18話 相応しくない歌姫
カイト達はジルバスター王の居るであろう部屋へ向かって廊下を駆けていた。すれ違うポケモン達は皆何事かと言わんばかりにカイト達の方をチラチラとみているが、そんなことを機にする暇もない程に彼らは焦っていた。
アークとセイラの話を融合するとこうだ。アークの話では、ジルバスター王はアカネをこの国の歌姫に、そして後々自分の結婚相手としてこの国に留めるつもりらしい。アークが暫くの間ギルドを空けていたのは、ジルバスター王の傍に就いてアカネやカイトのことについて色々と都合をつける為だった。そのため、歌っているアカネを見つめるジルバスターの動向も知り得たということだ。そして、セイラの話によれば……これらはセイラの『あくまで』の予測だったのだが、ジルバスター王は『前歌姫』の面影をアカネの中に見ており、言わば彼女の身代わりにしようとしているのではないか……という想像だった。しかし、アークが言うにそれは間違いではないという。
「勿論、アカネちゃんがカイトくんよりもジル様を選ぶとは思っていないわ。でも、ジル様は我の強いところのある方で……欲望自体は強い方ではないのだけれど、一度でも本気で欲しいと思うものがあると、何をしてでも手に入れようとする強い執着心を持った方なの」
それは欲望が強いという事では……?と、ブランカが汗だくになりながら言い返すと、アークは浅く首を横に振った。普段はとにかく欲しがるポケモンではなく、逆に与える方が多いポケモンなのだという。多少の事では我慢強い。しかし、一度心に刺さるものがあると、それらは暴走してしまうという。
廊下を駆ける複数の音が大きな空間に響き渡る。その音はカイト達の足音ではなく、もっと大きく、そしてもっと大勢のものだった。
対向から何か大勢のポケモン達がやってくる。カイト達は立ち止まりそれらをじっと凝視すると、その中央には黄金の毛を持つポケモン……ゼラオラのジルバスター王が多くのポケモンを率いてこちらに近づいてくる。
「ジル様!」
アークが彼の名を呼ぶと、彼はスッと目をそちらに向け、そして軽く外した。
「カイト君、探していたよ」
「探してたって……アカネは!?」
「彼女について話がある。ボクは彼女に、この国の歌姫になるように伝えた。彼女は潔く引き受けてくれたよ。だから、相棒である君にはボクから話をしようと思ったのだ」
「……アカネが、引き受けるとはとても思えないけど」
「では、直接聞いてみればいい」
ジルバスター王は勝ち誇ったような表情を浮かべてカイトにそう言い放った。他のポケモンは実際にそうした方が良いとカイトに助言をするが、カイトはそう言われた途端に口元をキュッと閉じる。頷きさえしないカイトに苛立ったのか、ブランカは怒ったように彼に怒鳴った。
「ちょっとカイト!何してんのよ!」
「…………っ……」
「いや、いい。どっちにしろ交渉しようとしていたところだ。ここはひとつ、バトルで決めないか?ボクが破れれば、君の方が強いという証明にもなるだろう?また、その逆も然りだが」
「ジルさまが戦うんですか?」
リリーが驚いたような表情で彼に声をかけた。彼は軽く首を横に振ると、自身の真後ろに存在する巨大な影をちらりと視線で示した。巨大なバンギラスが不敵な笑みを浮かべながらカイトの方を見つめていた。バンギラスという種族は、カイトが知る限り強大な存在である。軽く肩が震えるのを感じたが、少し深呼吸をすると、後ろのバンギラスを睨みつけた。
「彼はギラニス。ボクの方はギラニスを代理戦士に付ける。君は勿論、彼が戦うとなれば当然規模の大きな戦いになるだろう。城の持つ巨大なバトルフィールドで決闘を行おうじゃないか」
「…………わかった。それでいいよ」
「い、いやアンタやめた方が……」
ブランカの制止に首を横に振ると、カイトはジルバスター王が誘うままに歩き始めた。ギラニスと言えば、優秀な城の守護者ではあるものの気性が荒い事で有名だ。それもめっぽう強いと言われている。今まで様々な悪党と言われるポケモンを血祭に上げてきたという噂もある。あまりにも体格差が大きすぎるギラニスとカイトが並ぶ姿を見て、正直その場にいる全員がカイトの勝利は絶望的だと感じていた。
「アイツ、なんでアカネに直接聞こうとしないのよ」
「…………オトコにも色々あるのよ。きっとね」
アークは目を細めてそう呟いた。
「あれ、セイラちゃんどこいくの?」
「ちょっとお花を摘みに」
* * *
鍵がかかっている。アカネが部屋から出ようと地面を蹴ってドアノブに手をかけると、反対側からガチャリとノブをひねるような音が聞こえて急いで扉から離れる。アカネの後ろでは、どこか諦めたようなタブンネが目を細めながらベッドに腰かけていた。逃げ出そうとしていたアカネを留める様な様子もなく、じっと彼女の動向を見詰めている。
ドアノブが下りると、ガチャリと解錠音が響き扉が開かれる。面倒なポケモンがやってきたのではないかとアカネは身構えたが、現れたのは見知った顔のポケモンだった。髪飾りとネックレスを身につけ、簡易的なドレスを身に纏った一匹のクチート、セイラだった。鍵の代わりだろうか、針金のようなものを握りしめた彼女は部屋に入るなりアカネの姿を確認すると、『やっぱりここにいましたわね』と、呆れ顔で彼女の後ろにいるタブンネに声をかける。
「メイル。見張っているように言われたんじゃありませんの?」
「ええ……まぁ」
メイルと呼ばれたタブンネはあからさまに気まずそうな表情を浮かべ、ゆっくりと顔をセイラから逸らした。セイラの発言から彼女も一枚噛んでいるのではないかと懸念したアカネは四足歩行に切り替えて警戒を露わにする。しかし、セイラは落ち着いてくれと言わんばかりに両手を軽く振ると、アカネの方に近づいた。
「ここだと思いましたわ。アカネさまがここにいらっしゃるということは……まぁ、合意したということはまずなさそうですわね」
「合意?歌姫にならないかって誘いを断ったら、眠らされて気づいたらここにいたわよ。どういう事か説明してくれる?あのタブンネはさっきから口を割らないし」
アカネはメイルの方をぎろりと睨んだ。彼女の先ほどの勢いはどこへやら、メイルはすっかり自信を無くしたような、まるで世界の終わりだとも言わんような暗い表情で窓の方へぼうっと目を向けている。
「ご安心を……とは言えませんが、わたくしはジル様に加担していたわけではないので、まずそこはご安心ください」
「悪いけど、信じろって言われても難しいわ」
「セイラ様は無関係です」
背後から声が聞こえた。アカネが振り向くと、メイルは悲しそうな表情を浮かべながらアカネを見つめていた。勝手に監禁しておきながら何をそんな表情を……とアカネは思ったが、先ほどと違い何か言いたそうにしているメイルの言葉を待つことにした。暫く沈黙が続いたあと、メイルは口を再び開いた。
「私の所為なのでございます」
「…………あんたの所為?」
「ジル様がこんなことをしたのは、そもそもが私の所為なのでございます」
目を塞ぐように手を顔に当てて俯くメイルに、アカネは一旦攻めるような言動をとるのはやめることにした。アカネの知らない何かが過去にあった、という事なのだろうか。セイラはどこか手近な場所に腰かけると、メイルが話し出すのを待つかのように黙り込んでいた。といっても、その表情はおそらく全てを知っているのであろうと想像ができる程に澄んだものなのだが。
「おそらく、ジル様は……アカネさまの姿を。前歌姫に重ねていらっしゃるのでございます」
「前歌姫って」
「今のジル様は、国の為というよりも、ご自身の心の穴を埋めるために行動されているというべきでしょう。
数年前、この国の歌姫は突如行方をくらませました。あの方ははっきり言って……歌姫としての器としては、あまりに未熟な歌い手でございました。
多少長い話になってしまいますが」
「……いいわ」
本当はカイトが現在進行形でジルバスター王の代理戦士との闘いに乗り出しているのだが……まぁ、本人がいいと言うならわざわざ止めることも無いだろう。どっちに転がろうが、あまりセイラには関係の無い事。自分の『やるべきこと』は変わらない。
「…………ジル様が実質的な王となって半年頃でした。
あの方は才覚があるにも関わらず仕事を嫌がり、従者のポケモン達の手から逃げ回って裏庭へ逃げ込みました。そこでは、前歌姫が引退したことで次の歌姫を選出するための審査会が開かれており、そこに集まるポケモン達は皆少女や女性ばかり。
ジル様は手近な木に登って追手たちの目を逃れ、丁度少女たちが一匹ずつ歌を披露している場面へと出くわしました。王宮の中のイベントを把握していなかった彼はその光景を見て驚き、そして夢中になりました。その中でもジルの目を引いたのは、一匹のコジョフーでした。
種族ゆえに気難しそうな顔をしている少女が前に出てきたと思ったら、ふとジル様と目が合ったといいます。ジル様の存在に気が付いたのは少女だけで、少女は誰にも悟らせぬよう、彼にだけ分かるようにほんのすこしとだけ微笑んだそうです。
異性とのかかわりが殆ど乏しく、精神的に幼かったジル様には何故心惹かれるのかわからなかった。
コジョフーの彼女が歌い始めると、その歌に驚愕したと言います。とびぬけて上手くはない。他のポケモン達の方がもっと上手かった……しかし、その声はあまりにも幼い少女にしては大人びている。透き通った声で、祈る様に歌う彼女の全てが……今は亡きジルの母が残したオルゴールの音とよく似ていたそうです。
ジルは大会の後、審査に口を出し、歌姫になるには少し足りない、と思われる歌唱力の少女を歌姫として起用しました。
少女は元々、友達の付き添いで参加しただけだといいます。しかし、自分の歌が認められたのなら喜んで歌姫になりたいと言いました。しかし、ある召使が口走ったとある言葉から、ジル様が無理やり自分を起用したのだと知ってしまいました。歌姫に選ばれたことで、友人からひどく嫌われ憎まれ疎遠になってしまった彼女でしたが、それでも国のためならと思っていました。しかし、ジル様がただ私情から贔屓していただけだと知ってお怒りになり……友人がどれだけ歌を大切にしていたか知っていたから、と尚更腹が立ち、感情のままに王宮を飛び出してしまったのです。
そして、あの方は二度と帰ってこなかった。
その時……真実を彼女に漏らしてしまった間抜けな召使が、私なのです」