4話 きっと誰よりも
戦いの火蓋は再び切られた。
『悪の大魔王』の手下と名乗る数匹のポケモン達は皆、『クロッカス』を囲いこむようにして近づくと、一斉に攻撃を開始した。二匹は頷き合い、それぞれ散らばるようにして全員の攻撃を回避しながらポケモン達を二か所に集めていく。すると、『悪の大魔王』の手下と名乗るポケモン達は皆、予めそれが決められていたかのようにカイトの苦手なタイプのポケモン、アカネが苦手ないタイプのポケモンという具合に別れていった。
なるほど。事前に行っていた『会議』というのは、このようなことを話し合う為に行っていたのだと思われる。全員が目薬の種を食べているからだろうか。目がギラギラとしていて、いつもよりも数倍の威圧感がある。
威圧感があるのも無理はない。メンバーたちは皆本気で襲い掛かってきていた。クロッカスの二匹もまた、初めて本気の彼らを見た気がした。勿論パトラスの弟子達一匹一匹が強いのは知っていたが、まさかそのほぼ全員を相手にすることになるとは。流石探検家たちである。仲間であっても容赦ない攻撃を繰り返すのだ。
カイトのところには主にドゴームのゴルディやグレッグルのクレーク、ヘイガニのヘクター、ダグトリオのアドレーなど、男性陣の中でも特に力が強い者や相性の悪い者が。そして、アカネに付いているポケモンは女性陣が多く、キマワリのフラーとチリーンのベルもそちらについていた。ディグダのトランなど、比較的体が小さいであろうポケモン達で構成されている。
パトラス……『悪の大魔王』と、その子分は何やら高みの見物であろうか。穴の隅に腰かけ、ちゃっかりひざ掛けまで用意している。そんな様子で、アカネとカイトが技を受けながらも回避していくのを楽しそうに見つめていた。成程、全員を倒すことが出来れば彼と戦えるという訳である。
カイトが一番最初に攻撃したのは、『はさむ』でカイトを狙ってくるヘクターだった。その大きなハサミでカイトの首元を狙ってくるが、カイトは寸前で身体を屈めて回避すると、そのまま勢いよく踏み出しヘクターに『切り裂く』を仕掛けた。ヘクターの口の下にモロに攻撃が入った所で、『火の粉』をヘクターに至近距離から食らわせる。特に苦手なタイプでも無い筈なのだが、『切り裂く』が効いたのだろう。目を回しながら床に伏せた。
そして足元に違和感。勢い良く飛びのくと、先ほどまでカイトが居た場所からアドレーが勢いよく土を飛ばしながら顔を突き出していた。『穴を掘る』である。カイトはすかさず『弾ける炎』を口から噴き出すと、アドレーに命中させた。
「ぐっ……」
アドレーの呻き声が響く。そして、『弾ける炎』によって弾けた火の粉が近くにいたゴルディにも飛び火した。『あちっっ!!!』と大袈裟な声を上げると、目くじらを立てている様子のゴルディは『超音波』をカイトを狙って放った。
「混乱しとけッ!」
「やだね!」
『超音波』がカイトに届く前に、彼は炎の渦を大量に口から噴き出すと全身を炎で覆った。轟々と炎の燃え盛る音が響き、『超音波』は乱されかき消される。ゴルディが驚いている間に次の攻撃がなされた。轟々と燃え盛る炎の渦の中から唐突に巨大な炎の柱が横に一直線に突き出してきたのである。
ゴルディは何とか回避するものの、強烈な熱気に思わず呻き声を上げた。すると再び声がした方を狙ったかのように巨大な炎の柱がゴルディを貫かんと襲い掛かる。
カイトの『火炎放射』である。
ゴルディは『ハイパーボイス』で相殺しようと向かってくる火炎放射に向けてそれを放ったが、一瞬の手応えで気づいた。相殺などできる訳がない。あちらの方が圧倒的にパワーもエネルギーも上なのである。
そうしている間にゴルディの体は炎に飲み込まれ、それが消えた後には体を少々焦げ臭くしたゴルディが目を回して倒れていた。
ケホ、と口の中に残ってしまった火種を吐き出すと、カイトはすぐさま次の相手に目を向けた。今まで見た中では一番素早い。いつもぼうっとした様子のクレークは、目にもとまらぬ速さでカイトの方へと突っ込み『毒突き』を食らわせようと両手先をナイフのようにカイトに切り付ける。
青紫色に輝く指先がカイトの鼻スレスレを通過していく。ギリギリで避けると、カイトは両手に強く力を籠め、そして強烈な熱気を発生させた。赤く、青く。彼の手に宿る光は炎である。『炎のパンチ』で、一度クレークの『毒突き』を受け止めると素早くもう片方の手を彼の横腹へ滑り込ませる。その企みは彼も同じだったらしく、クレークもまたカイトの横原を狙って突きを繰り出した。
「ぐっ……」
カイトが下へ滑り込ませた拳は空回り、そしてクレークの『毒突き』がカイトの腹部を掠った。ダメージはあまり無いが、しかし彼は素早い。カイトとクレークはほぼ互角と言っていいほどの素早さを以って争っていた。
「話に聞いた通りの怪力だな、アンタ」
クレークは機嫌が良さそうにそう言ってカイトに受け止められた方の手をフラフラと揺らす。痛い、という意思表示らしい。トレード店の前にいる彼とは違い、どうやらかなり気分が高揚しているようだ。いつものニヤつきは更に深いものとなり、とても不気味だ。
「君こそ……強いね」
クレークはおそらく、渋々という具合にこの『卒業試験』における悪の大魔王の手下を引き受けたのではなかろうかと思われる。彼の性格的に、このようなものに興味を示すとは思えない。彼は自分がクレークだということを隠す気が無いのか、平気でカイトの事を元々知っているかのような口調で話しかけてくる。
カイトは格闘戦は辞め、目を閉じて顔を少し上に向け、口から空気を大きく吸い込んだ。クレークが正面で動いている気配がする。こちらに近づいてきているようだ。しかも、とてつもないスピードで。
カイトは大きく、そして深く息を吸いこんだ後、勢いよく目を見開く。クレークとの距離がギリギリまで、手を伸ばせば届きそうな位の距離まで近づいた。
「動かねぇならこっちからいくぜ、グヘヘ」
クレークの両手は再び毒々しい紫色に光り輝く。それが閃光が如くカイトの目の前に振り下ろされる。
カイトは溜めたものを全て口から吐き出した。ただのヒトカゲの火炎放射ではない。恐ろしく赤く、そして轟々と燃える炎が口からとてつもない勢いで吐き出された。クレークとの距離は近い。クレークの指先がカイトに触れる直前、クレークは火炎放射をモロに受けて吹き飛ばされる。ほぼゼロ距離での攻撃の為、カイトは自らの攻撃の反動で少し飛ばされたが、どうにか踏ん張って持ちこたえると、流石にヒリヒリと痛む口元を腕で擦った。アカネを受け止めた時にできた傷しかなかったような体は、今は傷やほこり、土にまみれていたが、大体が自分の攻撃の反動で受けた傷である。無茶な戦い方をしてしまった、と目の前で少し焦げたような見た目のクレークが目を回しているのを見て反省した。
一方、アカネは女性陣などを相手に闘いを繰り広げる。
「気を使ってくれてるのかしら。女の子が多いみたいだけど」
アカネは微かに笑うと、いつものように尻尾を地面に叩きつけ、バネのように上手く使って自分の体を空中へと放り出した。空中で上手くバランスを取りながら頬袋の電気をパチパチと鳴らすと、光がまるで数多の流星の如く落ちていく。『十万ボルト』を四方八方にまき散らした。トランには影響がないとしても、まず宙に浮いているチリーンのベルを地面に落とすにはそれが一番であると判断した。
ベルはするすると避け切ったが、それを避け切れなかったのはフラーだった。フラーには素早さは無い為、落ちてくる十万ボルトから逃げ惑うようにしていたものの、バチバチと頭上に電撃が走りそのまま転倒する。チャンスだ、そう思いアカネはフラーを狙って『エレキボール』を放った。
「キャー!!!ですわーーー!!」
悲鳴を上げながらフラーは向かってくるエレキボールに目を塞いだ。しかし、それを邪魔したのはベルである。彼女はサイコウェーブを放ち彼女をエレキボールから守った。エレキボールはサイコウェーブと衝突して相殺し合う。煙や砂埃が立ち込めたが、フラーは無事だった。
そして、次の瞬間着地したアカネの足元がもぞもぞと蠢く感覚がした。アカネはすかさず再び地面に尻尾を叩きつけると空中に舞い上がる。そして『穴を掘る』を繰り出したトランが勢いよく顔を突き出してアカネがいたであろう場所を攻撃してきた。
しかし、そこにはアカネはいない。『穴を掘る』によって何者かにダメージを与えた手応えもない。
「あれ?……!!?」
バン、と頭上に何かがめり込むような感覚。アカネは空中から勢いよく『アイアンテール』をトランにぶつけていた。幼いトランは咄嗟の事に対処することが出来ず、それをモロに受けて目を回してしまう。アカネ自身、彼の年齢のこともあってかなり配慮はしたつもりではあったが、かなり強く入ってしまったのかトランの頭にはたん瘤ができていた。
彼が目を回してしまったという事を確認するとすかさずフラーをロックオンした。しかし、フラーも体制を立て直していた。フラーは少し怒ったような顔をして植物の葉のような形状をした自らの両手を振ると、大量の花びらを発生させる。『花びらの舞』である。
「くっ……」
大量の鋭い花びらがアカネを攻撃しようと舞い踊っている。アカネは全身に少し力を入れると、パチパチと頬袋から音を鳴らしながら再び電撃を放った。
『十万ボルト』がフラーの『花びらの舞』を包むようにして飛び込んで行く。突如、エネルギーのぶつかり合いにより軽い爆発が発生し、その双方は打ち消し合ったものの、穴の中の一部に煙が立ち込めた。
フラーはけほけほと咳をしながら周囲を見渡すが、煙幕に包まれておりアカネの姿を捕えることが出来ない。しかし、確か先ほどはそこにいた。そう思い、試しに『葉っぱカッター』を先ほどアカネのいた場所に放つ。
しかし、手ごたえは無い。
「フラー、後ろよ!!」
ベルの声が頭上から響く。『後ろ?』と思い勢いよく振り返ると、時すでに遅し。アカネは『電光石火』で素早く彼女の後ろに回り込み、そのまま彼女の体に強く衝突した。想定していなかったその攻撃を受けた時のフラーの背中はとても無防備で、フラーは電光石火を受けた上に軽く電気を流し込まれ『麻痺状態』に陥っていた。
不味い。これは不味い。
「悪いわね」
アカネは最後にそう言うと、ビリッ、と先ほどよりも一層強い電気をフラーの体に流し込む。『電気ショック』だ。フラーは電流を流された瞬間に糸が切れたかのようにプツリと意識を失い、そして他のポケモン達と同様に目を回して倒れ込んだ。
「フラー!!」
駄目だ。フラーが戦闘不能になったことを確認したベルはすぐさまアカネに視線を向けた。
「あれ?」
アカネがいない。先ほどまで伸びたフラーのすぐ傍にいた筈が、姿が見えない。しかし、誰が倒した記憶もないし穴の上にこの一瞬で登っていけるわけでもないだろう。一体何処へ行ったのだろうか。
気が付けばカイトの方を担当していたポケモン達はほぼ伸びてしまっている。カイトがクレークと激しい格闘戦を繰り広げていたところだった。
嗚呼、この二匹はきっとこの場は潜り抜けられるに違いない。その先が問題だけれど……そんな風に場に似合わず妙な余韻に浸っていた時だった。
背後に何か気配を感じた。自分は空中にいるのに、と思い振り向くと、アカネの尻尾が顔スレスレのところまで迫っていた。軽く悲鳴を上げて避けると、アカネは惜しそうな表情をしながら地面へ着地する。スピードが速い。とにかく早くて無駄がない。
「っ!!」
『サイコウェーブ』を放つと、アカネは当たり前のようにそれを避ける。すぐさま尻尾を勢いよく振り『エレキボール』を三つ出現させると、それに追い打ちをかけるように『十万ボルト』をほぼ同時に放つ。ベルはエレキボールをどうにか避け切るが、後ろから迫る『十万ボルト』は避け切ることが出来なかった。体を霞める形でびりびりとした感覚が全身に伝わってくる。フラーと同じ、麻痺状態である。自分の体を浮かしていることは出来るが、上手くコントロールが出来ない。
アカネが地面を強く踏みしめ、『電光石火』でベルの体へと突っ込んだ。もう動くことができないのが分かっていたのだろう。傷一つないアカネの体はベルの体と強く衝突し、彼女の体を地面へと叩きつけた。
先輩だとわかっていながら容赦ない。軋むように痛む体を起こそうとするが、ベルの体は麻痺して動かなかった。アカネがベルやフラー、トランの方を一瞥してカイトの方へと歩いていく。容赦ない、とは言えども申し訳なさは感じているようだ。
二匹とも、そこまでのダメージを負っているようにはみえない。とは言え、次はパトラスと戦うことになるのだ。パトラスが勝つに決まっている、と思った。パトラスはおそらく、世界中のどんなポケモンよりも探検家としての実力、そして『戦う』素質があるポケモンだとベルは思っている。
それでも、ディアルガに勝利し、世界を変えたのは『クロッカス』の二匹だ。
なら、もしかしたらあり得るのかも?
ベルはどっちつかずの思考を行いながらも、眠る様に地面に体を預けた。