23話 勝利の探検隊
「あ、あ、あの!!僕達とっ!バトルしてもらえませんか?」
唐突な申し出。カイトは、少し困ったように首を傾げた。
「バトル……?」
「失礼なことはよくわかってるんですけど!けど、こんな機会なかなか無いから……マスターには、本当は変に頼み事しちゃ駄目って言われてるんですけど……あっ」
緊張して余計なことを口走ったらしい。ピチューに再び小突かれている彼を見て、多少哀れに思ってしまう。しかし、今日は本当にやることも特にない。アカネとカイトは顔を見合わせると、小さく首を縦に振った。勿論本気で戦う訳ではないが、どのようなものになるのか少し気になった。
「し、仕方ねぇな!バトルしてやるよ!」
「だ、だから僕たちがお願いしてるんでしょ!じゃぁ、中庭に行きましょう!」
かみ合ってるのかそうじゃないのか分からない二匹だ。しかし、明らかにツンデレをかましているだけの様子のピチューならまだいい。出会った時のアカネはクーデレでもツンデレでもなくクーツンだった。そんな様子を見れば、初々しい探検隊の二匹で多少可愛いとすら思う。可愛いと感じているのかは分からないが、アカネも『付き合ってやるか』というような様子だった。
ポッチャマによると、バトルは二体二のダブルバトル。初心者ではあるが、手加減は出来るだけしないでほしいという事。二匹はそれを了承するが、勿論嘘である。審判は無しだが、おそらくバトルに終止符を打つのはアカネかカイトのどちらかになるだろう。
合図も無くバトルは始まった。ピチューが電光石火を繰り出してアカネを狙う。電気タイプには電気タイプというわけか。ならば敢えて、と言わんばかりにアカネも電光石火を繰り出しポッチャマを狙って走り始めた。ピチューは戸惑いのあまり足を止めてアカネの向かう方へ方向転換しようとする。
方向転換しようとした瞬間、何の気配も感じないままに尻尾を掴まれた。ぐんと勢いを出しすぎて尻尾の付け根に痛みを感じる。振り向くと、カイトがピチューの尻尾を掴んで仁王立ちしていた。
「僕もいることを忘れちゃだめだ」
そう言ってカイトは尻尾を掴んで投げ飛ばす。ピチューは空中で何とか姿勢を整えて着地すると、怒った様子でバチバチと頬袋から電撃を飛ばそうとした。
「このやろー……!」
「あっ!リックだめだ!」
アカネの攻撃をスレスレで免れたポッチャマがピチューに叫んだ。ピチューは聞く耳を持たず『電気ショック』を繰り出そうと体中に力を籠める。ばちっ、と一瞬カイトの方へ電撃は飛んだが、その直後ピチューの体に戻っていく。彼は『ぎゃあ!』と声を上げると、バチバチと頬袋から電気を飛ばしながら倒れ込む。どうやらショートしたようだ。
ポッチャマはあちゃー、と言いたげな顔をすると、気持ちを切り替えたのかカイトの方へ『あわ』を吹き出した。それなりに攻撃力の有りそうな『あわ』を避けるとカイトは『火の粉』をポッチャマへ吹き出す。ポッチャマはよけようと体をねじらせたが、ねじらせた先にはアカネが居た。
「あえ、わぁ!!」
「よっと」
一メートルの距離があるにもかかわらず驚いて足を滑らせ転ぶ。アカネはそんな彼をトン、と支えるとそのまま地面に座らせた。
はっきり言えば戦闘以前の問題だ。アカネとカイトはそれぞれ苦々しく笑うと、座り込んでいる二匹の目の前に膝をつくようにして問いかけた。
「君達、実戦経験は?」
「う……その、一回落とし物を取りに、とあるダンジョンの二階まで登ったくらいです……」
スタート地点は二匹と似ているが似ていない。
「な、なんだよ。わるいか」
「悪くはないよ。けど、今みたいなことが実戦であったら、きっと大変なことになると思う。
君は、電気技を使うのが苦手なのかい?」
「う……少し沢山使うと、直に体が痺れちゃうんだ……マスターに相談しても、進化するにはまだ早いって……」
「あの感じは量の問題じゃないと思うわ。……多分、電撃を打ってる途中で力を抜いてるんじゃない?だから、電気が放った分だけ目標に行く前に帰ってくる」
「だって、頬袋にずっと力を入れるのは無理だし……」
「頬袋に力を入れた後は体に力を入れる。威力は下がるけど、その後に目標に腕を向けて、腕だけに力を集中させる。これで電気は頬袋から体の方に移動してる。今は遠くから打つと力が足りないから、出来るだけ近くから」
ピチューは不貞腐れたような顔をしつつ、『はい』と可愛くない返事をした。カイトが付け加えるように駄目出し……否、アドバイスをする。
「あと、これはどっちにも言えることなんだけど……もう少し後ろに気を付けて。二匹とも、目の前の相手に夢中で回りが見えてない。もう少し周りが見えてないと、いつかお互いを間違えて攻撃しちゃうことも有ると思う。本当は横にも気を使ってほしいけど、前と後ろに気を回してれば自然に横も見えてくると思う」
ポッチャマも、多少凹んだように『はい』と返事をした。新米二匹には少し辛い話だったかもしれないが、おそらく普段から指摘してくれるポケモンがいなかったのだろう。というか、そもそも他者の前で戦闘をしたのが初めてだったのかもしれない。初めての戦闘なら、むしろ技を使えるだけましだとさえ思ってしまう。
アカネは、初めての戦闘で電気技を使うことが出来なかったこともある。
が、クロッカスの二匹は努力型というよりむしろ才能型であることから、さも当然のことのように言いつつもそれを新米二匹が実行できるかは定かではない。ピチューも、『頬から体へ?手へ……?』、と、そもそも電気の流れ自体がよくわからないようで首を傾げていた。
「まずは二匹で戦闘の練習をしてみて。片方が目隠しをしながら走り回って、もう一匹は背後や横から攻撃する感じで」
「……練習、良ければ付き合うけど」
「……ううん。勝てるとは思ってなかったし、欠点も知れてよかったです!僕達、もっと練習が必要ですね!
クロッカスさん、今日はあまり時間がないのに付き合ってくれて、ありがとうございました」
「……ありがとう」
戦闘という戦闘が出来たのかどうかは定かではないにしろ、二匹はそこそこに満足したようである。アカネはほんの少し苦笑いをすると、二匹に問いかけた。
「あんた達、チーム名は?」
「あ、えーと……僕達…………」
恥ずかしそうにまたもじもじとするポッチャマをどつくような勢いで小突き、ピチューは胸を張って言った。
「俺達はチームヴィクトリー!勝利の探検隊だ!いつかこの大陸で一番の探検隊になる!」
「う、うわわ、は、はず……」
「お、おお。大きく出たね……まぁ、そっか。夢は大きくの方がいいか。
じゃあ、その夢が叶うまで……叶っても、ずっと仲良くね。まだまだ始まったばっかりなんだからさ」
胸を張れる夢がある。それがどれだけすごい事か。カイトはピチューとポッチャマの頭に手を伸ばして軽く撫でた。小柄なアカネよりもさらに小さな二匹だが、最初はきっとこんなものなのだろう。あまりにも起こることの全てがめまぐるしく移り変わっていったアカネとカイトの新米時代も、もしかすれば周りから見ればこんな一面があったのかもしれない。
「そういえば」
「ん?」
「二匹は付き合ってんのか?」
カイトは思わず吹き出して、二匹の頭に乗った掌に強い力が加わる。突然重くなった頭に、ヴィクトリーの二匹は顔を真っ青にして地面を踏みしめていた。
「わ、ごめん!」
「何よ、急にそんな話して」
「いや、雄雌のチームだろ?そりゃうちのギルドでも珍しくはないけど、あれだけのことがあったわけじゃん。そういう雰囲気っていうのは特に聞いたことないけど、昨日ブランカのねーちゃんが『多分二匹はデキてる』って言ってた」
マセた話題に食いついてくるのはきっとこのくらいの年齢からなのだろう。視線を軽く外しながらそんな話をするピチューには、この等の話題に関する不慣れさを感じた。それに関してはアカネもカイトも別に変らないのだが。子供と同じレベルとは、一体。
「あ、や、違うなら良いんだけどさ。ブランカのねーちゃんってほら、血の気の多いオバサンっぽいとこあんじゃん?見た目苔だけど」
「そ、そんなこと言ったらまた追い掛け回されちゃうよ」
昨日ブランカに追い回された子供とはこのピチューのことか、と。合点がいったかのようにアカネは目を細めた。
ポッチャマとピチューが建物の中に戻っていくのを見送る。いつか恥ずかしくなってチーム名変える様なことにならないといいなぁ、なんて二匹で話しながら、ギルドには戻らず中庭の出口から町の方へと向かった。昼間からかなり賑わっている『カナレアストリート』では、特に催しがある訳でもないのにも関わらず豪華な店が立ち並ぶ。一流のパトラスのギルドが存在する場所といえど、やはり田舎は田舎なのだと何度でも悟らせてくる。果物の色素でべたべたに染色されたお菓子や、目玉が飛び出そうになるほどに高級な道具が売り出されている。昼間はギラギラとした人工的なライトの輝きは無く、太陽光に照らされたカラフルな店や家が立ち並んでいる。都会っぽいといえばそうだし、統一感がないと言ってもまた外れではないだろう。
「アカネ、見て見て」
カイトはツンツンとアカネの肩をつつくと、ある店に指先を向けた。太陽光に晒され、キラキラと光る者が密集している。アカネもカイトにつられ、興味深そうに店の中へと入っていった。
アクセサリーショップのようだ。戦闘とは何も関係ない、無縁の装飾品である。誰が付けるんだと思うような大きなネックレスに指輪、チェーンやイヤリングなど幅広い。店内を見ていると、体の一部に穴を開けてピアスのようなものを通しているポケモンもいる。アカネはそれを見てぞっとしたように自分の耳を触った。
「ちょ、ちょっとなんていうか……」
「これ見て」
カイトはシャラ、とアカネに細く小さなネックレスを差し出した。宝石は多少大粒だが決して邪魔になる大きさではない。綺麗に磨かれた、透明感のある緑と水色が不規則に混じりあったような彩の宝石。光をもろに当たらずともきらきらと光るそれを見て、アカネは少しだけ嬉しそうに声を上げた。
「わ…………」
「アカネはもうちょっと明るい色が好きかもしれないけど、これすごく綺麗じゃない?」
「そ、そうね」
さり気なくその宝石を手に取ろうとするアカネを見て、カイトはにこりと笑うとバッグをゴソゴソと漁り出した。
「買おっか」
「は?い、いやいいわよ。別に、戦闘に役に立つわけでも…………」
「でも、アルストロメリアはもう二度と来れないかもしれないんだから。ただでさえ碌な事なかったし、せめてものお土産に。それに、お金だってそう使わないんだからさ」
そう言って、カイトはネックレスを多少の金額と交換した。決して安くはなかったのをアカネは知っていたが、やはりどこかに欲しいという気持ちはあった。可愛いものは嫌いじゃない。綺麗なものは、純粋に好きなのだ。
「街中なんだし、今つけてても大丈夫?」
「え?……大丈夫だけど……」
大丈夫、と言われるとカイトはアカネの後ろに回り込み、ネックレスを首からかけると後ろで括りつけた。こんなに細い糸だと、流石に戦闘中では危険だ。思いがけないところで誰かと戦闘をすることになることにはならないとは思っているが、不安に思いつつも無意識に首元にある微かな違和感に触れる。
(自分の首からかけてると見えない……)
何か滑らかなものが指先に触れている。つるつるとしていて綺麗に磨かれているのだろう。少し下を見ると、微かに青緑色の宝石の姿が見えた。
一応お礼は言っておくべきだと思い、アカネはカイトの方を見上げた。
「……え、何?」
放心したようにじっと見つめてくる。瞬きすらしない彼が心配になり、お礼を言うよりも先に思ったことが口から飛び出す。
「あ、いや、なんでもない。へへ……」
「へんなの……まぁ、でも。ありがと」
「…………う、ウン」
挙動不審が過ぎるカイトを、アカネは訝し気な目で見つめていた。以前からこんなことがあるが、最近は更に頻度を増した気がする。カイトは何か言いたげなのに、視線というか、顔を見られないように逸らして挙動不審に意志とは全く別の事を言っているように見えるのだ。アカネは背伸びをしてカイトの顔を更に覗き込んだ。
「ちょっと、なんか言いたい事あるんなら……」
「い、いやちょっとまって」
「あんた達、そんなとこで何してんのよ」
凄まじいビビットな緑色の体がアカネの後ろから絡むようにして現れた。ブランカは二匹を訝し気な顔で見ると、直後ニヤニヤとした表情でアカネの顔へ自分の顔を摺り寄せた。
「あのねぇ……こんなところでイロイロやってると他のお客さんの迷惑になっちゃうんだからー」
「ご、ごめん。すぐ出るよ。ね、アカネ」
「そうね」
言うが早いか、カイトは速足でその場から離れた。アカネも呆れたような表情でついて行くが、一方でブランカは妙に楽しそうだ。
ブランカとリリーは同じチームでも別々に行動していることが多いらしい。度々一匹でいるところを見かける。大体はリリーがブランカの突発的な行動について行っていないという状況だろう。というよりも、ついて行く気が無いというのだろうか。
「あんた達、ほんと面白いわね」
「何でよ……というか、リリーは?」
「ああ、あの子また色んなポケモンに声かけられて足止めされてたから先に来たの。って言っても、何処で落ち合うとかは決めてないんだけど、どうにかなる。あの子目立つし」
目立つという事に関しては私もひとのことは言えないか。と、ブランカは酸っぱそうな顔をしながら自嘲気味に言った。
「てか、アカネそれ可愛いね。カイトに買って貰った?」
「買ってもらったっていうか……共用財産だから、どうなのかしら。多分?」
「センスいいわね。アカネが付けてて派手過ぎず地味過ぎない色。素敵よ」
そう言ってブランカはアカネの胸に光る宝石のことを褒めた。カイトはほっとした顔つきで『ありがとう』とブランカに言うと、アカネににこりと笑った。挙動不審は一応終わったようだが、一体何だったのか。
「ふーん、やるじゃん……。そうだ、二匹は今日アルストロメリアから出るの……よね?」
「そうだね」
「……船出の時、よかったらリリーとも話してあげて。多分私達、もう会えないと思うからさ」
「もう会えない……か」
「多分知ってると思うけど、この国入出国についてはすごく厳しくて。個別に外に連絡を取るには、色々と手続きを踏まなきゃいけなかったり、重要な理由が必要だったり。メンドクサイ国なのよね、ここは。
だからもう多分、一生会うことは無いんじゃないかと思う。わたしも、リリーも。勿論王様もマスターも、誰も彼もみんなね。
だから……私達のこと忘れちゃってもいいんだけど。けど、覚えておいてあげてほしい。……特に、リリーのことだけは」
ブランカは目を細め、そう言って少し悲しそうに笑った。自分がアカネやカイトに忘れられることが怖いわけではなく、まるで大切な誰かを思ってこんな話をしたかのように。アカネは何か引っかかるものを感じながら、静かな声でブランカに行った。
「……あんた達みたいにインパクト強いの、忘れないわよ」
「ブーメランぶっ刺さってんじゃないの」
「けど、本当に忘れたりしないよ。特に二匹のことは」
「……あんたって、ちゃんとかっこいいのに変なとこで残念」
「あ、ありがとう?」
褒めてないっての、と吐き捨てるようにしたブランカは、日の光のしたでリラックスするように伸びをすると大きな欠伸を一回。そろそろお暇する、といってアカネとカイトからゆっくり離れた。
「じゃ、精々デート楽しんで!また港で会いましょ!」
手を振るように、分かれた二又の尻尾をクルクルと回して、ブランカはポケモン達の込み合うカナレアストリートの奥へと消えていった。