第一章 さらば、日常
5話 いつの日にか
 『悪の大魔王』の子分たちを全員倒した後、クロッカスは合流するとお互いの姿を認識した。カイトは少々ボロボロではあるが、アカネを穴の下で受け止めた際にできた擦り傷と砂埃、そしてクレークに付けられた軽い傷。アカネに至っては砂埃を落とせば特に外見に変化が無い様子だった。
「アカネ凄いね。傷一つないじゃない」
「いや、私の場合は数が少なかったわけだし……オレン絞っとく?」
 アカネはバッグの中からオレンを取り出し、それを半分に割るとカイトに手渡した。お互い、体力の消費は少ないようである。半分だけで十分だろう、と判断したのかカイトもそれ以上何も言わなかった。オレンに握りつぶすと、青い汁を腹部や足のかすり傷に塗った。アカネはそのままポリポリとかじると、『悪の大魔王』とその子分に向き直る。
 ペリーは冷や汗を垂らしながら満面の笑みを浮かべていた。表情と雰囲気の矛盾が強い。『悪の大魔王』ことパトラスは、何を考えているのか分からない表情をぼんやりと浮かべている。ただ、ペリーは良いとして、パトラスの表情が読めないのは少々痛い。相性的に有利なアカネはペリーを担当するとして、カイトはおそらくパトラスを相手にすることになるだろう。アカネが早々にペリーを落とすことができれば二匹で向かうことができるのだが、とはいえペリーも相当な実力者。それはラプラスと出会う前に確認したことである。
「お、おぉぉ……英雄達よ、我らの子分を軽々と倒すとは中々の強者である。つ、次は我らが相手だ。我らと対峙したからには、もうお前達はここから出ることは出来ないだろう!!!」
 は、は、はっはっはっは!!と、冷や汗をダラダラ垂らし、半目を晒しながら高笑いを始める。なんだか怖いので、ペリーとはさっさと戦闘を始めてしまおう。二匹は頷き合うと、アカネはペリーの方へと飛び出した。『電光石火』を使い、光の速さでペリーの胸元へと突っ込んでいく。しかし、そこはペリーだ。一度スイッチが入ってしまえばもう弱々しさなどは無い。ペリーは半目だった瞼を勢いよく持ち上げると、アカネの電光石火を避けて宙へと舞い上がった。唐突な行動に、ひらりと彼の鮮やかな羽根が舞い落ちる。
 カイトはパトラスと向き合うと、彼の動向を見つめた。しかし、彼は動かない。視線さえも一切動かさず……否、どこも見ていない。ただぼうっと正面を向いているだけのように見えた。これはもしや……。
「寝てるなぁ…………」
 寝てるなら仕方がない。『試験』という建前であるにも関わらず、あちらが戦闘中に睡眠をしているのはある意味あちらの落ち度である。実際の戦闘でも『催眠術』などを利用し相手の動きを封じることは多い。
 カイトは地面を強く踏み込み、腕を前に突き出した。『炎のパンチ』だ。先ほどクレークと戦った際の衝撃が少し残っているが、彼の腕は轟々と青と赤が入り混じった炎を纏いパトラスに向けた。
 『炎のパンチ』は、彼の腹部に命中した。しかし、彼は動かない。足を地面に引きずることも無く、彼は大きくあくびをして目が覚めたかのようにカイトを見下げた。弾力のある腹に押し込んだ拳が跳ね返される。ダメージを全くと言っていいほど受けていない様子だ。ただ、目覚ましには丁度良かったのだろう。パトラスは軽く瞼を擦ると、その腕を振り下ろしカイトの頭を狙って攻撃した。
「っ……!!」
「あれ……。あっ」
 試験中だった。忘れてた。とでも言うような顔を一瞬だけ浮かべ、パトラスは素早くカイトの背後へと移動した。カイトはというと、反応が遅れて一歩退くもその先は壁だ。パトラスは大きく息を吸いこむと、『ハイパーボイス』を口から大いに繰り出す。カイトは思わず耳を塞いだ。鼓膜が破れそうだ。それでもまだ、本気を出している様子ではない。そんな必死そうな顔はしていないのである。
 アカネが隣の戦地から聞こえる爆音に耳を塞ぐ。ペリーはこの程度、慣れた物なのだろうか。この爆音にも一切動揺を見せず、『アクロバット』を繰り出してくる。アカネは両耳を押さえながらそれを避けると、体に力を込めた。変な体制の所為で安定しないが、『十万ボルト』を繰り出す。パトラスのハイパーボイスが止み、ペリーはするりと攻撃を避けた後に笑いながら叫んだ。
「どうした!?コントロールがへったくそだなぁ!!我らに恐れをなしたのかぁ!?」
 …………。
 ……………………は?
 こんな分かりやすい煽りに乗るアカネではない。筈ではあったのだが。
 それを自分に向けて言い放っているのは他の誰でもなく、ペリーである。あのお喋りで皮肉屋なペラップ。何かと自分たちのやることなすことに口を挟んでは荒らしていく、あのペリーなのだ。
 その彼にそんなことを言われたと理解した瞬間、アカネは何とも形容することが出来ない、ただ本能で感じるような『怒り』を自分の中に感じた。その質量の増加は留まることは無い。アカネの感情の蓋をこじ開け、外へと溢れ出していく。
「ひっ!?」
 シュー……とアカネの放った電撃は弾丸の如くフワフワと宙に浮いているペリーの頬スレスレを通り過ぎていき、そして壁に衝突した。ペリーの中の時間が一瞬だけ停止する。背後にある壁はアカネが撃ち出した電撃の所為で壁が削れ、シューシューと不気味な音を立てていた。
「……ちょっと調子乗りすぎてない?」
 殺意とも取れるような感情をアカネの赤く輝く瞳の中に感じる。アカネの感情は怒りという感情に絞れば分かりやすい。怒りを持てば目の奥が赤く輝き、そして普段は目の奥が青みを帯びている。
 とはいえ、一応ギルドの副総長であるペリー。パトラスに何かあれば間違いなく次のギルドの看板を持つこととなるだろう彼は、立場的には多少調子に乗っていても良いポケモンではあるのだが……アカネにはそんなことは関係ないのである。
「くっ……う、うるさぁい!!」
 『鋼の翼』ペリーが翼を一振りすると、鋭く銀色に変色した羽根がアカネの方へ勢いをつけて向かって行く。アカネは尻尾に意識を集中し、性質の変化をさせると『アイアンテール』で『鋼の翼』を弾き飛ばした。キン、と金属同士がぶつかり合う不快な音が響く。アカネは仕返しと言わんばかりにバッグに手を突っ込み、『銀の針』を掴むと、一瞬だけそれに強い電気を込めてペリーに投げつける。その小柄な体にどうしてそこまでの力があるのだろう、とさえ思える程銀の針は素早く飛んでいく。
 ペリーは翼をもう一振りし、『鋼の翼』でそれを撃ち落とした。再び金属のぶつかり合う音が響く。お互い一筋縄では行かないが、ここを早々に抑えなければカイトがやられる。
 アカネは『電光石火』で勢いをつけて走り出すと、壁に足をかけて素早く移動を始めた。ペリーは空中にいる。確実に電撃を当てることが出来る距離まで。そんな気持ちで壁の上を走って移動する。
「ふん!!わたしゃね、ただのペラップだと思ってもらっちゃ困る!こんな技も使えるんだからね!!」
 ペリーが壁を昇っていくアカネを睨みつけ、何かを口ずさみ始めた。歌だ。子守歌のような、しかしどこか普通ではない色を持つ歌だった。ペリーが歌っているとは思えない程に透き通った声だったが、何の技なのかわからない。
 『催眠術か?』アカネがそう思った瞬間、頭の中がとろりと溶けていくような、そんな何とも言えない感覚に襲われた。アカネは思わず足を止めて地面に着地する。早く動かなければならないとわかっている筈なのに、頭も働かない。体も動かない……催眠系で間違いない、筈なのだが。
 ふと頭に浮かんだ技がある。これはまだ一度もかけられたことが無いが、催眠系の中でも、これは。
「っまさか、メロメ…………」
 最後まで言い終わることは出来なかった。アカネは何も口に出す気が起きず、ただぼうっとペリーを見つめる。顔がほんのりと暖かくなっていくのを感じた。何故だかとてもペリーが魅力的なポケモンに見える。大きな翼を持ち、切れ長の瞳と青い美しい体。いつか見た『ホウオウ』というポケモンに匹敵する、否。それ以上の美しさに思えた。
 強い胸の高鳴り。心臓に手を当てなくてもそれが分かった。
 その美しい鳥ポケモンが、ふわりと空からアカネの方へと降りてくる。そして……。
「ぬわぁあぁぁぁああぁ!!?」
 悲鳴を上げながら、巨大な炎の柱に撃ち落とされた?
「ちょっっっとぉ!!!?」
「……あっ。か、カイト」
 パトラスはどうしたのか。先ほどよりもさらにボロボロになった体で、とても何か言いたそうにカイトはアカネとペリーの方を見詰めていた。擦り傷がかなり痛そうだが、本人はそれどころではないらしい。ペリーに言いたい事があるのか、殺意の籠った目でペリーをぎろりと睨む。
 アカネはスッと頭が冷えていくのを感じた。心臓の音も全く気にならなくなる。目の前に転がっているのは丸焼けのペラップだけである。何が美しく大きな青い鳥だ。黒焦げで変な頭のインコじゃないか。
 アカネにかけられた『メロメロ』が解けた。つまり、ペリーはこの時点で既に戦闘不能であるということだ。 
「アカネ何してんの!!」
「いやアイツが…………あいつが……!!!」
 醜態を晒した。まさかペリーに対して『メロメロ』状態になるとは。ボロボロで目を回すペリーにもう一度『雷』でもお見舞いしてやろうかと思ったが、ふとカイトの姿を見て思う。パトラスはどうした。
「あんた、パ…………悪の大魔王は…………」
 ちらりとカイトの視線の先を見る。カイトも一応頭を切り替えたようだ。一度カイトの攻撃を受けたのか、大の字になって転がっているパトラスを見た。
 しかし、明らかに戦闘不能という意味で倒れていない。大きなおなかをふわふわと膨らませたり萎ませたり。翡翠色の目は明らかに横目に二匹を捕えていた。
 罠か?とアカネが勘ぐる間もなく、彼はよっこいしょ、と立ち上がると、二匹の方を見据えて感情の読み取れない目をして口を開いた。
「先程のパンチ、中々見事だったよ。フフ、つい我も気を失ってしまったさ。くくく……」
 いや、設定ブレブレか。二匹は冷や汗をかきながら目を細めたが、そうは言うもののパトラスにカイトの攻撃はほぼ効いていなかったと言ってもいいだろう。否、二匹揃うまで戦う気があまり無かったとでもいうのか。パトラスは今になって、『戦闘をする』という意思を表し始めていた。
 二匹が揃った時、一体どんな風に戦うのか。それを見てから、『卒業』できるかどうかを確かめる。ペリーを一撃で仕留め、そして不利な相手にも対応し切るほどの頭の回転率。正直、ここまででももう認めてしまっても良かった。
 ただ、実際に二匹の闘いを受けて知りたいことがある。それだけだった。
(ここからは僕の興味本位だけど……とくと見せてもらうよ)
「カイト、お願い」
「了解」
 それだけで判断がついたのか。カイトはアカネを腕に抱えると、宙へと勢いよく放り投げた。それは、アカネが自力で飛び上がるよりもはるかに安定していた。アカネは空中で軽く体制を整えると、パトラスを狙い撃つように『十万ボルト』を繰り出す。
 ハイパーボイスでかき消されてはおしまいだ。それどころか、ハイパーボイスは十万ボルトをかき消すだけではなくアカネ自身を襲うだろう。カイトは巻き込み覚悟でパトラスの巨大な体へ突っ込んで行った。めらめらと青と赤に輝く炎を手に宿し、強く握りしめてパトラスの体に打ち付ける。
 彼は反撃などするつもりはない。避けるだけで……と考えていた筈だったが、如何せん早い。とにかく素早い。上から降り注ぐ電撃も、カイトのスピードも、全てが桁違いに感じた。
 避けきることは出来ない。そう感じたパトラスは、『ジャイロボール』を繰り出しカイトを退け、電撃を回避した。
 ただ避けるだけではおそらくパトラスの体がもたない。そう判断し、やむを得ず攻撃を繰り出した。『往復ビンタ』を繰り出すと、カイトの目の前に勢いよく突っ込んで彼の体に打ち込んでいく。しかし、カイトは彼の素早い攻撃を避けながら自分と彼を引き離していく。そして、気が付けばアカネに背後から回られているのである。
(早い!!)
 アカネのエレキボールがパトラスの背後を襲った。エレキボール。確かに強力な技ではあるが、ボールの一つ一つにそこまでの威力は無かったと記憶している。実際に受けてみると、どんなものなのだろうか。
 また彼の好奇心が出てきた。この距離ならある程度避け切れたが、あえて避けずにそれを背中で受け止める。耐久力にはかなりの自信があるのだ。背中を襲う激しい衝撃を堪え、アカネが一瞬油断した隙を狙う。背中を向けてはいるが、体に強い力を籠め、そして彼女の位置を正確に把握したうえで『捨て身タックル』を繰り出す。あくまで、避けられる前提、ではあるが。  
 予想通り、アカネは唐突な攻撃でも迷いなく避けた。パトラスは捨て身の攻撃によって地面に体を打ち付け、『イテテ』と軽く声を漏らす。
  無防備なパトラスに、カイトは加えて攻撃した。『火炎放射』である。腹を丸出しにしているパトラスは隙だらけで、カイトは火炎放射を彼に放った。

(もう……いっかな。十分だ。十分わかった。この二匹は今は僕に勝てないけれど、いつか……それも決して遠い日じゃない。きっと僕を超えるんだろう。 
 卒業する資格を持っている。それで十分だ)
 
 パトラスは炎に包まれ、一見すれば火炎放射をモロに受けたように見えるが、その実は『守る』によって透明な壁で自分自身を守っていた。
 火炎放射が消失した後、パトラスはわざと起き上がれないような演技をし、空中に手を伸ばした。『や、やられたぁ〜〜〜』などという白々しい言葉が口から零れる。
「みんなぁ〜〜!!にげろぉ〜〜〜〜」
 その言葉が合図かのように全員が勢いよく起き上がり、悲鳴を上げながら穴の上へと飛び出していく。よく見れば穴の入り口からグーテが縄梯子を五個程下ろしていた。彼らはそれを這うように昇っていき、穴から脱出していく。
 しんと静まり返った穴の中で、アカネとカイトはキョトンとした表情でただ空を見つめていた。
「…………やられた、ね。嘘おっしゃい」
 パトラスが本気ではなかったのは目に見えて分かっていた。アカネやカイトの攻撃をわざと受けたことも分かっているし、全く攻撃が響いていなかったことも知っている。彼の様子を見ていれば、殆どが演技によって成り立っていたのは分かる。
「……でも、パトラスが負けを認めたって事は、難関突破って事だろうね。
 ていうか、アカネさ。ペリーにメロメロ掛けられてってあれ…………」
「あーーーもう。それ言わないでくれる!?とんでもない醜態よ。完全に恥かかせてやるって顔してたし…………!」
 次は恥ずかしさから思わず顔が熱くなるが、その分瞳の奥も赤く輝いていた。そんな彼女を見ながら、目の奥を暗くしたカイトが微笑む。
「けどアカネ、あの時可愛かったよ」
「…………まぁ、助かったわ。ありがと」
 彼女も、まさかその言葉に皮肉が籠っているとは思っていないだろう。口に手を当てながら、彼女はカイトに礼を延べる。そう言われるとカイトは満足そうに再度笑みを浮かべながら言った。
「さ、上に昇ろう。宝っていうのを取りにいかないとね」
「そうね…………疲れた」
 二匹はそれぞれ別の梯子を伝って穴の外へと脱出した。上から見れば結構深めな穴である。その上、暗闇の中で攻撃しようとしていたのだ。凄まじく容赦ない試験内容に二匹は苦笑いしつつ、それは過去の事として歩を進め始める。


ミシャル ( 2019/07/13(土) 21:21 )