時の歯車と使者の影‐94
* * *
―――――――何者かが、地面を強く蹴り上げた。
闇夜が何者かの姿を覆い隠し、それに気づく者はその時、誰もいなかった。ただただ闇夜に隠された影が、目指す場所があるかのように、迷うことなく駆け抜ける。短く息をする音だけが響いた。
「っ……どこだ」
まだ若い男の声がどこからか漏れた。今走り抜けているこのポケモンの声かどうかは、声の主以外誰も知ることはない。
素早く走り抜けていた影がいきなり立ち止まる。この暗闇の中で唯一光を発する物をその目で見たからである。影は、自らの長い腕をその光へと伸ばした。
「あったぞ……!時の歯車だ、間違いない」
再び若い男の声が静寂にの中に響く。影、もとい男は『時の歯車』が発する青い光に照らされ、その姿を現した。
頭からまっすぐ、髪のように伸びている細長い葉のような、触覚のようにも見える一部分。腕に生えている鋭い三本ほどの葉。鋭く、何かを貫くような瞳。緑色の体。鍛えられ、引き締まった肢体。
それはジュプトルという種族のポケモンであった。
「これで二つ目……か」
その男……ジュプトルの表情は険しくなった。少しずつ欲するものを得ているからこそ、この先絶対にヘマなどするものか……。彼は、迷いなく『時の歯車』に手を伸ばす。自らの指先が、掌が、しっかりとそれをとらえたのを感覚的に確認したと同時に、一気にそのまま腕を引いた。歯車はその場から引き離されたと同時に、光を失う。
ガラガラと何かが崩れ行くような音が聞こえる。先ほどまで静かだったその場所に、殺気が立ち込めた。
やがてこの地の時は停止するであろう。時の歪みの渦に巻き込まれれば、生命体であろうともどうなるか……。
どうか、許してほしい、そう彼が願った刹那、暗かった一帯の闇の濃さが増した。この地域の時の停止が始まった……と。そう察したジュプトルは、時の歯車を手から離さぬように握りしめた。
「……必要となる時の歯車は、残り三つ……!」
彼は再び地面を蹴り上げると、誰にも見られるよう、闇に紛れ素早くその地を去っていく。
噛みしめるようにその言葉を発し、手の中にある時の歯車に、より一層意識を向ける。
世界の核である重大なものを『盗んだ』その男、ジュプトルの名を、ルーファスと言った。
時の歯車は、彼の掌の中で微かに輝く。まるで、彼の行為を讃えているかのように。