不安を胸に‐95
* * *
遠征メンバー発表、当日。ペリーはいつも通り、メンバーが起きだしてくる約一時間前、朝六時には起床し、朝礼場で自作ソング体操を行っていた。
「ギッルドーのあっかじッ挽回ッ挽回ッ!くろーじ天国万歳ッ万歳ッ!わったしーの給料ッ急上昇ッほいっちにーさんしィッ!」
大体その日の気分によって歌詞は異なるのである。ほとんどがペリーの思い付きと願望であり、体操の動きもただただ体をひねったり羽を動かしたりと、当たり障りない動きであった。
「……よっこいしょ、と。今日の唄の出来栄えも素晴らしいな♪そして良い朝だ……遠征にはもってこいだろう♪」
そう独り言を漏らすと、彼は体操の締めに、と首をグリグリと回す。まだ起床時間まで一時間。食堂の方では、ベルが早起きして遠征の途中に食べる予定の食料を一匹一匹のために小包や容器などに詰めているところだった。朝からよく働いてくれるなぁ。と、ペリーは心底感心する。今回の遠征が成功すれば、各所のギルドや探検隊連盟から讃えられるかもしれない。そうすればギルドの赤字完全挽回にもつながる可能性が……。ペリーの夢は膨らんでいく。
なんせ、今回の目的というのは、まだ誰も謎を解き明かしたことがないと言われている『霧の湖』の探索なのである。お宝や新境地に遭遇できる可能性に胸が高鳴る以前に、ペリー自身の探検家故である探求心が燻っていた。
「……ん。誰か起きてきたか?」
弟子たちの部屋の間にある通路から、何者かの気配がした。ペリーがいったい誰だ、と目を向けると、通路と朝礼場を仕切っているドアが何者かによって開かれ、紅色の目をした若きギルドの新入りポケモンがこちらに歩いてくるのが見えた。
「……リオンじゃないか?何だ、どうしたのだ?まだ起床時間ではないが……」
「とりあえずおはよう、ペリー。いや、個人的に少し用があってな」
「なんだ?用っていうのは」
ペリーは、なんとも言えない妙なリオンの威圧感を感じていた。確かにペリーの体はリオルであるリオンよりは小さいが、そういうことではない。その威圧感とは種族とは何ら関係ない、リオン自身に感じていた。結局何なのかはわかっていなかったが。
「もう遠征メンバーに入っているのは誰なのかは知ってるのか?ペリー」
「いや、私はまだ知らない。そこら辺は、時が来るまですべて親方様が管理されるそうだ。ちなみに親方様は未だにぐっすり……あ!フライングで教えるのは無理だからな?」
「あー。まぁ、無理があるのは、承知だが……一つ頼みたい事がある」
真剣な眼差しのリオンに、ペリーは僅かにだが戸惑っていた。その後のリオンの頼み事、というものに、ペリーはしばらく頭を悩ませることになる。
リオンはペリーに要件を伝え終えると、そそくさとギルドを出て行ってしまう。刻一刻と、メンバー発表は近づいてくる。
待ち望んだ発表に不安を抱くもの、喜びを感じている者、何か別の思いを抱く物、それぞれによって、穏やかに、足早に、確実に、時は流れているのだ。
* * *
いつもよりも張り切って目を覚ましてしまったドゴームことゴルディにより、メンバー全員は起床時間少し前になるといつも以上の大音量でたたき起こされた。
しかしながら、全員十分な睡眠をとっていたよう。目覚めはゴルディの大音量によってよいものではなかったものの、それによって耳がキンキンする以外には特に不調は見られない。
朝礼場に出てきたメンバーたちは皆、「いい朝だ」と感じていた。ペリーはすでに朝礼場に待機しており、パトラスは着々と準備を進めている。メンバーたちが唯一眉をひそませたのが、後ろの方に我が物顔で悪臭を垂れ流しているドクローズ達だった。完全にメンバーたちを見下し、ペリーはともかくとしてパトラスすら舐めきっている姿勢をメンバーたちの前では丸出しにしていた。しかし、彼らに媚びるだけ媚びられているペリーは、半ば洗脳状態にも見える。とにかく気づかないのだ。
「楽しみだけど不安だなぁ……うぅ、おなかがキュってした……」
「頑張ってたんだから受かるよ。大丈夫だ、お前は」
リオンはまるで何も知らないような顔をしてステファニーの隣に佇み、穏やかな口調で彼女に励ましの言葉をかけていた。そんなリオンの様子を、ペリーは奇妙な物を見る目で観察していた。彼は『理由』を述べてはいたものの、実際どういう考えであんなことを言いだしたのか、それはわからないが…………。ペリーはまたも困惑に迷い込む。
「……アカネ、受かるかな?」
「……受かるんじゃない?」
「受かるかなぁ…………」
「……受かるって」
「受かる……かなぁ……」
「受かr……ちょっとくどいんだけど」
一方チームクロッカスはといえば、カイトは意思をうまく定めることができず、所謂『負のジレンマ』状態となっていた。先ほどからアカネに同じことを何度も何度も質問し、アカネは面倒くさそうながらもそれにこたえている。にもかかわらず、どこか上の空である。
アカネは思う。昨日は落ちた場合の話ができるくらいには気持ちが安定していたのに、当日のこの状態はいったい何だろう、と。
特に重大な問題を抱えているわけではない……が。やはり彼の家柄上、これに受からなければとてつもなく落ち込み、気に病んでしまうのをアカネはわかっていた。両親の事で圧迫されない生活がしたい……そうやってカイトはこちらへ出てきたのだろうが、やはりどこかで『並びたい』という気持ちがあるには違いない、とアカネは推測している。
「……あいつ、相当緊張してやがる。あれで落ちればショックは相当だろうなぁ。それにあのイーブイ……弱っちィ癖に俺の発言誘導しやがって。ふざけんじゃねぇ……ククッ」
「あのイーブイ、顔は可愛いっすけどね……ヘヘッ」
「おいエター!黙っとけ!」
根本から気に食わないカイトの事や、以前ギルドでドクローズが紹介した際、カイトとのいざこざに対する自分の発言を操作したことのあるステファニーのことを、グロムは大なり小なり根に持っていた。
しかし、その発言の中にアカネのことを含むものは無い。
彼は、アカネに戦闘の中で“敗北”したことを認めたくはなかった。あのバトルには不自然な点が残っていることを彼はわかっていたのだ。そのことを部下に伝えるわけでもなく、ただふとした時に自らの頭の中で考えていた。
つまり、敗北を認めたくないながらも、グロムは自分自身がアカネより確実に強い、という確証を持つことができなくなっていた。勿論技のぶつかり合いのみならば、勝てる可能性は十分にある。それでも彼女の名前を出すことはなかった。
「……どちらが上か、遠征でハッキリさせてやんよ……ククッ」
自分より何倍も小さなピカチュウに対し、密かに言い放った言葉だった。
遠征メンバーに落ちればアカネ、もといクロッカスは敗北……受かったら受かったで、遠征中に叩きのめしてやる!
そういう意味のこもった笑みを、彼は微かに漏らしたのだった。