43話 変わっていくもの
「反省の色がないので、期待はしていないが帰ってから少し説教してやってくれ。期待はしていないが」
「わ、わかった。ご迷惑かけました」
朝からトランがせっせと地面を掘ってサメハダ岩まで出向き、カイトに急遽ギルドへ来るようにと伝えた。トランの眠たそうな顔と話しぶりから、大方何が原因で呼び出されているのかは察しがついた。彼はとりあえず軽く戸締りをしてギルドへ向かうと、門の前で待っていたペリーにギロリと睨みつけられて足を止めた。いつもより数段眠そうにぼうっとしているアカネは、二本足で立ったまま目を空けてすらいない。ペリーはもうあきらめたのかそこにおとがめは無かったが、何やらずっとぷんぷん怒っているようだった。
「まったく、酒を飲んだだかなんだか知らんがずっとこの調子だ。そもそも、この私にだまって無断でギルドで女子会とは……」
「お、お酒?」
「そうだ。本当に少量だが、アカネはどうもあまり強い方ではないみたいだからな。まったく、秩序もなにもあったものじゃぁないな」
ギルドを卒業した身であるのでまだ注意だけで済んでいるが、フラーやベルについてはそうはいかないのだろうなぁと想像し、カイトは苦笑いした。アカネはもはや話を聞いていないので保護者責任とでも言わんばかりにカイトが淡々と説教を受けて、最後は体調もろもろ気を付けろと締めくくってペリーはギルド入っていった。
カイトは眠たそうにしているアカネの手を引きながら十字路への階段を下りる。あまりに眠たそうでフラフラとしているので、大方夜遅くまでずっとおしゃべりしていたのだろう。それに加えてお酒なので、サメハダ岩でもう少し休ませてから今日は何をするか話そうと考えた。
「楽しかった?」
「うん」
「息抜きになったならよかったよ」
そう言ってカイトは笑顔を浮かべた。
サメハダ岩に帰還してから水浴びなどをしているうちに徐々に目が覚めてきたのか、いつものようにきりりとした目つきが戻ってきていた。若干お腹が重たいような気がしていたが、お酒とはそういうものだという話を聞いたことがあるので特に気にしていなかった。特に体調も悪くはなく、眠気も冷めたので仕事の話をしようとカイトに声をかける。
「今日はどうしようか。さっきギルドにいたんだから依頼書貰って来ればよかったなぁ」
「わざわざ、なんていうか、悪かったわ……」
「ううん、早く会いたかったから」
「………………そっ……そう」
変な感じがする。やはり帰って来てから早々に違和感を覚えて眉間にしわを寄せた。この「違和感」と表していいのかわからない感覚が自分が原因なのかカイトが原因なのか、それすらも分からない。
ふといつも自分のベッドが置いてある場所を見ると細かい藁が散らばっており、微かにベッドを移動しているような形跡が見受けられた。アカネとカイトのベッドは材質的には藁と毛布なのだが、如何せん物の扱い方や趣味が異なるのである。カイトはシンプルな配色の毛布とブースターの首周りの毛を少し織り込んだタオルを使っている。一方アカネは鮮やかな配色の毛布でいつも眠っているため、二匹が使うベッドはそれぞれ決まっているのだ。
「ベッド移動した?」
「え?……あ、うん、ごめん。勝手に移動させた」
別にいいけど、とアカネがまた眉間にしわを寄せる。ただ単純に疑問に思っただけなのだが、カイトは勝手に物を触った負い目もあってか責められていると受け取ったらしく、あれこれ焦ったように弁解を始めた。
「いや、変な意味とかじゃないんだ!本当にごめん」
「えっ……あの、だから別にいいって。不思議に思っただけだから」
アカネが困惑したようにフォローすると、ピタリとカイトは弁解を止めてキョトンとした表情で固まってしまった。挙動不審なので心配になり、顔を覗き込むように近づいたところでカイトがやっと我に返ったのか誤魔化す様に笑みを浮かべた。
「は、はは……そうだよね。僕が勝手に焦って。
…………あの」
「なに?」
「やっぱり、外で泊まりとかの時は今度から早めに言って欲しいな。一日前とか、できれば」
「それは悪かったけど、でもどうして?」
「心の準備が、いるというか」
カイトはゆっくりと自分のベッドに腰かけると、太陽の光で出来た影の中で仄かに揺らめいている自分の尻尾の炎をアカネにさしだした。水浴びをして軽くタオルで拭いただけだったアカネは「あ。ありがとう」と軽く言うと体を乾かすべく近くへ寄って自分の毛を擦り始める。
「変なこと言うようだけど、眠る時アカネが近くにいないと不安で」
「…………不安」
「アルストロメリアの船の中とかだったら、特殊な状況下だからそうでもなかったけど」
それでもストレスは溜まっていたんだけれど、という言葉を飲み込み、カイトは話を続ける。
「ベッドが空っぽだったら、ほら。余計アカネが居ないなって思っちゃうから。いっそ誰か他のポケモンを呼んでこっちでも泊まりしようかなとも思ったんだけど、そういう時に限って誰とも会わなかったりとかさ」
だからベッドを隅の方に片付けていたということらしい。何とコメントしていいのか分からず、アカネは無言で体を乾かす。アカネが居ないと不安と言うのは、彼女が消滅したときのあの感情がぶり返すからだろう。アカネにとっては一瞬の瞬間であったとしても、カイトにとっては地獄のようだった。心も体も存在していて、確かに自分が居る場所は分かっているのに、自分がどこにいるのか分からなくなる。それほどまでに苦痛だったことをアカネは知ってか知らずか、体を擦るようなしぐさをしつつも目を伏せていた。
ただ、何となくまた「変な感じ」がして、カイトと目を合わせるのが嫌だっただけなのだ。
昨晩、少しでもカイトと離れる時間があって間違いなくアカネはほっとしていた。
カイトの事が嫌いなわけではない。そんなことはアカネとしてもあり得ない。
ただ、この「変な感じ」から逃げたくて、アカネは既に乾いている自分の毛をカイトが止めてくれるまで延々と擦り続ける。
「お前はどっちに転がるんだろうなぁ」
そんな戸惑いを、鼻で笑うように深淵から見つめている者がいた。