第3章 始まりの地、アルストロメリア
16話 恵みの歌
 結局あのまま熟睡してしまった二匹は朝を迎えた。コーンコーンと建物の中に大きな金のような音が響き渡る。どうやらこのギルドでは、この鐘こそが目覚まし代わりらしい。かなりしつこくなり続いているその鐘の音で先に目を覚ましたのはカイトだった。カイトは欠伸をしながら頭を軽く撫でると、ベッドから飛び降りてアカネの方へと向かって行く。何だかんだいつも気分が悪そうに準備しているアカネは、今日はカイトよりも一足遅く目を覚ました。
 慣れない場所に戸惑いを覚えながらも支度をし、二匹は客室を出ると扉の前で準備を済ませて待っていた二匹のポケモンと再会する。昨日世話になったブランカとリリーだった。何やらおめかしをしているようで、ブランカは綺麗なネックレスや細い腕輪を身につけている。リリーはその美しい尻尾にジュエルを飾り、耳元に桃色の造花を飾っていた。軽く手入れをしているのか、その体毛はキラキラと輝いている。眠気や気だるさに押しつぶされそうになっていたアカネも、その姿を見て気だるさなど軽く吹き飛んだものだ。頬を赤く染めながらリリーの美しい姿をうっとりと見つめていた。カイトは軽く咳ばらいをして二匹に問いかける。
「えっと、もしかして二匹もパーティに出席するのかい?」
「ふふ、もっちろんよ。わたしとリリーは付き添いってことで。こう見えてわたしとリリーはマスターからの信頼が厚いのよね。だから、軽くおめかし。一応メイクもしてるのよ」
「ん?あぁ……そういえば目元が……」
「アカネは?何かやらないの?」
 え、とアカネは我に返る。リリーがアカネの瞳をのぞき込んで宝石のような瞳と視線が重なる。睫毛にラメのようなものが乗っているのか、それもキラキラと輝いていた。トレジャータウンではこのようなお洒落の方法をするポケモンはあまり見たことが無かった為、アカネは興味を引かれたようにじっと彼女の睫毛を見つめていた。
 何かやらないのかと聞かれても、何をやればいいのか分からない。
「わぁ、アカネの目綺麗。茶色っぽいけど奥の方に水色とか赤色がキラキラしてる。炎が燃えてるみたいに光り方が変わって……ふしぎ!」
「リリーの目のほうが綺麗よ。宝石かと思ったから」
 珍しく、アカネは自分自身への評価に対して素直に答えた。否定もすることなく、リリーの言葉を素直に受け取ったようである。カイトはその光景をブランカと眺めつつ、ほんの一瞬目を細めると二匹に声をかけた。
「そろそろ行こうか。遅れるとまたゲイルズさんが煩いかも」
 カイトはそう言ってアカネの肩をポンと叩く。アカネはキョトンとした表情をすると、カイトの顔を見て軽く頷いた。カイトの顔はいつも通り穏やかな笑みを浮かべている。一足先に、とカイトはアカネを連れてギルドの外へと向かって行った。残されたブランカとリリーが後を追おうと足を前へと踏み出す。
「ワタシ、カイト怒らせちゃったかな?」
「やーね、構わないわよ。ホント、見た目は割とかっこよくても中身はガキっぽいんだから……。
 まぁ、アカネの雰囲気的にちょっと不憫にも思うけどね」 
 ブランカはフフ、と面白そうに笑いながら二匹の後に続いた。


 城はまるで結晶塔のようだった。つやつやとした外壁に彩られた遥か高い空までそびえる塔。それを見たアカネは、随分前に『霧の湖』で美しい噴水を見た時と同じような感情を抱いた。アルストロメリアの随所のように妙にギラギラしているのではなく、至ってシンプルではあるが、透明感のある光と塔そのものの壮大さが、ここは普通の場所ではないと言っているかのようだ。城の入り口は開け放たれており、その門前には数匹の厳ついポケモン達が不審者を探るかのように険しい顔つきで並んでいた。
 四匹が城に近づくと、ズイと一匹の見張りのポケモンが前へ出てくる。ほんの少しの緊張が走るものの、ブランカが自ら見張りポケモンに近づいていき、パーティ用の少しお洒落なバッグの中から何かを取り出すとそのポケモンに見せつけていた。ポケモンはしばし考えるような顔をすると、少し会話をしたあと軽く頭を下げてブランカを開放する。ブランカが少し得意げな顔をして戻って来た。どうやら、入城許可が下りたらしい。
「他のポケモンは皆会場にいるらしいわ。アカネの出番は少し後だから、あまり急がなくていいって」
「出番って……」
「王様の前で歌を歌うことになってるんでしょ?どうも城の中では昨日からその話がよく出るってさ。王宮のポケモンが歌を扱うなんて、十数年前に歌姫が引退して以来ね」
「アカネ、歌うの?楽しみにしてるね」
「あ、あぁ……そう、ね」
 楽しみにされても、と言いたげな顔をしてアカネは軽く腕を組んだ。カイトも苦笑いしながらそんな彼女を見ていたが、ふと城の扉の前に置いてある無数の鉢植えに気付く。近づいてみると、それは実に様々な色合いをした花だった。しかし、まだ蕾は開いておらず、蕾の裏側からうっすら色が透けて分かる程度だ。
「これは?まだ花が咲いてないけど」
「それね、アルストロメリアっていう花なの。この国の名前でもあるけど……大きな催し物がある時には、こうやって国の象徴をいろんな場所に飾るの。『未来への憧憬』っていう意味の花言葉があって……色んな話があるけど、一説には本当に大昔、荒廃したこの国の未来を夢見たポケモンが、失ってしまった沢山のものへの手向けと、未来の繁栄への捧げものとして、この国を一望できる高台にアルストロメリアを植えた。だから、アルストロメリアはこの国の象徴」
 それをやったポケモンは随分と偉いひとだったのかな、と思いつつ、カイトは説明をしてくれたリリーに軽く礼を延べると、四匹で城の中へと入っていった。入り口はあまり賑わってはおらず、ただ忙しそうなポケモン達が時折皿や大量のシーツなどを抱えてそこら中を走り回っている。キラキラとした美しく巨大なシャンデリア、所々に見られる金や銀の装飾と、沢山の絵のようなものが飾られており、いかにも芸術家気どりと言わんばかりのポケモン達がそれを頬杖をついて眺めていた。中には黄金で作られたコイキングの像が置いてある。何故かレプリカだと表示されているが、それ以上に何故コイキングなのか。これが芸術なのか……?と、悩ましいような顔でアカネはそれを見上げた。
「あ、あぁ!ようこそおいでくださいました、チーム『クロッカス』の……』
「えっと、カイトです」
「アカネ」
「申しわけありません、出迎えが遅れてしまって……!早々に申し訳ありませんが、カイトさまは少しお召し物を……身だしなみを整えた方がよろしいかと。それから会場へ参りましょう。
 アカネ様はレディの部屋で少しおめかしいたしましょう」
「れでぃ……」
 アカネとカイトは少し戸惑ったようにお互いを見やったが、一方でブランカとリリーについては全く触れられていない。ブランカは少し不満気であるが、リリーは『これが当然だ』と特に何も気にしていない様な顔をしている。
「あぁ……お連れの方はあちらにいるメェークルの指示に従って会場へどうぞ」
「いこ、ブランカちゃん」
「はー、贔屓がすっごい……」
 思ったことが口から出てしまっている。だが、別にアカネとカイトに対して嫌悪感を抱いて言ったわけではなく、城のポケモンに対していったらしい。ブランカは呆れたような顔でそんなことを呟いた後、二匹の方を向けて笑顔で『あとでね』と言い、会場へと向かって歩いていく。
「じゃ、私達も後でね」
「あ〜、うん、そうだね……」
 あからさまにがっかりとした様子のカイトに軽く苦笑いすると、アカネは先ほど声をかけてきたポケモンに従って『レディの部屋』とやらに案内された。カイトは途中まで一緒に付いていくと、その分かれ道で別のポケモンに引き取られていく。彼の悲しそうな顔がじっとこちらを見ていたので、アカネは寂しいというよりも『はやくいけ』という感情が先行する。
 アカネを案内をしているポケモンはタブンネというピンク色の可愛らしい見た目をしたポケモンだった。フワフワとした毛や肌が柔らかそうである。タブンネはアカネにペラペラとパーティについての説明をしていたが、ふとアカネの方を見て言った。
「……アカネ様、お風呂は入っていらっしゃいますか?」
「お風呂?あぁ、お風呂は入らないわ。水浴びは割とするけど」
「み、水浴び?えっと、それは石鹸を使ってらっしゃるの?」
「石鹸はたまに……戦闘で汚れすぎた時とかは」
「…………」
 スッ、と。タブンネの微笑みが止んだ。あまりに唐突な真顔に、真顔がデフォルトであるアカネも少し困惑する。一体何を言われるのかと身構えていると、アカネは両脇を抱えられ体が宙に浮くのを感じた。タブンネに抱き上げられているのである。強制的に先ほどまで向かっていた道とは反対側に歩き出すタブンネにアカネは訴えた。
「ちょ、どこに……」
「まずお風呂ですわっ!!!」
 一つの扉を開けるや否や、タブンネの一声によってわらわらと沢山のポケモンが湧いてきた。アカネは何かを言う時間も与えられることなく、もこもことした石鹸が浮いているお湯の中へと放り込まれる。バシャン、という音と共にアカネは水から顔を出すと、目の回りに付いた泡を拭い目を開く。
 あたたかい湯と体に纏わりつく泡が妙に心地いいが、電気タイプ故にかなり落ち着かない。
 タブンネの手がアカネの体に伸びてくる。とにかく押し込められるようにして体中を隅から隅まで泡を付けて洗われると、アカネは湯船から出され暖かいお湯を体に欠けられた。ブルブルと体中の水を払うと、地面を流れていく泡が目に入る。妙に良い匂いがした。普段アカネが使っている石鹸とはまた少し違う物である。
タオルで身体を拭かれ、一匹のブースターが前に出てきてアカネに熱風を吹きかけた。熱風と言っても熱すぎるものではなく、暖かいと感じる程度の心地いいものだった。熱風をかけられているときだけは手を出さないでもらえたので、アカネはひとまず息をつく。毛を櫛でとかされ、腹部や背中がムズかゆいような気持ちになる。
「ふふ、綺麗になられましたわね。素晴らしい毛艶ですわ!アカネ様は非常に美しいレディだと思いますけど、こうすればもっと美しく!」
 変なスイッチが入ったのか、タブンネは腰元のバッグから何か道具のようなものを取り出してアカネの顔を覗き見た。目が据わっていて怖い。ペタペタと目元に何かを塗られていくのを感じながら、アカネは妙な世界に来てしまったものだと肩を落とした。


 * * *

 カイトは軽く身だしなみを整えた後会場へと案内された。多くのポケモン達がキラキラとした装飾品を身につけ、特徴的な……言うなれば、ギルドに居るキマワリのフラーや、船上で出会ったセイラと同じような話し方をするポケモン達が多く見受けられる。顔つき的にいかにも厳格そうであり、そして貴族的な雰囲気を醸し出す者もおり、カイトは非常に居心地が悪かった。会場中にも、やはり『アルストロメリア』の花の蕾が点々とみられる。とにかく円形のテーブルの前に腰かけると、テーブルに用意されている水に口を付けた。少々息苦しい。
「似合わないな……」
 カイトが羽織っている黒いジャケットも、その息苦しさを助長しているようだった。性に合わない格好をしている所為か息苦しい。人間はよく衣服を着る生き物だというのはほかでもないカイト自身の母から聞いたことがある話であるが、こんなに服を着用するポケモン達がいるとは……不思議な世界を見ているかのようだった。
 息苦しそうにジャケットを揺らす。カイトのような小型のポケモンの為に用意されたものだが、ヒトカゲにしては少し体が大きいカイトには少しきつい。ジャケットを揺さぶってため息をついていると、後ろからトントン、と肩を叩かれた。
「緊張していらっしゃるようですわね、カイトさま」
「わっ……セイラ」
 透明感のある白いレースのついた簡易的なドレスを身に纏ったセイラが、ニコニコと微笑みながらカイトの後ろに立っていた。手にはオレンジュースのグラスを二本持っているようだ。その片方をカイトに手渡すと、セイラはゆっくりとカイトの隣に並んだ。
「皆さま、カイトさまには気が付いていない様子ですわね」
「まぁ、この中では小さなポケモンだしね」
「逆に気づかれれば大変ですわ。きっと、もみくちゃになってしまいます。
 もうすぐアカネ様があのステージの裏から現れますわ。あのステージを正面から見ることのできる場所……ここへ入場するための扉のすぐ上にスタンドがございます。そこから、ジルバスター王がアカネ様の歌をお聞きになるそうです。成功するといいですわね」
「ありがとう。でもやっぱり心配で……最初の日以来、アカネの歌は僕も聞いてないし」
 カイトさえも褒めることができなかったアカネの歌。声質は非常に美しいのだろうとは思ったものの、それの遥か斜め下を行く音程感や安定感。声質も良いにはいいが、それ以前に歌に合う音を出しきれていないのも問題だ。ドがつく素人のカイトでさえそう思うのだから、この国のポケモン達は何を思うのだろうか。
「この国のポケモンは……やっぱり、歌には厳しいよね」
「ええ。そういうポケモンが多いですわ。中には、『歌姫』になることだけを目標に、幼い頃から声楽を学ぶポケモンもいるくらいですから。けれど、ベースが『妖精の歌』となるので、やはりフェアリータイプのポケモンが多いですわね。
 ……王宮では長い間『歌』を受け入れていませんでしたから、皆さま相当気になっておられるはずですわ。失敗……よりも、面倒なことにならなければいいのですが」
「?……面倒な事って」
 刹那、どこからともなく耳を突き抜ける様な鐘の音が鳴り響く。ステージ側から響くその音に多くのポケモンが目を向けさせられていた。会場が次第に暗くなっていく。人工的な明かりが点々と消えていき、ステージの前にのみオレンジ色の目に優しい光が灯る。舞台の幕は依然として降りているが、ステージの前には一匹のポケモン……船上でも随分世話になったゲイルズが、相変わらずの顔つきで佇んでいた。
「皆様、長らくお待たせいたしました。チーム『クロッカス』の二匹の登場の前に、まずはメンバーの一匹である『アコーニー・ロードナイト』殿の見事な『妖精の歌』を披露していただきます。
 どうぞ、ご清聴くださいませ」
 ゲイルズが声を張り上げてステージから退いた。さて、アカネの登場である。ポケモン達の視線はステージに吸い寄せられていた。
「いよいよですわね。緊張されていなければいいのですが」
「緊張するような子じゃないから、大丈夫だとは……」
 幕が上がる。煌びやかなステージが姿を現した。ただひたすらキラキラとしたシャンデリアと、舞台を彩るには少し物足りないアルストロメリアの蕾。会場中からヒソヒソと、しかし明確な感嘆の声が上がる。見慣れた黄色いポケモンが輝く半透明なベールを纏い、あたかもこの不思議な世界の住人にでもなってしまったかのような姿で現れた。しかし、存在感は圧倒的に違うのである。ツンツンとしたあの雰囲気はどこへやら、場の雰囲気を読んだかのような品の有る振る舞いで前に進み歩くと、静かな瞬きをする。ぱちりとカイトと目が合ったアカネは、瞬きを繰り返し穏やかに微笑んだ。カイト自身はあまりの事に口がふさがらない。
 観客の視線の掴みはばっちりだった。ポケモン達は皆、目を輝かせながらアカネを見つめていた。ざわめきは大きくなる。セイラも驚いたように口の前に手を持ってくると、カイトの顔を盗み見た。
「……すばらしいですわ」
「やっぱり……きれい、だなぁ」
 遠目に見ても分かる。シャンデリアの下で輝いているアカネの瞳は様々な色彩を纏っている。美しい宝石を全て集めたような瞳がゆっくりとした静かな瞬きを繰り返し、一度落ち着くように深く目を伏せた。
 始まる。
 
 アカネは息を吸いこむと、覚えている通りの旋律を腹の奥から紡ぎ始めた。歌詞も楽器も無い、ただ美しくなだらかな声で紡がれる旋律のみが存在する『妖精の歌』。アルストロメリアに古くから伝わる旋律。
 驚いたことに、アカネはほぼ完ぺきと言っていいほどに音程を合わせ、それは非常に安定しているとは言えないものの、必要以上の安定感が存在しないことによる儚さを孕む。ビブラートは目立ちはしないが明らかに存在はしており、声質は依然聞いた者とは比べ物にならない程に透き通っていた。音の高さの移行も緩やかである。一体何をすればこんな歌が歌えるようになるのかというほど、アカネの歌は『何か』が違うのだった。
 舞台上で歌うアカネは決して無理をしている感じではなかった。ただ一心に観客たちの方を見つめて歌っていた。あの小さな体から何故ここまでのものが生まれるのかわからない。
アカネはひたすら歌いながら、会場中を見渡していた。元々ひどく緊張する性格ではない。ただ、じっと見られるのはむず痒くて、ふと会場の奥の方へ目を向けた。会場へ入る扉のすぐ上のスタンド席に、何か黄色いポケモンがじっとこちらを見つめて佇んでいる。一つだけ雰囲気の違うその場所を見て、ここに来る前に言われた『国王』の座る席なのだとわかった。
 あまり気を散らすと音程がずれる。集中しようと、この歌の一番高い旋律を歌いあげようとした時である。会場が俄かに騒めいたのを感じ、アカネは一瞬音を低くしてしまった。
「花が……」
 カイトはそう呟いたポケモンの方を見る。アルストロメリアの蕾が開いている。一つではなく、それも次々と開き始めていた。普通の咲き方ではなく、開いていく花は皆青い光の粒子を纏い咲いていくのだ。
 カイトはアカネの方へ視線を戻すと、目がいつもよりも青みがかっているように感じた。しかし、このように作用するなどアカネには聞いていない。アカネも動揺しているようには見えないが、おそらくわかっていなかったはずだ。
 青い光の粒子が沢山の開いた花弁から零れ出し、空中で消えていく。美しい歌と相まって美しい光景だったが、状況を理解したポケモン達はアカネの方へまた視線を注いだ。
 異様な事態になっていることに気が付いたのか、アカネは歌を最後まで歌い終えると、小さくお辞儀をして、観客全員に向けて言葉を放った。
「私の歌をお聞きいただき、ありがとうございました。皆さまへの贈り物として、ちょっとした演出も用意させていただきました。楽しんでいただけましたか?」
 アカネは微笑みを浮かべながらそう言い放つ。これはアカネの力による開花ではなく、あくまでアルストロメリアの技術を使った演出である……アカネがそう言ったおかげか、会場のポケモン達は皆納得したように拍手をアカネに送った。一部の疑い深いポケモンはきょとんとしながら拍手を送る。カイトのみが明確に分かっているが、この現象には種も仕掛けも無いのである。横からタブンネが現れてアカネを舞台の裏まで連れて行った。一応、ステージは成功と言えるが、カイトはすぐに会場を後にした。アカネのもとへ向かう為である。 
 廊下を走りステージ裏への通路を進むと、アカネがゲイルズに詰め寄っているのが目に入った。
「あんな演出聞いてないんだけど」
「いえ……我々にもわかりかねます。花が咲いただけならわかるのですが、あの光は……」
「アカネ!」
 カイトが駆け寄ると、アカネは少々焦りを顔に浮かべて彼の方へ視線を向けた。
「目青くなってたよ……」
 カイトはゲイルズに聞こえないようにそっとアカネに耳打ちをする。その様子で二匹の中でなにか決定的なやり取りがなされているのは見て取れたが、ゲイルズはそれに気が付かないふりをして凛と佇んでいた。
 アカネはカイトの言葉を聞いて驚きはするものの、本当にアカネによってなされたことだとするならば言い訳の仕様がない。観客たちは誤魔化せたかもしれないが、ゲイルズは誤魔化すことが出来ないだろう。
 困っていると、ゲイルズは目を閉じ、静かに口を開いた。
「アルストロメリアは、『歌』によって恵みを受ける不思議な場所でございます。ある意味、他の大陸とは異次元と言ってもよろしいかもしれません。こういうことが起こっても、ある意味不思議ではない……ということにしておきましょう。
 さて、アカネ様とカイト様は十分後、舞台の方へ」


ミシャル ( 2019/08/04(日) 00:43 )