42話 暴走女子会
フラー主催の女子会に参加していたアカネ、シャロットにベルだったが、その話題はシャロットの現在の恋人に対して根掘り葉掘り聞く、というような状態だった。
シャロットは少々首を傾げつつも恋人であるチェスターについて語り始める。いつどこで出会ったか、どんな状況で付き合うことになっているのか、普段どんな風なお付き合いをしているのか、など。
以前、シャロットはアカネとカイトともにエレキ平原を冒険した際、エレキ平原を縄張りしているポケモン達とバトルをして勝利した。その時に戦ったレントラー一族の一匹であるルクシオに一目惚れされ、時の歪みが引き起こした様々な事件が落ち着いた頃……ルクシオことチェスターの弟であるセオの導きによって、一緒に探検することになり探検後に告白された、という小説のような流れであった。
女性というよりも、まるで恋に恋をしている少女のようなフラーと話をしているうちに、ブレーキ役のベルも徐々に壊れていく。アカネはアカネで楽しそうなフラーたちの雰囲気に少しずつ馴染んできたのか、シャロットの話に軽く茶々を入れながらそれなりに女子会を楽しんでいた。
チェスターと海沿いを散歩した話や、探検デート(?)のようなものをした話、一緒にご飯を食べに行った先で何故かセオに遭遇して散々嫌味を言われた話。
体験談や楽しかったという感情、シャロットは一生懸命になりながらもフラーの質問に答えていた。そんな中、彼女の話を聞いているうちに少し気になることが出てきてしまったアカネは、少し話の勢いが緩やかになった所でシャロットにぽつりと尋ねた。
「ねぇ、シャロット。好きってどういう感じ?」
「好き……ですか?」
「ええ。仲間としてというか、そういう意味で……って……」
アカネがそう尋ねると、シャロットは少し困った顔をして俯きながら考える一方、ベルとフラーは「アカネがそんな質問を……」と、まるで子の成長を見た親のような反応を示す。およよ、と涙をぬぐうようにハンカチで目元を押さえるフラーに背筋が冷たくなるような感覚を覚えながら、アカネはシャロットの返答を待った。
「……好き……か」
「……?シャロット、どうしましたの?」
「……いえ、あの。所謂恋愛感情としての好きっていうのは、あたし実を言うとよくわからなくて」
すいません、と申し訳なさそうな笑みを浮かべてそう返答するシャロットに、動揺しつつもベルは言った。
「ということは、シャロットさんはチェスターさんに恋をしているっていう訳ではないんですか……?」
「好きです。好きだけど、いわゆるその、恋人らしいことをしたいっていう気持ちにならなくて……。今までの話だって、別に恋人じゃなくても出来るようなことばかりですから……」
「確かに、言われてみれば……けど、ちょっとチェスターさんが不憫なような……」
フラーがそう言うと、「うぅ……」と言葉を濁しながらシャロットは首をもたげてしまう。
「こういう話はどうかと思うんですけれど……どうしてチェスターさんの告白を受けたんですか?確か、彼氏ができるのは初めてだって聞きましたけど……」
「えっと……あの、すいません。自分でこういう話をするのはどうかな、とも思うんですど、あたし告白されるのは初めてっていう訳では無くて……。今まで、自分が好きなわけでもない相手と付き合うのは抵抗があって、ずっとお断りしてたんですけど。
あたし、ちょっと精神的に不安定だったんだと思います。色々あって……」
シャロットの「色々」で、その場に居たポケモン達は直にそれが何を示しているのか察しはついた。ベルが申し訳なさそうに話を留めようとするが、シャロットは少しだけ微笑みを浮かべて言葉を続ける。その微笑みには、己を嘲るかのような陰鬱とした雰囲気と、真逆にどこか幸福感を感じているような、複雑な感情が混ざり合っているようだった。
「チェスターに、色々聞いて貰ったんです。初めて会った時。
でも、あたし自分が言った事をよく覚えてないくらい、色々言ったんです。悩みとか、辛い事とか。けど重たいじゃないですか、そんなポケモン。初対面で不安定な部分を全部ぶつけてくるような相手。
でもいいかなって思ったんです。多分もう会うことは殆ど無いと思うし……セオに知られたら色々言われるとも思ったけど、そんなの痛くもかゆくもないから。
引かれると思ったんですけれど……チェスターの顔つきがなんていうか……あたしが言葉にした以上の事を理解しているような……全部飲みこんでくれているような、そんな顔だったんです。
告白してくれたのはその話をした直後で……けどあたし、やっぱりこんなの駄目だと思って、でもその時だけは何故か断る気にもなれなくて、時間を貰ったんです」
「それで、了承したんですのよね……?」
「はい……色々考えましたけど、やっぱり何となく……一緒に居たかったので」
「…………吃驚して損しましたわ」
はぁ、とフラーは大きなため息をついてシャロットの頭を撫でた。ベルもふふふ、と声を潜めて笑いながらふわふわと部屋の中を飛び回る。アカネは何か考え込むような表情を浮かべつつ、話を聞いて頷いていた。
「大丈夫ですわ。話を聞いた限り、そのうち分かるようになりますわ」
「え、えっ!?あたしよくわからないんですけど……」
「そういうものっていうことです!それに、今までの話を聞くところチェスターさんってなんていうか、感情を拾うのがとても上手みたいだなって思ってました。お付き合いだってシャロットさんがしっくりきていないことも分かったうえで、だと思います。のんびりしてていいと思います、私は。恋愛感情がはっきりしなくても、好意を持っていることは確かなんですから、それを伝えてあげてください」
「わ、分かりました。ちゃんと伝えます」
ベルが楽しそうにそうアドバイスをすると、シャロットは複雑な表情を浮かべるのをやめて、「頑張ります」と言わんばかりの顔で拳を握って二本足でベッドの上に座り直す。フラーも好みの話が聴けてほっこりしていたが、ただアカネ一匹だけがあまり納得できていない様な表情を浮かべ、ぼうっとシャロットの方を見つめていた。
(…………セオが言っていたのは、こういうこと……なのかしら)
シャロットの心は確実に軽くなっている。チェスターという存在が現れたことで、溜め込んでいた思いを共有し、尚且つ理解してくれる相手がいることで、彼女は生きやすくなったのだろう。
セオ自身は他者の感情を読んで、それに適切な答えを出すことが苦手だ。彼自身もそれに気づいたうえで自身の持つ意思のままに行動している。それが間違っているとも思っていない。だから彼は、シャロットの思いを共有することはできない。
チェスターは違う。今の話にしても、彼は共感覚を持つとも言える程に感情を汲み取ることに長けていて、自分と全く違う思想の持ち主でない限り思いを共有することが出来る。そして素直で、本当にシャロットのことが好きなのだ。
シャロットはチェスターに寄りかかっているような状態で、心地よさを感じているのだろう。好きか普通かでいえば間違いなく好きで、一緒に居たいと思う程に心を許している。初めての恋愛はそういうものだと、フラーやベルは口を揃えて言うのだ。シャロットが気が付いていない気持ちが育つのを待っている。
しかし、それはアカネが求めている答えではない。
アカネが思う気持ちとは殆ど変わらない筈なのに、何故かはっきりと「違う」と感じてしまう。それが何故なのかも、そもそも何なのかすら分からなくて、アカネは何も言えなかった。
「………………さて、ちょっと一段落しましたわね。
ここで、私からゲームの提案ですわっ!!」
甲高い声でそう言うと、フラーは自分の後ろに置いてあったピクニック用のバスケットに手を伸ばし、ポケモン達の輪の中心に置いた。
嫌な予感がする、と。シャロットは不思議そうな顔でバスケットを見つめていたが、アカネは時空の叫びなど使わなくても想像できる嫌な予感に背筋を震わせていた。
「フラー、何よそれ」
訝しげな顔をしてアカネがフラーに尋ねる。心底悪そうな顔をしながら、フラーは透明な液体が入った四つの小瓶をバスケットの中から取り出し、中心に並べる。
「ちなみにシャロットとアカネはお酒飲める年ですわよね?」
「え、ちょ、まさかフラー……」
そのまさか、ということである。困惑したアカネが酷くたじろぐが、意外にもお酒好きなのかベルは嬉しそうに頬を赤らめていた。飲んだことがないのか、好奇心旺盛な様子でシャロットは液体の入った瓶を眺める。
「あたしお酒飲んだことないです……」
「ガルーラ倉庫のリンダさんから頂いたんですわ!けど、みんな飲んだらゲームになりませんからちょっとお待ちくださいな」
「お酒ね……」
ビンに入った澄んだ色の水は本当にただの水に見えた。色をみただけで分かるのか、美味しいやつだ、と呟いているベルの言葉を聞いて、動揺しつつもどことなく興味がわいてくる。ビンはしっかりと栓がしてあり、酒の匂いは全くしない。
カフェで出てくるお菓子に、たまに木の実で作った酒が少しだけ混ぜてあることがある。その風味だけは知っているが、実際にしっかりとした酒は飲んだことがない。酒は体を温めて、少量ならば疲労回復の効果もあると聞いている。依頼のペースはそこそこにしているものの、疲労がたまっていることに変わりはない。少しは効果があるのかもしれない、と思い、アカネは大人しくフラーが準備するのを待っていた。
フラーは準備を終えると、ベル、アカネ、シャロットに四本の木の棒を差し出した。
「私が持っている側が赤くなっている棒が二つありますわ!多分この量だと酔っぱらったりはしないと思いますケド……この中で二匹があたりくじを引いたらお酒を飲む、ということで!そうすれば万が一酔っぱらっても見てられますわ」
「ちなみに、小瓶は四本あるけど全部お酒っていうことじゃないの?」
「あとの二本には花の蜜を溶かしてありますから、甘くておいしいだけですわ!」
そっちでもいいかもしれない、と思いつつ、アカネ、シャロット、ベルの三匹は息を合わせて勢いよく三本のくじを引き抜いた。
「あっ」
アカネとシャロットの引いた木の棒の先には赤い印が付いており、ベルのものには何も印はついていない。フラーの手の中に残ったくじも印はついていなかった。
フラーは満足そうな笑みを浮かべ、ベルは心底がっかりしたような顔をしつつ、仕方ないですよね、とぼやいて木の棒をベッドの上に置いた。シャロットが申し訳なさそうに交換を申し出るが、そこは姉弟子としての矜持というものがあり(シャロットは弟子ではないが)、シャロットが飲んでくれと差し出されたくじを押し返す。
フラーが二本の瓶の蓋を開け、お酒がはいったものをアカネとシャロットに手渡す。
シャロットは二本足でちょこんとすわり、前足でビンを持ってすんすんと臭いを嗅いだ。鼻の奥の方までは響かないものの、ツンとした香り。複雑な香りが鼻腔に入ってきて舌の表面を撫でる。おそらく、あまり得意ではない。シャロットは「うわぁ」と思いつつ、ぺろりと酒を舐めた。
アカネはビンを空けた時点で強い酒の香りを感じており、暫くビンを持ってじっと佇んでいた。
「あら、シャロット気に入りましたの?」
「ふふ、なんか。ふふ、臭いはよくわかんないけど、おいしいですねこれ、ふふっ」
「美味しいの?」
シャロットが妙な笑みを浮かべながら透明な酒に口を付けているので、アカネもビンをしっかりと持ち容器を傾けて半分ほど口の中に流し込んだ。
強烈な味が口の中ではじける。一気に半分も飲むんじゃなかったと咽そうになるが、意外にもするりと酒はアカネの喉の奥まで流れていき、コクンと彼女の喉は酒を飲みこむ。
飲み込んだものの、不思議な感覚で喉に違和感があり、後味も舌の上に残っている。暫くすると、甘さや程よい辛みなど、はっきりと「この味」とは言えない絶妙なおいしさが口の中にしみ込むようだった。
アカネは無言で二口、三口と飲み込んでいく。
「えへへへへアカネさん遅いですよぉ!!イッキ、イッキ!!あははは!!」
「え、ちょ、シャロット?」
ベルとフラーは驚いたように、大笑いしはじめたシャロットを落ち着かせる。シャロットは既に瓶の中身を全て飲み干してしまっていた。彼女の声は興奮したフラーと同等に大きく、フラーもさすがに焦って「静かに」と窘める。ニマニマとした笑みを浮かべながらぐったりとアカネの背中にもたれかかろうとするシャロットをフラーが必死に引っ張って引き剥がし、ベッドの上に転がした。
「あ、あぁ……そうだ、アカネさん。どうですか、初めてのお酒」
「…………」
「あ、アカネ?どうしました?もしかして、気分が悪い……?」
フラーが心配そうにアカネに声をかけて正面に座り込むと、アカネは瓶を抱えたまま俯いてぼうっとしている様子だった。初めて飲んだ個体で気分が悪くなることは多い。アカネもその類かと疑い、背中に回り込んでその葉っぱの形をした手で背中を擦った。
「違う……」
酷く弱々しい声でそんなことを言うので、フラーは顔をしかめて言葉をそっとかけた。
「ち、違うんですの?でも、さっきより元気がないですわね……ベル、トランを呼んできて。アカネをカイトのところに帰したほうが……」
「いや。帰らない」
首をブンブンと横に振って、アカネはフラーの提案を拒絶した。先ほどの一言とは全く違う強い意志を感じ、カイトとの間になにかあったのだろうかと心配になる。
というのも、アカネとカイトの間で「何か」といった出来事があったのは知っていた。ただ、カイトはそれは実らなかったと言っていて、伝わってすらいないという。アカネも先ほどまではそんな素振りは一切見せず、様子がおかしいようにも見えなかった。
「ど、どうしましたの?カイトと何か……?」
「……わ、わかんない」
「わかんないって……」
「わかんない、最近変な感じ。わからないけど……う……」
アカネが分からないのにフラーが理解できるわけがなかった。普段見ているカイトは所謂表向きの顔で、アカネと二匹で居る時のカイトのことなど分からない。変な感じ、というのも先のカイトの告白に関連しているのならばわかるが、そもそもアカネは気が付いていないという体で話していた筈である。
「カイトから何か言われたり、もらったり、ほら。何かあったんじゃありませんの?」
「え?なんで……別に……花を貰ったくらい……」
「花?」
フラーにとっては初耳だった。アカネは目をごしごしと擦ると、むにゃむにゃと口を動かし始める。フラーは手に持っていた瓶の中身を再び煽ろうとする彼女の手を無理やり制止した。
何となく飲もうとしただけなのか特に抵抗はなかったが、普段凛々しい目が半開きで今にも閉じてしまいそうなあたり、妙に心が切なくなった直後に強烈な眠気に晒されているようだった。
とにかく寝られてしまう前に花のことだけでも聞き出そうとしてフラーはアカネに尋ねた。
「どんな花でしたの?種類は?色は?」
「……ん〜…?ん〜……ごちゃごちゃしてた……グラシデアも入ってたし……薔薇とか。いろいろ」
グラシデアの花というのは「感謝」を伝える花であるということはフラーも知っている。薔薇はどうせ赤であろうと容易に想像がついたが、他にも色々あったというのはどういう事なのだろうか。フラーはアカネにばれないように顔をしかめると、「他には?」と声をひそめて尋ねた。
「えぇ、なんで?…胡蝶蘭と……クロッカス……と」
「チーム名ですわね、クロッカス。ところで胡蝶蘭……っていうと、白ですの?」
「いんや……ピンク。きれいだったわよ」
「はあ……そうですか……」
フラーは頭を抱えた。カイトが色々伝えたかったのは分かったが、肝心の言葉が足りていなければアカネは気が付かない。チーム名をきちんと花言葉に合わせて考えていた(と思われる)割にはカイトからもらった花は「きれい、かわいい、ありがとう」くらいにしか思っていないのである。それでもカイトからのアクションに多少動揺はしているようだが、花に込められた意味にまで考えが廻っていないのだ。
悉く彼は不憫だし、やはりどこか弱気だったのだろう。カイトが花言葉を事細かに知っているとも思えないので、大方店のポケモンに教えてもらいながらだったのではないだろうか。
そんな話をしているうちに、力尽きたようにアカネはすやすやと眠り始めた。ベルに世話をされていたシャロットはスカーっとベッドの隅で寝転がっている。
「…………不憫ですわ……」
フラーの口からぽろりと零れた言葉は、何も知らずにすやすやと眠っているアカネに向けられたものなのか、どこまでも気が付いて貰えないカイトへの同情であるのか。
その言葉を聞いたベルは、苦笑いを浮かべながらも言った。
「けど、何でカイトさんもそんな遠回しにしたのかしら……アカネさんだったら気付かないのも不思議じゃないし」
「そ、それは軽くアカネに失礼っていうか。
……でも、そうですわね。カイト自身が言った通り……覚悟が無かったのかもしれませんわ」
アカネとシャロット、特別ゲストが二匹とも眠りこけてしまったことで女子会はお開きとなり、フラーとベルは明かりを消してベッドに横になった。
翌日、ゲラゲラと大笑いしていたシャロットの声は部屋の外まで見事に漏れてしまっており、静かに怒りを滾らせるペリーにきつく叱られたのだった。