41話 フロンティアの調査報告
トレジャータウンの一角に存在する小さな家の中で、三匹のポケモンが一つの木でできた円卓を囲んで話し合っていた。
一匹は巨体をごろりと寝かせて顎だけを低い机に乗せているウインディ。そしてもう一匹は気難しそうな顔つきで書類をパラパラとめくるポッタイシ。そして、真ん丸な目で資料をじっと読むオオタチ。
「…………フロンティアの報告によると、色々と不自然な点が多いのは確かですねぇ。それに、『シェイミの里』の事件を経て心を痛めている者は、やはり多いというのが現状ですよぉ」
オオタチがニコニコと笑顔を浮かべながら、手元の資料を読み返し疑問点を口に出した。それを皮切りに、ポッタイシことラルクは更に上乗せした情報を告げる。
「シェイミの里の住民も、はっきり言って不安には思っているようですね。奇妙なことに、空の頂に現れたベトベター達の集団は、普段全く別の場所に住処を持っているのだそうです。加えて、ベトベターの集団はリーダーをもたず、固まりつつ個々で行動するような集団だったようで、『ベトベトン』などというリーダーは存在しない、とのことです」
「じゃあ、なんでベトベター達はベトベトンを『ボス』なんか言ってんだろうな〜……フロンティアの報告書にもそう書いてあるぜ」
ウインディことドナートは、ここにいるオオタチとラルクの上司である。彼らは皆警察組織に属するポケモンであり、先の「シェイミの里復興計画」に関連するトラブルについて話し合っていた。
オオタチとラルクを導く立場にあるドナートはだらけて床に寝そべりながら資料をパラパラと片手を動かすときに生じる風圧のみで捲っている。普通は咎めるものだが、もう慣れっこなラルクは眉間一つ動かさず話をつづけた。
「それを指摘すると、どうもベトベター達も動揺し始めたそうですよ。ボスがいつから存在していたのか、ボスが何者なのか、実際誰にも分らないそうで」
「まぁ、フロンティアのお話では催眠のようなものにかかっていたんじゃないかっていう話もありますよぉ。けれど、どうもベトベター達の物覚えが相当悪いみたいで、なんでそう思ったのかさえもよくわからないそうですぅ」
「いやそんなことある……?」
ドナートがむっくりと起き上がり、あきれ果てたような顔でそう言うと、ラルクは「そんなことがあるから、シェイミの里の皆さんも困ってることが多いっていう話ですよ」と淡々と返した。
おっかないですねぇ、とぼやきながらオオタチは立ち上がると、自分が持っていた資料を抱えて小屋の出入り口へと向かって行った。
「とりあえず、シェイミの里の警備を強化するってことでぇ。一合目から九合目までの地点まで、警備員を配置するってことでいいですよねぇ?」
「あぁ、それで構いません。お願いします」
「しつれいしますぅ」
そう言うと、オオタチは扉のカギを開けて外へと飛び出していった。残ったラルクとドナートは、そっと顔を見合わせる。
「ヘレンちゃん、オタチの時あんなキャラだったっけか?」
「いや、もっと真面目で丁寧な話し方でしたよ……。光の泉がまた機能し始めたから進化して同時に昇進もしたらしくて、進化したらあんな喋り方するようになったとか……」
「進化して性格変わるやつはまぁ、いるしなぁ」
以前からオオタチことヘレンは警察署に努めてはいたが、あんな喋り方するようなポケモンではなかったなぁと思いつつ、しかしラルクの後輩にあたるポケモンなので特に接し方を変える訳にも行かず、彼は小さくため息を零したのだった。
* * *
「アンタ達すげー強かった!俺様が仲間になってやってもいいぜ!!」
期待に溢れた、キラキラと輝きを零す瞳で二匹を見下ろしている一匹のザングースは、そう言って屈託のない笑みを浮かべた。そんな彼の体は傷だらけであり、一方のアカネとカイトはかすり傷一つない状態でギルドの依頼板の前に立っている。
「ごめんよ、今はメンバー募集とかはしてないんだよね」
「おぅ、そっか……じゃあ、また俺が強くなったら相手しろよ!じゃ、追加報酬」
ザングースはその大きな爪の上に乗せた沢山の道具をごっそりとカイトに手渡すと、満足気に手を振って去って行った。カイトは報酬としてもらった道具をバッグの中に詰め込むと、アカネに「帰ろうか」と声をかける。
空の頂への登頂を終えてはや数日。通常通りギルドに届く依頼をこなしていたが、「クロッカス」として名声が広がっているためか、数日に一度はクロッカス限定の依頼が届くことがある。しかし、救助やお尋ねもの退治ならばできる探検家がやればいいことだ。
大抵は決闘の申し込みや「ダンジョンの奥に連れて行って欲しい」という依頼である。必要としてくれているのならば、とアカネとカイトは特に嫌がることはなく遂行するものの、依然セオが起こしたトラブルの件があって以来なので依頼遂行まで完全に警戒は解けない。
今回のポケモンはただ単純にクロッカスと手合わせをしたいというポケモンだった。といっても、指定されたダンジョンに向かってみれば待っていたのは一匹のザングースだった為、アカネが数歩下がってグミをちょもちょもと食べながら観戦している間にカイトにやられてしまった、という顛末だ。その後降参したザングースとダンジョンを出て、依頼達成という訳だ。彼はカイトの強さにいたく感激したのか、ペリーがお金を根こそぎ持って行った後に追加報酬として道具やグミをくれた、と言う訳である。
私は何もしていないんだけど、と思いつつもアカネはザングースが報酬として置いて行った黄色いグミを齧る。
「……メンバー増やすのもありじゃないかと思うんだけど。一応暖簾分けなんだし」
「うーん、でも彼は違うと思うんだよね、僕としては」
「まぁ、熱血タイプはあんまり得意じゃないけど。周りにいないし、あぁいう感じのポケモン」
ナルシスト気質な発言はいただけないが、負けをすんなり認めて泣き言も言わず、無邪気で素直な様子が好印象だったのか、アカネはそう言いつつも少し残念そうな顔をしながら首をかしげていた。今までにメンバーになりたいという申し出をしてくるポケモンは実は何匹かいたのだが、全て何かしら理由を付けてはお断りさせてもらっている。
今回もその例で、あまりに酷いポケモンはアカネが「気に入らない」と突っぱねたこともあれば、アカネが満更でもなさそうな態度をとっているとカイトがはっきりしていてもぼんやりしていても、とにかく理由を付けて断るなどが重なり、結局チーム「クロッカス」はアカネとカイトの二匹だけである。
シャロットは一応共に行動することはあるが、メンバーと言うよりもサポート役と言った方が適当である。シャロット自信はチェスターやセオと過ごしていることの方が多く、近頃はフリーの探検家としてゆるりと活動しているようだ。
「うん。アカネがもしメンバーを増やしたいなら、仕方ないけど……もうしばらくは、二匹でやってたいかな、僕はだけど。ね」
「……ぁ……ぅ……うるさい!お互い納得出来たらでいいわよ、もう……」
久しぶりに口をついて出てきた言葉があまりにも不器用で、黄色いグミの最後のひとかけらを口に放り込むと、もう何も喋らないと言わんばかりに熱くなった顔を両手で抑えた。その仕草を見たカイトがクスクスと笑いながら「それかわいいね」と追撃してくるので、思わず尻尾で彼の体をバシバシ叩いた。
「イタイイタイ、やめてよアカネ」
「ん…………そうだ。その状態で聞いてほしいんだけど」
黄色のグミをごっくんと飲み込むと、アカネはごしごしと顔を擦って何事も無かったかのように「スン」とカイトの瞳へと視線を合わせた。突然アカネが態度を切り替えたので、一体何事かと彼は身構える。
「え、ん?何?」
「私、ちょっと今日はギルドに泊まるから、カイトはサメハダ岩に帰っといて。朝には帰る」
「……そういうの、もっと早く言ってほしいな……」
「忘れてた。ごめん」
「ということで、久しぶりの女子会ですわーーーーーーッ!!!誰にも私たちは止められませんわよォ!!」
ギルドメンバー・チリーンことベルの部屋の中心で盛大に声を張り上げたのはキマワリのフラーだった。テンション高めにキャイキャイ叫びながら弦の鞭を振り回し、周辺のベッドに使われる藁を一か所に集めていく。
集められた藁のベッドの上に、本日「女子会インギルド」に参加するポケモン達がぞろぞろと座り込んだ。
「あたしメンバーじゃないのにいいのかなぁ」
「っていうか、ペリーに許可取ってんの?」
ギルドメンバーではないものの、何かと縁のあるシャロットは遠慮がちにしつつも嬉しそうにはにかんでいる。アカネは一切ペリーとパトラスがこの女子会について触れてこなかったことを思い出し、訝し気にフラーに尋ねた。
「シャロットはもう仲間のようなものですわ!
それと、許可なんて取ってないにきまってますわーーーーッ」
「フラー声小さくしようね」
ベルが小声でフラーに注意をすると、彼女もやっと自分のテンションが異様に高い事とここがポケモン達が寝静まるギルドであることを思い出し、キュッと口を結んで両手で抑え黙り込んだ。
シャロットが苦笑いを浮かべつつ持参してきたバッグを取り出し、その中に入っていた風呂敷包みのようなものを取り出してベッドの中央で開いた。
鮮やかな黄金と艶やかなコーティングが施された赤色、薄いパイ生地で包まれたアップルパイがつつましくその中に鎮座しているのを見て、フラーは小さく「キャー」と声を上げた。
「ありがとうございますわ、シャロット。とっても美味しそう」
「今日お店で余ったのをノギクさんにもらって、もしよければ」
わーい、と小声でささやきながら四匹はアップルパイをつまみながら円になってこそこそと声を潜め、女子会ならではのガールズトークを開始した。
フラーは今回話題にしたいことを決めており、単刀直入とばかりにシャロットの方にグリンと勢いよく顔を向けて、尋ねた。
「彼氏が出来たそうですけれど、どうですの?」
「ぐぇっ……」
単刀直入に話を振られたシャロットは、アップルパイを半分ほど口の中に詰め込みもごもごと口を動かす。
困惑しているシャロットに顔を近づけ、フラーは更に詰め寄った。
止められない女子会、開幕である。