11話 帰還せしレジェンド
伝説の探検家、約100年の時を経て帰還。
この出来事に対して、トレジャータウンはにわかにざわついた。今や、ケンシンのことを直接的に知り得ているポケモン達は雀の涙程の数ではあったが、しかし元探検隊連盟幹部。そして、伝説と謳われた探検家の帰還は、トレジャータウンを超えてケンシンと縁を持つ大陸にも長らく謳われることになる。
ケンシン(と、ユキメノコ)を連れ帰って来たクロッカスは、救出したはいいものの、どうすればいいのだろうと思案し、とりあえずと言った形にはなるがパトラスのギルドへと連れ帰ることにした。そして、ケンシン失踪を直接的に引き起こした張本人であるユキメノコであるが……トレジャータウンで暫く過ごすとすれば、これを隠しきるのはあまり良案だとは思えない。一度二匹ともギルドに連れ帰り、そしてパトラスの部屋でペリーも加えた六匹で話し合いを設けることにした。
とはいえ、知識の深いギルドメンバーも存在する。ケンシンの姿を見た瞬間『まさか』と勘繰り、そして急激に親しいメンバーたちの中に噂が広まっていく。おそらく、パトラスの部屋の扉にそれぞれ耳を当てている者達がいることだろう。
そして現在、その真っ最中である。
「…………なるほど。そういうことだったんだね。
何はともあれ、無事でよかった。探検隊連盟には僕から連絡しておくよ。ケンシンは暫く、このギルドに滞在してね。すぐにでも住処に都合をつけてあげたいのはやまやまなんだけど、あまりにも急だったものだから。クロッカスが吹雪の島に行くとは聞いていたけど、まさかケンシンを連れて帰ってくるなんてさ……驚いたよ」
この二匹はいつも想像を遥かに超えたことをする。パトラスは本気で驚いていた。
「しかし、どうして今まで誰も見つけることが出来なかった彼の存在を、二匹が見つけ出すことができたのか……私にはさっぱり理解できん」
「そうね。確かに寒さは厳しかったし中々酷い環境ではあったけど、突破できないレベルではなかったわ。流石に何の準備もせずに行けば、あの場でお陀仏だっただろうけど……」
アカネは珍しくペリーの疑問に同調した。卒業試験の時のことを忘れたわけではないが、確かにその意見には賛同できる。伝説と謳われ、英雄と讃えられてはいるものの、結局ピカチュウとヒトカゲである。小さく冷えやすい体でもあそこまで辿り着くことが出来たのだ。それなのに、過去の探検隊達はどうしてケンシンを見つけ出すことができなかったのだろうか。
クレバスの洞窟についても謎だ。パトラスは、吹雪の島にそんな場所があるとは噂にも聞いたことは無かったという。ケンシンの失踪については長年の謎であり、知恵の有る者なら大抵が知っているような事件だったのだ。
「分かりやすい場所にあったよね。吹雪の島のダンジョンを抜けたすぐ先にクレバスと、その中間に裂け目があって。『水晶の洞窟』みたいな仕掛けも無かったし」
「…………その方が私の元へやって来て、私は彼を氷塊の中に閉じ込めた。
そして、もう二度と誰も入ることが出来ない様、クレバスの入り口を氷で塞いだの」
「けど、私達が行ったときにはそんなもん無かったわよ」
「私があの洞窟の最奥部から外に出たのは、クレバスの入り口を塞いだ時だけ。その時からずっと、私はクレバスの中に閉じこもっていました。
長い年月を経て、私の知らぬ間に変形したのかもしれない。あなた方が入って来た時は、少し驚いたから」
驚いていたのか。一応、あれでも。不敵に微笑んでいる彼女の様子を思い出すと、とてもそうとは思えなかったが、今の彼女の様子を見ると、少し臆病な性格であることが読み取れる。
パトラスたちとは目を合わせようとせず、少し俯き気味になって静かにそこに佇んでいた。
「君、名前はなんていうの?」
パトラスはにっこりと笑顔を浮かべながら、ユキメノコに尋ねた。少々困惑した表情をみせるも、ユキメノコは少しだけ指先を口にあてて、考えるように目を細める。
「…………スノウ?……多分、ですけど」
「多分でござるか?」
「名前を名乗るなんて久しぶり。私も、思い出せなかった」
「……そうでござるか……まぁ、スノウ殿。これから宜しく頼むでござるぞ!」
『何が?』と言いたげな顔をしながらスノウは首を傾げる。クレバスから外に出てみると、どうやら妙におっとりとした性格のポケモンのように見えた。あまりに刺々しさが抜けたものだから、アカネもカイトも思わず興味深そうに凝視してしまう。
あのクレバスはある意味、彼女が纏っていた鎧のようなものなのかもしれない。
* * *
「おまたせいたしました、ホットカフェオレになります」
「かふぇおれ」
「モモンパイもどうぞ」
「ももんぱい」
お茶を濁す時間も必要である。ということで、クロッカスの二匹はひとまずケンシンとスノウを地下カフェへと案内した。地元でも人気の事カフェは、基本的に顔見知りのポケモン達が集っていることが多い。しかし、ただでさえ目立つクロッカスと共に見慣れないポケモンがカフェに入ってきた。視線が集まり始める。ケンシンはそんなことは慣れっこだったのか悠々と席に腰かけたが、スノウは落ち着かない様子で辺りを見渡していた。
「かふぇとはこのようなものでござるか……」
「今日のお勧めはモモンパイだって!アカネ」
「ふぅん……」
興味無さそうな顔をしつつもそれを注文するアカネ。レイチェルが笑顔でメモに注文を書き込んでいき、カイトの注文を聞いた後にレイチェルの視線は連れの二匹へ向いた。どうもぎこちない様子のスノウはいいとし、レイチェルはケンシンの方へ目を向けた。一瞬、『うん?』と違和感のような、何か胸に引っかかりのようなものを感じるが、直に気のせいだと気持ちを切り替え、二匹に注文を聞いた。
「ももんぱいとはどのようなものでしょうか」
「拙者には皆目見当もつかぬ……」
「モモンは木の実ですが……ぱいとは。オレン、アップル……木の実の種類が載ってます。ぜりーやぷりんと書いてあるものもありますが、はて……」
「かふぇおれやみるくてぃー、みっくすすむーじーとはなんでござるか?ここまでくると呪文でござる。まんじうはないでござるか」
「無いです」
動揺することもなく笑顔で返すレイチェルに、今更ながら流石だと感じるクロッカスの二匹。何時まで経っても二匹はメニュー表をにらみながらこれはなんだあれはなんだというばかりで一向に決まらないため、アカネが勝手に自分達と同じものと適当な飲み物をチョイスして注文を済ませた。
「随分このあたりも変わってしまったでござるな……スノウ殿が住んでいた場所は、どんな感じだったでござる?」
「一応町ではありましたが、小規模な村のようでもありました。昔からの風習が濃く残っていて、それ故に魔女を憎む気持ちが強い。寒い季節になって、私がユキメノコに進化したとき、転んでしまって勢いよく地面に手をついたら、鋭い水晶のような氷が幾つも発生して……それを他の住民に見られてしまったものだから、私は両親を残し、吹雪の島へ逃亡しました」
「それは大変だったであろう。しかし、吹雪の島とは真に不思議な島でござる。氷の中に閉じ込められていたとは言え、拙者はあの時と殆ど変わらない」
「…………私も、あの島に入ってからというもの、まるで成長が止まったかのようでした。結局そのまま、何故か何百年も生きてしまっていたのですがね……」
少々申し訳なさそうな顔をしながらスノウは口を開いた。しかし、時代に置いていかれた者同士、本当に息があっていて不思議なものである。ケンシンはこのことを恨んでいるかのような様子は全く無く、スノウは申し訳なさを感じながらもひどく沈み込んでしまうこともない。
「あ、そういえばアカネ。ケンシンが落としてたあの石」
「……完全に忘れてたわ」
そう言ってアカネはバッグを弄り、そしてその中から小さな石を取り出した。くすんでいるが赤い石である。それをケンシンに手渡すと、彼は微かな笑顔を浮かべながらその小さな石を鋏で優しく挟んで言った。
「何故、これが拙者のものだと?」
「まぁ、こっちも色々あるから気にしないでよ。しかし、なんでそんなもの落としていったの?」
カイトがアカネのことについて少々誤魔化しを咥えながらも疑問を口に出した。ケンシンはじっとその石を見つめながら、何かを思い出す様に黙り込んでいた。スノウは目を真ん丸にしながらそれを見つめている。監禁され監禁した二匹とは思えない程の距離感である。親近感、というやつなのだろうか。
「これは、拙者のお守りのようなものでござるよ。あの時の拙者は、拙者に何かあった時これを目印として誰かが見つけてくれるのではないかと思っていたでござる。……お主らがこれを見つけたという事は、時をかなり超えてではござるが、これは役に立ったという事でござるね。何とも、不思議なことでござる」
ふぅん、とそんなに興味はなさそうな様子であるが、一応アカネはその説明を聞いて何か思うことがあったようである。カイトはそんなアカネを盗み見ながらクスリと笑うと、二匹に問いかけた。
「ところで、二匹はこれからどうするの?ケンシンはギルドに泊まるとして、スノウは?」
「……この場所は、本当に平和なようです。泊まれるのならば、私はどこでもいいです。どうせなら路上でも」
「それはいかんでござるよ!スノウ殿のような若く美しいおなごが路上などで寝るのは良くないでござる」
「……私、強いですよ」
ムッとしたようにスノウは目を細めて腕を組んだ。いや、そういう問題ではない。そんなシュールな会話に苦笑いを浮かべつつも、それはどこか、出会った頃のクロッカスの二匹のようにも見えた。アカネもカイトもお互いがお互いの出会った頃を思い起こす。今となってはいい思い出である。が……。
生活は。仕事は。考え出すと問題点は多いのだが、どうするつもりなのか。
「とりあえず、連盟に連絡して支援を要請しよう。住処が決まるまではパトラス殿のギルドに滞在するでござるが、パトラス殿がよければ拙者の部屋に泊まるでござるか?申請が通るまでは拙者がスノウ殿の分も稼ぐでござる」
とんでもないことを言いだすポケモンである……が。アカネもカイトも、自分達もそう変わらないことをしていたため口を挟むことは出来ない。おそらくケンシンも、チーム結成したての頃の二匹のように単純で純粋な気持ちの筈である。
「そんなこと」
「スノウ殿はここに慣れることからでござる。拙者は大丈夫、ポケモン達とはすぐ仲良くなれるタチゆえ!」
「……それは、すごいです」
かみ合っているような、かみ合わない様な。そんな会話をしている最中、レイチェルがお盆を二つリボンのような触手に載せて運んでくる。立ち込める甘い匂いに誘われ、スノウはお盆の上に視線を釘付けにする。
「おまたせいたしました、ホットカフェオレになります」
「かふぇおれ」
「モモンパイもどうぞ」
「ももんぱい」
これが、と。何とも興味深そうな顔でお盆をのぞき込む二匹を尻目に、アカネとカイトはさっさとテーブルの上の物に手を付け始める。木製のフォークを器用に使い、コップを手にもって縁に口を付ける。その一連の作業を見て、スノウはそっとフォークを掴むと、さくりとモモンパイを横に切って突き刺し、そのまま口に含んだ。
「甘い。これは……甘くて、おいしいです」
にっこりとスノウは微笑む。怪しくない微笑みを、この場にいる三匹は初めて見たかのような感覚である。ぎこちなくはあるが口の中にモモンパイを放り込んでいくスノウの顔は、とても幸せそうだった。
「おぉ、スノウ殿なかなかでござるな!拙者全くふぉーくの使い方がなってないでござる!竹串はないでござるか?」
「無いです」