第3章 始まりの地、アルストロメリア
19話 想定外の決闘
 まるで見世物じゃないか。
 カイトは巨大なバトルフィールドに足を着け、少し視線を上に向けて真っ先にそんなことを思った。円形のフィールド。そして、円形に、更に幾段と連なっている客席。ジルバスター王の動きをどう知ったのか分からないが、会場に見合うレベルではないとは言え多少のポケモンが集まっていた。城の中にいたポケモンもいれば、全く外部のポケモンも存在する。
 英雄クロッカスの副リーダー・カイトと、ジルバスター王の代理戦士の真剣勝負。彼らから浴びせられる視線は全て、好奇心以外の何物でもなかった。
『悪の波導』がカイトの顔面を切り裂くかのように頬スレスレで通り過ぎていく。風を切る様に通り過ぎて行った悪の波導はそのまま地面に激突し砂埃を巻き起こした。カイトは体を捻って地面の上を転がるようにしながら攻撃を避けていく。よくもこれほどまでに地面スレスレに技が繰り出せるものだ、と思うほどに的確にカイトを狙っている。
「ちょろちょろ鬱陶しい……!」
 代理戦士ことバンギラスのギラニスは、苛立ったような表情を浮かべながら両腕を地面に思い切り叩きつけた。そして勢いよく口から息を吐き出し砂嵐を巻き起こす。カイトの目の前には自分の体の倍以上はあるであろう砂嵐が迫っていた。目や口の中に細かい砂の粒が入り、カイトは咳き込むと同時に視界を見失う。目からは生理的な涙が滲み、視界はぼやけていた。目を細めて開けているのがやっとである。
 埃で更に視界は悪い。きっとカイトのそんな姿を、上の方から傍観しているジルバスターは嗤っているのだろう。そんな想像がカイトの頭の中をよぎり、彼は無理やりにでも目をこじ開けると体を丸めて勢いをつけてギラニスの方へと走り抜けた。
「カイト…!」
 上から見ればはっきりと確認できるギラニスの姿。彼は両方の拳を握りしめると、つよく地面にたたきつけて地を揺さぶる様に動かし始めた。『地ならし』である。おそらくバトルフィールドでは強い揺れが起きているに違いない。砂嵐の中のカイトの姿は確認できない。
ブランカやリリー、アーク達はその様子を客席で見ていた。どうも公式な決闘だという事になっているらしく、中に入ろうとしても何匹かのポケモンに遮られる。
「もぉぉ……!アカネに直接聞けばこんなことなんなかったじゃないの!馬鹿じゃないの……!?」
「あの…………」
 ブランカはリリーの隣でブチブチとそんなことを言いながら観戦していたが、背後からの声に体を震わせて振り向いた。リリーも数秒遅れた反応で振り向く。アークに至っては、背後の声に気が付く様子もなく、気難しい顔をしてジルバスター王の姿をじっと見つめていた。
「あ、え、なに」
「いえ、あの……これ、新しい歌姫をかけた決闘だって噂で聞いたんですけど……そうなんですか?」
 一匹のチラチーノが不安気な面持ちでバトルフィールドをのぞき込みながらそう言った。ブランカは戸惑いつつも首を縦に振る。
「ええ。今戦ってるあいつの相方で……」
「そ、そうですか。じゃあ、やっぱり歌姫は本格的に変わってしまうんですね……」
「そういえば、前歌姫は行方不明だっていうから……正式に辞めたわけじゃないんだよね」
「いえ、いいんです。すいませんでした」
 チラチーノは頭を下げると、どこかおぼつかない足取りで席を離れていった。ブランカとリリーは暫くその様子を見ていたが、爆発音のような音がバトルフィールドから響くと共に視線は一気に其方へ引き戻される。
「えっ……!?」
 数秒の間に、凄まじい程の形勢逆転を繰り出していた。カイトは青と赤の混ざった業火を手に纏い、ギラニスはカイトの拳を腹に叩きつけられ吹き飛ばされ、そしてバトルフィールドの壁に激突している。あちら側の席には衝撃も有ったのか、ポケモン達の戸惑うような姿が見られた。ギラニスはぐらぐらと揺れる脳をどうにか元の位置に留めるように地面を踏みしめると、ギロリとカイトを見据えて唸った。
 道具の使用は禁止になっている。ギラニスの固い体にダメージを与えるにはカイト側にも多少反動はあったが、それでも今までのカイトの経験から言えば反動など微々たるものだった。カイトは口元にエネルギーを集中させながらギラニスの正面へと駆けていく。手には轟々と燃え盛る炎を纏わせ、口には竜の息吹を宿している。口から飛び出した青く光り輝く龍の青い炎をはギラニスの姿を捕えた瞬間ぐるりと宙を舞い凄まじい勢いをもってぶつかっていく。ギラニスは素早くは動けない体を引きずって避けようとしたが、それは通じない。龍の炎はまるで生きているかのように彼の姿を捕えて離さず、その後を追うように進路を変更して突き進んでくる。
「クソッ!!!」
 指名されたからにはふさわしい戦いをしなければならないのに、上手くいかない。こんな小さなヒトカゲ一匹に……と思っていたが、向かってくる彼の姿は最初見た時の何倍も大きく見えた。ギラニスはその逞しい腕を振り上げ、向かってくる炎を殴りつけた。衝撃と共に腕や肩に強い痛みを感じるが、全身で受けるとまた体制を崩しそうだ。その衝撃に紛れるようにして近づいてきたカイトの肩を鷲掴みにし、勢いのままに地面に叩きつける。
「うがっ!!!」
 地面に叩きつけられて空気が空まわる。しかし、こんな痛みには慣れている。カイトは生理的な涙が滲んだ目をこじ開けると、酸素が薄くなった腹の底に思い切り力を込めて口から放った。
「あぁ!!?」
 熱風と共にじわじわとした痛みが胸にかかる。ギラニスは炎を振り払うようにカイトを腕で弾き飛ばすと態勢を整え直した。カイトも弾き飛ばされると同時に体を揺らしながらも上手く手をついて着地する。
(タフすぎるだろ…………!!)
 ギラニスの頬を汗が伝う。あれだけやられてもまだ意識がはっきりしているカイトは、ジルバスター王が直々に戦いに来ないのが不思議だった。まぁ、なんだかんだ王という権力をもったものの特権という事だろうか。これに勝たなければ自分は直にこの国から追い出されてしまうだろう。アカネも戻ってこないという不安が胸に突き刺さる。カイトの原動力はそれのみだった。
 ある意味、カイトにとって一番強い原動力である。
 ブランカの言ったこともかなり刺さっていた。アカネに直接聞くというのが一番だというのは十分理解している。しかし、直接聞いたところでどうだろう。以前、尊敬していたポケモンに裏切られた時のことが彼の頭の片隅にまだ残っていた。その時、カイトは直に真実を彼自身に尋ねようと行動していた。しかし、結局裏切りは真実だった。彼自身が裏切ったという意識があったのかどうかはわからない。しかし、ただマイナス面が真実として浮き出たという事実。
 アカネに聞いたらどうなるだろう。もし肯定したら、どうなるだろう。
 もし聞くとしても勝ってからだ。アカネが選んだ道を尊重したいが、あくまでそれは心の片隅に眠る思いである。カイトにはアカネが選んだ道だとしてもそちら側へ進ませることは出来ないだろうし、認められないのだ。せめて、この勝負で勝ったという証明が欲しいだけ。アカネに居るべき場所を示す材料を揃えたいだけ。
 でも、そんなことをブランカたちに胸を張って、口に出して言えるのだろうか。
 荒くれもので大層偏屈だと謳われているとはいえ、ただ君主への忠誠で戦う彼とはえらい違いだ。戦った理由がジルバスター王の為だと堂々と言えるであろう彼と、カイト自身では。
 以前の彼は、きっとこんな行動には出なかった。
「っ!!!」
 破壊光線。この期に及んで使ってきた絶対的な攻撃が目の前に迫っている。
 
駄目だ、早すぎて避けられない!!
 
 カイトは破壊光線をモロに浴び、一瞬の光の中に姿を消した。煙が立ち込め、轟音が響き渡る。カイトの叫び声も聞こえず、観客たちは皆目を白黒させながらその様子を見つめていた。おそらくカイトは『破壊光線』の勢いに押し込められ壁に叩きつけられたのだろう。いくら『英雄』と呼ばれるポケモンだとはいえ、万人に通用する強力な攻撃を受ければまず戦闘不能は免れない筈だ。誰もがそう思っていた。
 しかし、そこに傷だらけで倒れているカイトの姿は無かった。煙が晴れ、バトルフィールドの全体が把握できるほどの視界になりはしても、カイトの姿はフィールドの上にない。まさか、攻撃が強力すぎたあまり消滅したのではないか。一瞬観客たちの頭にそんなありえない、しかし妙に肝を冷やすような想像が過った。
 当のギラニスも息を切らしながら動揺を隠せていない。しかし、彼が無意識にカイトを捜すため足を一歩踏み出したその直後だった。
 ドゴッ、という土を砕いたような音が響くと、カイトが地面の下から勢いよく飛び出してギラニスの腹部を殴りつけた。ギラニスは目を丸くするとその場から飛びのく。カイトは即座にギラニスから距離を取り、呼吸を整え始めた。
 酷い傷を負った姿がバトルフィールドの上に見られたが、二本の脚でしっかりと地面を踏みしめていた。目も開き、呼吸も荒いながらしている。意識もしっかり保てている。破壊光線を受けたのは事実だが、吹き飛ばされる前に地面に穴を掘って逃れたのだ。ギラニスの攻撃が弱すぎたわけでもない。全力だった。
「なんでまだ……!!?」
 動揺を隠し切れないギラニスに更に追い打ちをかけるのは、十数メートル先のカイトから感じるすさまじい『熱』だった。砂の焦げる不快な香り。近づこうとしても体が拒否して足が進まない。
 カイトの目は鋭くギラニスを睨みつけ、どこか血走っていた。どこから沸いてくるのかもわからない力とエネルギーを感じる。 
 特性『猛火』の発動である。

 * * *

「まぁ、そういうわけですわ。わたくしも少し危惧していましたの……アカネさまの美しくも拙い歌声。そして特殊な力を持つ旋律。ジルバスター様の望んでいらっしゃるものに当てはまっていましたから」
「…………こんな話聞くと尚更気に入らない。結局、私はそのポケモンの代わりにされただけってことじゃない。ポケモンだけじゃなくてオルゴールの代わりでもある……仮に私が歌姫になったとしても、すぐ求めているものとの差に気付いて虚しくなるだけでしょ」
 不機嫌な面持ちでアカネがそう言うと、メイルは申し訳なさそうに瞳を伏せて頷いた。
「ジル様は感情的になっていらっしゃいます。そこらへんの執着心は未だに変わらない方ですから……」
「私は予定通り帰るわ。……正直、気になることが無いわけでもないけど」
 人間に関する情報。『歌』が持つとされる、生死を司る力。暫くこの場所にいれば、何か分かりそうな気もしなくはないのだ。しかし、それによって今の生活を失うことになるなら答えは断然ノーである。
 アカネが『あちら側』から戻って来た意味がなくなってしまう。
「ええ、そのほうがよろしいかと。……ただ、そうもいかない状況ですわ」
「どういうこと?」
 飄々とした様子でそう言うセイラの方へ顔を向けると、アカネは軽く眉間に皺を寄せて睨みつけた。
「ジル様とカイト様は決闘中ですわ。あなたの『所有権』をかけた、ね」
「は?」
 目が点になるという表現はまさにこのことか。アカネは驚いたように固まると、数秒してから我に返ったようにセイラに詰め寄った。セイラはなんでもないようなとぼけた顔をしてアカネの手を軽く振りほどく。
「カイトさまが勝てば、アカネさまはカイト様の元に戻る。既にアカネさまは歌姫の件について了承したことになっていますので……」
「いや、意味わかんないんだけど!……あいつ今どこにいるの」
「あー…………」
 メイルが気まずそうな面持ちで窓の外へ目を向ける。アカネには届かないくらいに高い位置に在る窓だが、アカネは尻尾で地面を軽く叩くと軽々窓枠に飛び乗った。器用に凹凸に指を引っかけて外を覗く。バトルフィールドの大部分が見渡せる。つまり、かなりの高層階に現在アカネは居るということになる。二匹のポケモンが対峙しており、片方の小さな橙色のポケモンはどう見ても見覚えがある。
 巨大なバンギラスと対峙していた。体つきや動きからして、かなり強いとみて間違いない。
「代理戦士を使っていますわね、ジルさま」
「なんで自分で戦わないのよ」
「ジル様は本来至って平和主義で、争いを好みませんわ。彼自身は必要以上の力を持っていません。なので、特に腕の立つあのバンギラスに任せたのでしょう。
 ……普段は、とても良い国王なのですが。お恥ずかしいですわ」
 はぁ、とセイラはため息をついた。一体彼女はこの国でどのような立ち位置なのか……と気になったが、アカネはじっとカイトが戦うのを見ていた。彼らはお互いにボロボロだったが、動きなどから見てギラニスが押されているように見て取れた。焦りが感じられる。
 アカネの混乱する気持ちも、それを見て徐々に消えていくのを感じていた。その代わりに、得体の知れない不満や不安がじわじわと心に霧がかかっていくように現れてくる。

(なんで最初に私に確認しないわけ……?)
 アカネ自身が考えても、可能性とは程遠い真実は見えてこない。

ミシャル ( 2019/08/26(月) 00:03 )