30話 ミーナ
一合目から離れると、少しずつではあるが攻撃してくるポケモンが現れ始めた。さすがにそこまで楽はできないか、と思いながら、二匹は二合目までの道のりに現れるポケモン達を撃破していく。草タイプが多い為、カイトが有利……の筈なのだが、生憎彼の炎技は封じられている。アカネは電撃で対処し、カイトは格闘技やドラゴンタイプの技を使いながら応戦した。
「空の頂」までに生息しているポケモンたちは、弱くはないが強くもない。アカネとカイトには赤子の腕を捻るようなもので、弾き飛ばす様にしてポケモン達を退ける二匹にミーナは若干引き気味の様子だった。暫く戦闘していると、やがて並大抵の力では勝てないとポケモン達が理解したのか道を空けるようになってくる。シェイミとの関係よりも力に屈して道を開けるとは……と、アカネとカイトのことを末恐ろしく思っていた。
「とてもお強いんですね。アカネさんとカイトさんは」
「そう?」
「はい。流石……世界を救っただけ、ありますね」
褒めているような言い方はしているが、カイトは一瞬彼女の言葉に引っかかりを感じた。まるで皮肉を言っているようで、カイトは少し眉間に皺を寄せる。ミーナは前を歩いている為気が付いていないが、アカネはカイトのそんな表情に気が付いて首を傾げた。
どうしたの、と言いたげにアカネはツンツンとカイトの腕をつついた。カイトはにこりと笑うと、何でもないと言うように小さく首を横に振った。
ミーナは毅然とした態度でアカネ達の目の前を歩く。小さな歩幅でも堂々と前を向いて歩く彼女が振り向いた顔は、幼げだった。アカネもカイトも、若いが十分大人という域である。しかし、目の前を歩くミーナはどう見てもまだ少女という域だった。
「ミーナは、僕達よりも年下なのに毅然としていて……すごいね」
「すごくはありません。ただ、小さくて年齢も幼いと、馬鹿にされますから。ハンナさんほどすごくもありませんし」
ハンナさん、と。自分の姉をまるで関係のないポケモンのように呼ぶ。
「ミーナとハンナは、姉妹なのよね?」
「ハイ。でも、本当の姉妹ではありませんよ」
ミーナはそう言った。少し驚いたような表情のカイトと、腑に落ちたような顔をするアカネが後ろをついて歩く。ミーナは静かな声で語り続ける。
「私と姉は昔、あの事件で家族を亡くしました。私は両親を亡くし、姉は妹と両親を亡くしました」
「あの襲撃事件……か」
「ご存知でしたか。まぁ、そうですよね」
ミーナは傍に落ちていた木の実を拾い上げて器用にバッグの中へ押し込んだ。その時、ちらりとミーナの顔が見えたが、何を考えているのかまるでわからない。無表情でまた前を向き、歩き始めた。
多少整備されているとはいえ、ごつごつとした地面はミーナにとって一つの山のようなものである。盛り上がっている地面をするすると避けながら、アカネとカイトと同じようなスピードで歩み続ける。
疲れていないだろうか、と思いカイトはミーナに声をかけた。ぴたりと足を止め、彼女はやっと振り返ってアカネとカイトの顔をしっかりと見上げる。
「ミーナ、疲れてないかい?」
カイトの言葉に、ミーナは一瞬少し驚いたような、軽い動揺を見せた。しかしすぐに無表情に戻る。
「気を使わないでください。こう見えて体力はありますから」
むっとした表情をしながらそう言う。そして、プイと前を向くとまた歩み始めた。
初めて会った時からずっとそうだった。
ミーナは何故かクロッカスの二匹に敵意を持っている。不服だと言わんばかりの顔で先頭を歩いている。ハンナから聞いた通り、彼女には彼女の事情がある。あまり突っ込んだ話をするのは得策ではないだろう。
しかし、この案内が終わった後にハンナは必ずミーナの様子を尋ねてくるだろう。ずっとこのままでは、「終始無愛想でした」としかいうことが出来ない。
堂々としていてすごい。毅然と先導してくれる……良い所をほじくり出そうとすれば出てくる。しかし、それでいいのか。
「もう少し様子をみよう」
こそこそとカイトがアカネに耳打ちした。ミーナはその言葉に気が付いているような様子はない。アカネは暫く目を閉じた後、了解と小さく口にした。
二合目に到着すると、アカネとカイトは先ほどの一合目との様子の違いに目を丸くした。
「わぁ……」
ふと、隣から声が聞こえてチラリと盗み見る。驚いた様子で、ミーナが二合目の休憩所を見つめていた。その目はまるで好奇心旺盛な子供のようにキラキラと輝いている。アカネとカイトには見せなかった表情だ。
きっと、これが本来のミーナなのだろう。尚更自分たちに敵意を向けている理由がわからない。触れるもの皆傷つける様な、サボテンのような性格という訳ではないのである。
プロジェクトP・調査チーム「フロンティア」の三匹が中心で何やら地図のようなものを開いている。その中の一匹であるクチートのナゴがアカネ達に気が付き、振り返ると手を振りながら歩いてきた。
「やぁ!チームクロッカス御一行、頑張ってるね!
この山ってとっても高いじゃない?もし迷っても救助とかしにくいし……だから見て!この二合目に基地を作ることにしたんだよ〜!」
弾けんばかりの笑顔でそう言う。こんなに輝きに溢れた笑顔を見たのは久しぶりだな……と思いながら、アカネは少し反応に困ったように返事をした。
「す、すごいわね。居心地も良さそうだし、ゴンドラまであるなんて……」
ゴンドラ、と書いた立札の前には大きな箱を体に取り付けたフワライドが佇んでいる。特に値段などの指定はされていないため、無料のサービスなのだろう。現在二合目にいるのはアカネ達のみなのか基地は静かで、暇そうなフワライドが欠伸をしていた。
周囲を見渡して驚いていたミーナがトテトテと可愛らしい足取りでナゴの目の前まで歩いて行き、可愛らしい笑顔を浮かべて彼女を見上げた。「カワイイ〜!!」と身もだえながらナゴは両手を組む。
「素晴らしいです。遭難者が出た時の対処も効率が上がりますし、とても助かります。ここのものは全て無料なのですか?」
「ウン!ほとんどがリサイクル資源で成り立っているからね!だから、ご自由に使ってね」
「感謝します」
ミーナがナゴに微笑みを浮かべながらそう告げると同時に、彼女の体中についている花びらの蕾が一斉に開いた。わずかに咲いていた彼女の体の花は倍の量になり、ミーナの体を桃色で彩っている。
ナゴは更に「かわいい!」と言いながら黄色い悲鳴を上げ、アカネとカイトも驚いたように駆け寄って花に埋められたミーナを見つめた。
花弁を開いたばかりのそれは、たった今雨を浴びたかのように瑞々しく、鮮やかな色の美しい花。輝くような花粉の付いた花先がふるりと揺れる。アカネはつい無意識のうちにミーナの背中に付いた花に軽く触れた。
ミーナはそれに気が付いて一瞬ムッとしたが、何も言わずにアカネの方へ体を軽く捩った。
「ミーナ」
「なんでしょうか。というか……」
「素敵ね、綺麗。この花」
目を大きく見開いてアカネの顔を見上げた。口角を緩やかに上げて、複雑な色彩が混ざり合う宝石のような瞳を細めて、ミーナの花を見つめていた。
文句を言おうと開いていた口がふさがる。どうすればいいのか分からず、ミーナはそっと下を向くとぽそりぽそりと呟いた。
「……あなたの方が綺麗ですよ」
「え?」
「…………さて、休憩も十分です。いきましょうか」
アカネはミーナからそっと手を放す。ミーナの表情は、心なしか先ほどよりもかなり柔らかいように感じた。
少し安心したようにカイトを見遣る。カイトも小さくうなずくと、よっこいしょとバッグを持ち直し、二合目を抜けて三合目への道を進み始めた。