帰った。普段ぶっきらぼうというか、自分に楯突くような態度ばかりを取っているアカネも今回ばかりはとにかく必死である。
育児疲れしないといいが……と思いつつ、とにかく情報を集めなければとアリーナの育て屋へと降り立った。
むにゃむにゃと眠っていたマナフィは突然パチッと目を開き、ごろりと仰向けになってキャッキャと笑い始めた。分からないことが多すぎるが、とにかく赤ちゃんというのは突発的な行動が多いのだろうか。マナフィがアカネの方に手を伸ばすので恐る恐る握ってやった。相変らず特徴的な笑い声をあげながらアカネの手に絡みつくマナフィの姿を見て、ぽそりとカイトは呟いた。
「本当にアカネになついてるよね……」
「……まぁ、生まれた時私の方が近くにいたからだと思うけど……」
「あか?」
「えっ…………」
「うん、こっちがアカネだよ。僕はカイト、よろしくね。
ここが暫く君のお家だからね」
「かぃ……おうち?」
機嫌がいいのか、マナフィはまたキャッキャと笑いだすとごろりと寝返りを打ってベッドから降り、食料を入れている棚の方へと這うようにして近づいて行った。どこにいくんだとアカネは思わず四つん這いになってマナフィの向かう方向へ飛び出す。
「ぐーみ!」
「また食べるの?そんなに沢山大丈夫……?」
「なんか、小さくてもすごくよく食べるんだって。お腹壊しちゃいけないから半分くらいの量にしようか」
そう言ってカイトは棚から青いグミを取り出して炎で温め始める。グミを手に取ろうとしてじたばたとするマナフィを後ろから抱きかかえて押さえているアカネは、その様子をじっと眺めていた。
ポケモンの子育てなんて分からない。ただ、何となくどこでもこんな風にしているのかなと思いながら、柔らかくなったグミをマナフィの口に運んでやる。「おいしい?」と何となく尋ねてみると、マナフィは「おいしー!」と満面の笑みでアカネの言葉をオウム返しし、またグミを美味しそうに食べる。
カイトのように「よかったね、美味しいね」と気の利いた言葉をかけてやりたかったが、美味しそうにグミを頬張りながら一生懸命言葉をオウム返ししてくるマナフィの様子に何とも言えない気持ちになり言葉が出てこない。おずおずと水を持ってきてマナフィに差し出してみると、ゴクゴクと飲み干し『ぷは!』というと、軽いゲップをして後ろ向きにごろりと転がってしまった。黄色く縁取られた大きな黒い目がキョロキョロと『サメハダ岩』の天井を見渡している。室内を見渡すと、またうつ伏せに転がり直して今度は階段へ近づき始める。
「あ、そっちは駄目!」
「っび、っびぇぇえええぇ!!!!」
階段に手を駆けようとしたマナフィを慌ててカイトが抱き上げると、大きな声と衝撃に驚いたのか再び泣き始めてしまった。あまりに忙しすぎる。カイトは「しまった」という顔をすると急いでアカネにマナフィを渡した。頼むから自分であやす努力をしてほしいと思いながらアカネはマナフィを抱き上げて床に座り、背中をさすりつつ体を揺すってやる。あたふたしつつカイトはマナフィに触れるか触れないかのところで声をかけた。
「マナフィごめんよ、ごめんごめん。びっくりしたよね、ごめんね」
「……バリケードを作りましょう……」
生まれてすぐにハイハイをできるし少しなら喋ることもできる。自分からご飯を食べることはできるし、水も飲めるし誘導しなくても自分でゲップする。おそらくこのポケモンは特に成長が早いポケモンに違いない。あと数日しないうちにチョロチョロとサメハダ岩の内部を這いずり回り(あるいは歩くかもしれない)あっという間に階段で上へ昇ってしまうだろう。しかもここは一応崖であり、マナフィが水タイプとはいえこの状態で海に落ちて迷子にでもなったらと思うと心臓が握りしめられるような心地になる。
サメハダ岩の歯の部分はそれなりに高さはあるものの、雨風を凌ぐ時と同じ処置をしておく必要がある。登ってコロッと落っこちてしまえばさすがの二匹でも見失ってしまうだろう。階段は一応戸締り用の扉や鍵があるとはいえ、アカネの手を器用につかんでいるのをみる限りはそんなものは直に突破されるだろう。
「明日トレジャータウンで色々買ってくるよ。アカネ、一匹で面倒見れる?」
「……自信は無いわ……」
「凄く頑張って早く帰るから……」
「うん……」
勝手に連れてきておきながら情けない。アカネはグズるのを辞めたマナフィを抱えてそう思っていた。そもそもトレジャータウンの知り合いといえば殆どが同い年が少し上のポケモンばかりで、こんなに小さな子供を育てた経験がある知り合いも殆どいない。面倒見が良いベルなら力になってくれそう打と思いつつも、彼女はギルドで編成所の仕事がある為日中に迷惑をかけることはできない。
あどけない顔でもぞもぞと動くマナフィに対して嫌悪感は一切ない。ただ、マナフィが存在することで緊迫感や不安感が常に自分の周囲に渦巻いているのを肌で感じていた。
「とりあえず、マナフィが落ちないようにバリケードは作らないと僕達も寝られないよね。
ちょっとうるさいかもしれないけど今から作るから待ってて」
そう言うと、カイトはいつも雨風を凌ぐために使っている道具を隅の方から引っ張り出し、部屋の隅から隅に配置し始めた。
ガチャガチャと音が響く度、マナフィを居心地が悪そうな様子でもぞもぞと動く。そのたびにアカネは柄にもなく「ラララ〜」と声を出したり鼻歌を歌いながら体を揺すって誤魔化していた。カイトに聞こえる位置にいるなんて最早お構いなしであった。