12話 出航前
「うん。うん……そうだね。うん、うん♪
あの二匹は、とても素晴らしい探検隊だと思うんだ。きっといつか、僕なんて追い越されてしまう。一応、卒業した身ではあっても、僕からすればまだ半人前に違いは無いからね。
え?そんなこと言ってくれるなんて、僕もなんだか嬉しいなぁ♪うん、キミとはまたいつか、お茶したいとは思ってるよ。
とにかく、アカネとカイトをよろしくね。君のギルドのところのポケモンなら、二匹を預けても安心だよ。
……うん、わかった。じゃあ、また連絡するね。アーク♪」
カチャリ、と電話機を置いた。ふぅ、と小さくため息をつくと、パトラスはよっこいしょと言わんばかりにいつもの絢爛豪華な椅子に腰を掛ける。羽が空を切る音。ペリーはパトラスの目の前までパタパタと飛んでくると、少し目を細めながら尋ねた。
「アークとは、あのアーク殿ですかな。親方様」
「うん♪アルストロメリア行きについての相談をしていたんだ。良い弟子を二匹、手配してくれるらしいよ」
「は、はぁ……しかし、ギルド・アークのメンバーというと……あの方と少し趣向が似ている……とか、ないですかね……。
私は、彼は少々苦手でして」
はは、と苦笑いを浮かべるペリーを一瞥すると、パトラスは真っすぐに前を向いてにっこりと目を閉じ、微笑んだ。そんなことはないよ、とペリーを諭すと、何かを懐かしむような表情で目を開き、再びペリーに視線を移す。
「個性の強いポケモンは嫌いかい?」
「い、いえ。そんなことはないです。というか、このギルドがそもそも個性の塊のようなものですからな……」
「君ならそう言うと思ったよ、ペリー。……まぁ、彼は僕のトモダチだからね♪彼の実績や経験、人格も良く知っているし……アークなら二匹を安心して任せられる」
”王都・アルストロメリア”
『花の大陸』と言われる場所の中央に存在し、世界で最も発展した国と言われている巨大な街である。アカネとカイトが『吹雪の島』を探索した数日後のことだった。
本日が、『アルストロメリア』行きの船が海岸に到着するまさにその日である。二匹はあれこれと荷造りを済ませ、暫くまた『サメハダの岩場』を空けるということで室内の片づけや掃除に追われていた。それも特に行き詰まることなく早急に済ませ、まだ時間があるという事で、二匹は再びパッチールの地下カフェを訪れていた。二匹は暇さえあればここにきているようなものだ。何だかんだで居心地がいいのである。しかし、本日はどうやらやけに賑わっているようだが。
「……私達が『星の停止』を食い止めた件でアルストロメリアに招待されたなら、リオンも本来ならされてたんでしょうね」
あえて言わなかったんでしょうけれど、とアカネは付け加え、遥か遠いどこかを見つめる様な目をして、その後すぐにカイトに向き直った。カイトは少々苦笑いするものの、小さく頷いて言った。
「今頃、どこで何してるんだろうね」
「結局あれから連絡もないし。生きてるのかしら……あいつ」
リオン。
リオンとは、元々はパトラスのギルドで働いていた『クロッカス』の先輩チームである『ブレイヴ』のリーダーだったリオルの青年である。
彼は、ステファニーというイーブイとチームを組み、日々修行に勤しんでいたものの、その関係は『時の歯車事件』をきっかけに大きく代わってしまう。リオンは元々、アカネと同じ未来からやってきたポケモンだった。そして、それはステファニーも同じだった。しかし、彼女の場合は記憶を失って、という形になる。しかし、三匹の未来のポケモンとしての違いは、未来の世界でアカネとリオンは『星の停止』反対派、そしてステファニーは『星の停止』存続派という対立的な存在だったことだ。
時と時の間を移動する通り道とは、時にそれらを利用する者に大きな害を及ぼすことがある。それはそもそも生き物としての種族そのものがかわってしまったり、ポケモンの進化前への後退、それにプラスし記憶喪失や、年齢の後退など。
それらが重なり過去で出会ったリオンとステファニーだが、最終的に二匹はそれぞれ離れ離れになる。歴史の改変によって一度消滅した未来のポケモン達が蘇った時、アカネもリオンも戻ってくることが出来た。しかし、そこにステファニーの姿は無かった。
蘇生したのか、それさえも定かではないステファニーを捜す。そう宣言し、リオンがパトラスのギルドから去っていったのが、約半年程前の事になる。
「もしかして、ステファニーはアルストロメリアにいるかもしれないね」
「…………まさか」
そんなことがあったら、きっとリオンはステファニーと永遠に会うことは出来ないだろう。しかし、可能性が無いと言い切ることは出来ない。
「……まぁ、私達もちょっとは観光するだろうし。少し探し回るなりなんなり出来るわよ」
アカネは、ほんの少し寂しそうにしながらそう呟いた。アカネにとっては唯一自分の故郷と一番近い場所に居たポケモンだった。アカネにとって、リオンはカイトと違う意味で大切な存在だったのである。それを分かっていつつも、カイトは微笑みを作っているようではあるが意味深に微かに目を細めた。
「アルストロメリアに行くってほんとですか!?」
「わっ!!」
カイトが驚いたように声を上げた。椅子を押し倒さんばかりに勢いよく振り返ると、そこにはロコンとルクシオが佇んでいた。
「シャロット、久しぶりね」
アカネは気が付いていたようで、特に何を驚くことも無くオレンジュースの入ったコップに口を付ける。
「そうですかね……?意外と最近も会った気がします」
ロコンことシャロットは、少し心外だ、と言いたげな表情で言う。
「はは、最近またちょっと立て込んでたから、随分前に感じちゃって。
チェスターも久しぶりだね。どう?仲良くできてる?」
「ハハ……お陰様で。最近はよくこっちに下りてくるようになりました」
もう半年以上もたつのだろうか。シャロットに恋人ができたという風の噂を聞いた時は、流石のアカネも驚いたものだった。カイトは少し意外そうな反応をしていたが、アカネはおそらくシャロットにそういうイメージを持っていなかったのだろう。一応、将来『星の調査団』結成の中核になるポケモンである。恋愛事にはかかわっているイメージではない……が、このシャロットはそのシャロットとはまた違うのだ。
そんなシャロットの恋人こそ、このルクシオであるチェスターだった。現在でもかなり上手くいっているらしい。付き合っていると言っても、具体的にどんな感じなのかは聞いていないが、見る限りは非常に仲睦まじいという雰囲気だ。
「ところで、えーと、アルストロメリアに行くって本当ですか」
「まぁ……ね。今日、船で大陸に向かうらしいわ」
「そうなんですか!楽しみですね。すごく有名な場所だし、あたしも一度は行ってみたいなぁ……」
「行けないのか?」
「規制の厳しいところだから。特別な許可がないと外部から入れないんだよ」
「そういうもんなんだな」
長らくエレキ平原で暮らしてきたチェスターにはよくわからないらしい。一応兄弟の筈のコリンク、セオの方はかなり多方面に関して知識が多いようだが、チェスターはそうでもないようだ。
二匹も加わり、テーブルを四匹で囲んでいた時の事である。シャロットは背後にひんやりとした微かな感覚を覚え、驚いたように首だけを回して後ろを振り向いた。
「失礼いたしました……冷たかったでしょうか。
お待たせいたしました。みっくすすむーじーとあいすてぃーでございます」
「……え、スノウここで働いてんの?」
カイトが驚いたようにその店員を見た。飲み物を持ってきた店員は少し複雑そうな表情で笑うと、こくりと小さく頷く。紅藤色のエプロンが良く似合っているが、まだ少しメニューの発音がぎこちないようだ。
ユキメノコのスノウ。わけあってトレジャータウンに滞在しているこのポケモンは、現在パトラスのギルドでケンシンと二匹でルームシェアをしており、ケンシンに養ってもらっていることになっている筈だが。
「私も少しは仕事をしなければ、外の世界を知ることはできませんから。ここは平和で、皆さまとても優しい。過ごしやすい場所です」
そう言ってスノウは微笑む。成程、どうりで、である。
何故か今日はカフェに男性客や中年が多い。これは、調理師であるノギクがこのカフェで働き始めた時にも起こった現象であるのだが……レイチェル含め、女性が三匹。オーナーのエルフのみが雄で、いよいよガールズバーのようになってきた。
「レイチェルさんに、ノギクさんに、スノウさん……なんだか、どんどん店員さん増えていくし、皆さんすごくきれいなひとばかりですよね……」
「でも、まぁ。皆何かしらの理由で、ここを必要としてるポケモン達だから……いいんじゃないかなぁ」
「親父たちが鼻の下伸ばすカフェっていうのはどうかと思うけどね」
はぁ、とアカネはため息をつく。それでは、とスノウが別のテーブルの対応を始めると、カイトはふと時計を見た。そろそろである。
「じゃあ、僕たちはそろそろ」
アルストロメリアへ持って行く荷物を背負うと、カイトはテーブルから離れていく。アカネの荷物はかなり少なく軽い為、カイトが一緒に抱えて歩いていた。
「行ってらっしゃい、アカネさん」
「ええ。まぁ、そう遠くないうちに帰ってくるから、また話しましょ」
アカネはそう言って、シャロットとチェスターににこりと笑顔を向けた。チェスターの表情が一瞬引きつっていくのを見逃さなかったシャロットは、じっとりとした瞳で彼を見つめる。
「……あ、いや!そういうんじゃないって」
「ほんとに〜?」
「違う違う、綺麗すぎて芸能者とかの領域だからさ……」
「うん、まあ確かに言えてる。けど、アカネさん多分大変なんじゃないかな。アルストロメリアに行ったら」
チェスターは首を傾げる。
「どうして?」
「なんせ可愛いからきっと大人気だ」
「うーん、仮にも彼女の前でそれはいっちゃだめだなぁ」
「仮にもって!!」
仮にも、と言われたことにショックを受けるチェスターと、その様子を見て面白そうに笑っているシャロット。そんな二匹の光景は、もはやカフェの中では日常と化しているのであった。
* * *
海岸についてみて、まず呆気に取られてしまったのはクロッカスの二匹であった。
大きい。精々普通の船、程度の大きさのものを想定していた二匹は、目の前に佇むディアルガの如き巨大な船に圧倒されていた。どうしてこんなものが海の上を浮くのだろう……そんなことまで考えてしまうほどに、想像の域を遥かに超えた巨大船である。こんなもの、本当に海の上でアルストロメリアまで動くのだろうか。
海岸にはギルドメンバーたちが見送りに集まっている。パトラスとペリーが中心に立って、皆が二匹と同じように驚いたような顔で巨大な船を見上げていた。
「お二方はあくまでこちらがご招待したのですから、これくらいの待遇は当然でございます。では、行きましょう」
一匹のコロトックはその場にいる全員に一礼すると、まだ少々動揺しているアカネとカイトを船の中へと誘導する。
「アカネ様とカイト様には、これから四日間この船に乗ってアルストロメリアまでむかっていただきます。操縦士の腕は一級品ですので、ご心配なさらぬよう。内部に日常生活が送れるほどの設備は用意してありますので、ご安心ください」
「うん、二匹をくれぐれもよろしくね♪いってらっしゃぁーーい!!クロッカス!!」
パトラスが大きな声を出しながら手を振ってくる。ギルドメンバー全員の声が響き渡る中、二匹は巨大船の中へと足を踏み入れた。
四日間の船の旅、開幕である。