31話 五合目へ急げ
「アカネ!そっちに行ったよ!!」
「了解」
ベイリーフの葉っぱカッターがカイトの煙幕によって大きく軌道を外れ、アカネの方へ向かって風を切り刻むように向かっていく。アカネはアイアンテールで葉っぱカッターを迎え撃ち、体を大きくくねらせて尻尾を振り回し攻撃を相殺した。
戸惑うベイリーフが煙幕の中で走り回るのを、外から風の動きを感じたミーナが「エナジーボール」で狙い撃ち、大きな爆発音と砂埃と共に煙幕は吹き飛んだ。その跡には、目を回したベイリーフが倒れ込んでいる。アカネとカイトはパチン、とお互いの手を合わせて軽く鳴らすと、澄んだ顔つきをしたミーナに視線を向けた。
「強いのね、ミーナ」
「参加者を守らなければならないので、多少力はもっていないと」
「本当に凄いよ。同じタイプの技で一発で倒すなんて!」
カイトが屈みこんで笑顔でそう言うと、ミーナは少し照れた様子で「まぁ……」と視線を逸らした。徐々に慣れてきたのか、とアカネは傍で見ていて多少安心感を覚える。
現在は三合目を過ぎて四合目を目指しているところである。アカネとカイトとしてはこのペースはとても調子が良かった。元々体が鈍っていたところに、特に気候変化も見られないダンジョン。そして休憩のスパンが短い為、適度に体力も回復することが出来る。ミーナも戦闘ができるので、応戦に苦労はない。リハビリというのだろうか、それにはもってこいの状況である。
ミーナの態度は二合目でフロンティアと会話をした後から多少柔らかくなっていた。元々が初めての案内なので、単純に案内に慣れていないのだろう。そう思い、徐々に穏やかになるミーナの反応には特に触れずにいた。積極的に話しかけてもあまり嫌がるような様子は無い為、カイトは何でもない話を軽く投げかけ、肩の力を抜かせようとしていた。
三合目を過ぎると、流石に怖気づくポケモンも少なくなってくる。ミーナがいる為相変わらず奇襲をかけてくるポケモンは少ないが、それでも徐々に増えている。
アカネは「エレキボール」を正面から突っ込んでくるドダイトスにぶつけた。しかし、防御力が高いドダイトスは一度の攻撃ではひるまず、変わらずアカネに向かって突進を仕掛ける。アカネは尻尾をばねの様に使いふわりと空中に浮かび上がると、ドダイトスの脳天から「十万ボルト」を撃ち落とした。
十万ボルトでぐらりと体が揺らいだドダイトスにカイトが「瓦割り」を叩きつけてドダイトスは目を回し戦闘不能。天候条件などでも阻害するものがないため、タッグバトルの息もかなり合っていた。アカネもあまり疲労を溜めているような様子がない。
存外楽しそうな様子のアカネに、カイトはほっとしながら小声で言った。
「アカネが楽しそうでよかった」
「え?」
ミーナは驚いたような顔で軽くカイトを見遣る。カイトが小声で話しているから、無意識に彼女も小声になっていた。アカネは特に気づいている様子はなく、二匹の後ろを警戒しながら歩いている。
「アカネは綺麗なものが好きなんだ。だからきっと、宝物が楽しみなんじゃないかな」
「綺麗なもの……ですか」
「うん」
ミーナの顔が曇る。カイトはそれに気が付かず、穏やかな目つきで微笑んだ。
「……持ち帰れるかさえ、分からないものなのに?」
「…………そう、だね。でも、じゃあなんで皆山に登ったり、ダンジョンに入ったりするのかな」
「…………?」
「持ち帰ってお金に帰れば確かに豊かになるかもしれないけど、それに代えがたいものがあるんだと思うよ」
探険隊やってきた感想としては、と言いながらまたカイトは微笑む。彼の溢れるように微笑みを受け止め切れず、ミーナは多少困惑したように「そうなんですね」と返した。
わからない。世界を救ったような、普通じゃない。そんな存在の筈なのに、こんなことで彼らが心を動かされる理由。
山は好きだ。姉のハンナはそう言うけれど、ミーナは特にそうとは思わなかった。凸凹した土と岩の塊。その中に水脈が流れていたり、木が生えていたり、ダンジョンになっていたり。ただそれだけの場所。ミーナが生きていくうえでガイドをすることが当たり前だと思っていたからやっていただけ。ハンナがやっていたから。種族として大切な事だから。
山の魅力だって聞かれたとすれば何点か言える。しかし、それはあくまで仕事だから。
探検隊だって仕事の筈なのに、何がそこまで心動かされるのか。
「どうして、アカネさんとカイトさんは一緒にいるんですか?」
「どうして……?」
ミーナがアカネにも聞こえるようにそう言うと、アカネは首を傾げた。どうして一緒にいるのか、と言われても、形容し切れない。
アカネは悩むように首を傾げたまま。そしてカイトは何やら困ったような笑みを浮かべてミーナを見下ろしていた。
「……分かんない、けど……」
アカネがモゴモゴと何かを言い出そうとする。カイトは一瞬ぴんと尻尾を伸ばすと、少しだけ炎が勢いを増した。ミーナが一瞬ぴくりと怯えたのに気が付かない程緊張して、しっかり地を踏んで歩いている筈なのに体が浮いて感じる。冷や汗が大量に流れ出るような感覚。ミーナがぎょっとするほどに、大きく目を見開いている。
「結局、私は……」
「あ、あ!アカネ、見て!四合目が見えたよ!!」
カイトはやけに大声でそう言うと、四合目の開けた場所に向かって走り始めた。アカネは不意をつかれたようにぽかんとした後、戸惑いつつもすぐにカイトを追いかける。ミーナは小さくため息を零しながらゆっくり四合目へと向かって行った。
四合目も他の地点と同様基地の組み立ては大体終わっていた。しかし、三合目や二合目とは少し様子が違う。数匹のポケモンが集まり、何やら困ったようにがやがやと話をしている。
主にポケモン達の中心にいるオクタンの婦女が騒ぎ立てているようである。アカネとカイトはポケモン達の間を縫ってオクタンの方へ近づいていくと、彼女はアカネ達を見て「アッ!」と声を上げた。
「チームクロッカス!」
「クロッカスだけど……何かあったのかい?」
「丁度いい所に……今、フロンティアの皆さんが救出に向かってるんだけど、五合目であの態度の悪いニューラが変な奴らに絡まれてるのよ!モー強くてアタクシじゃムリだワ!」
興奮気味のオクタンが一番近くにいるポケモンを、自分の足でギュウギュウと締め上げながらヒステリックにそう叫んだ。彼女の言葉を聞き、ミーナは眉間に皺を寄せて「五合目……」と呟く。
何か気になることがあるのか、とアカネがちらとミーナを見ると、丁度同じタイミングでミーナがアカネを見上げた。
「心当たりがあります!アカネさん、カイトさん。本当に申し訳ないのですが、私を抱えて五合目まで急いでくれませんか!?」
ミーナが焦った様子でそう言うのを聞いて、アカネはカイトに「お願い」とミーナを抱えて差し出した。実質アカネよりも遥かにカイトの方が体力も持久力も高い。普通のシェイミよりもさらに小さなミーナを抱えるのは少しのハンデにもならない。
四合目の基地は確かに出来上がっているが、フワライドのゴンドラもまだ存在しない。一応ゴンドラ乗り場と考えられる場所があるにはあるが、当のポケモンはまだいない様子だった。ゴンドラよりも時間を食うが、自力で行くしかない。
ミーナは足が速いとはいえ、全力疾走するアカネとカイトについてくることは出来ない。カイトはミーナを抱き上げると腕に抱え、オクタンたちの見送りを受けアカネと共に四合目を突き抜け五合目まで急ぎ始めた。
同じくらいの距離であるのならば、全力で走ればそこまで時間はかからない。
「アカネ、無理は……」
「してないよ」
カイトと同じか、少し早い程度のスピードで走り続けるアカネは、そう言って笑った。
「早く行こう」
ミーナの道案内と指示を聞きながら、二匹はダンジョンの階段を突き抜けた。