馳せる思い‐93
仕事が終わり、ギルドに帰省して一番に僕たちが向かったのは自分たちの部屋だった。ふわふわの毛布とふかふか藁のベッド、そして適度な温度。僕は少し熱いくらいが一番好きだ。
珍しく僕よりも先にベッドに雪崩れ込むように倒れたのはアカネだった。すぐさま毛布を手に取ると体に巻き付けて丸まってしまった。相当付かれたのだと思うが、このあとすぐに食堂で夕飯を食べなければならない。相当な理由がない限り、夕食も朝礼と同じように一日の必須項目である。その前に眠ったらペリーが煩いだろう。
「アカネ、もうちょっとだから起きてて……」
「……夕飯、起こして」
「ずるいよ!ずるいよアカネー……」
揺さぶりたい衝動に駆られたが、いや待て、相手は女性である。軽々しく眠っているときに触ってもよいのか、と、疲れ切った体と頭を共同でフル回転させていた。しかし、よくよく考えればそんなの今更だ。揺さぶるくらい今までも何度かやっていた気がしていた。
「起きてよ、僕だってほんとは……あー……」
揺さぶろうと手を伸ばしたが、寸前で手が動かなくなる。嗚呼、もう。あーもう!とばかりに、手の先をぶんぶんとアカネの顔の前で振ってアピールしたが、すぐにコロッと寝てしまった。
そんなことをしている間にちりんちりん、と鈴の音が響いた。食堂に行かねば。
「アカネ、夕飯!起きて!」
「……わかった、わかったから」
眠りが浅かったらしく、アカネはすぐに目を開けてだるそうに立ち上がった。いつも朝礼をしている場所の方から『ペリーから重大発表があるそうだから絶対来い!!』と、ゴルディが叫んでいるのが聞こえた。彼も体調がある程度戻ったのだろうか。まあ、大いびきをかいていた張本人だからな……と、恨めしく朝礼場の方を睨む。
食堂の方へ向かうと、いつも通りの食事が用意されていた。今日も争いになるのだろうな、と思いつつペリーからの『重大発表』とやらを待っていた。おそらく、遠征のことだ。昨日イベントがあったばかりなのに、やたら早いなと思う。
「発表まで待たなきゃとかしんどいでゲス……」
「もう全員そろってるのにねー。おなか減ったなぁ」
グーテとステファニーがグチグチ文句を言い合っているが、リオンは何か考え事をしているようだった。しかし、僕たちと同様眠たいだけかもしれない。
実は、僕たちがリンゴの森にセカイイチを取りに行ったのはいいが、ドクローズが自分たちを罠にはめたのだ、と密告しようとしたが信じてもらえず、夕飯抜きになったことがあった。
その日僕たちは食堂にはいかなかったが、どうやらペリーが『近々遠征メンバーを発表する』と宣言していたらしい。それは少し後になって知ったことだ。
「……あー……みんな。待たせてすまんな」
おそらく申し訳ないとは微塵も思っていないであろうペリーがふらりと食堂に現れた。後ろにはいつも通りパトラスがセカイイチを頭の上でもてあそんだり回したりしている。
メンバーたちは皆静まり、ペリーが話し始めるのを待っていた。
「えー……では。話を始めよう。
皆も気になっているであろう、遠征メンバーのことだが……先ほど、親方様は最終的な見直しを終え、メンバーを決定されたようだ♪」
おお、と歓声が響く。朝の様子がうそのようだった。未だにアカネは眠そうだが、そちらに興味を示したのかペリーの方を静かに見つめていた。
「とうとう決まったんでゲスね!」
「もう今からドキドキだぁ……ね、リオン!」
「………え、あぁ。うん、入ってるといいな」
「メンバーの発表は、明日の朝礼で行う。急な話だが、明日無事遠征メンバーの発表を終えることができれば、そこからすぐに遠征に行く体制に移ろうと思う。ギルド出発も明日だ。
今日はしっかりと食べて体を休めてくれ。では、待たせて悪かったな。
食べようか。せーの、」
いっただきまーす!という、張りのある声が食堂に響き渡る。本当に朝の様子からは想像できないが、確かに僕も眠気が覚め、心が跳ね回っていた。
明日が不安でもあり、そして楽しみだ。
*
食事を終え、部屋でほんの少しだが準備を進めていた。お金は明日すべて銀行に収め、木の実は古い順に持っていこうという話をする。
先ほどまでくらくらしていた彼女、アカネは、ほぼメンバー全員が放った渾身の「いただきます」で目が覚めたらしい。冴えているとは言えないが、随分と改善した方だろう。
遠征先では不安定な数日間になることが予想されるため、カゴの実、そのほか状態回復アイテムは必須であった。今日もアカネがくすねてきた木の実があるが、その中にいくつかオレンやモモンが含まれているため、持っていくことにする。
必要なものはバッグに入れると同時に、不必要な道具、例えば多数ある装備品や痛んで使えなくなった木の実などは処分するなり、バッグから出すなり整理していた。以上の準備が終わると、まだ少し早いが眠ってもいいか、という風に思えてくる。今日のようなグロッキー状態での遠征なんて御免だ。ベッドを整えると、毛布をかぶって僕とアカネはほぼ同時に横になる。
明かりを消すと、わずかに外から漏れてくる月明りのみが部屋の中を照らした。
「ねえ、まだ寝てないよね?」
「……何?」
「……僕、あまり遠征メンバーに入るため、とかですんごい頑張ってきたわけじゃないんだけど……。割と頑張ったと思うんだよね。僕も、君も」
「…………」
「落ちたとしても、それが結果だから。僕はそれなりに、いや、結構頑張ったと思ってるし、何より満足してる。
落ちたって悔い無いよ」
「……落ちる話ばっかじゃない」
「あ、そっか。そうだね。うん、受かればいいなぁ、アカネと一緒に。
……ねむい。そろそろ寝るね。お休み」
(一緒に……ね。案外、私だけ落ちたりすんじゃないの?)
(悔いはない、とかいうけど、あの両親を持っていて悔しくないわけないじゃない)
(なんだかんだで遠征関係なく、努力はしてる。あいつは。
……でも、私は遠征に対して、そんなに強い気持ちは抱いていない)
(……でも、あの能力。最近は発動しないけれど、変なビジョンが見える、あの力。確かに私には、存在する筈。あの力、遠征でも生かせるかしら?
……いや、それ以前にリンゴの森でのあれは何?何かに浸食されるような、気味の悪い感覚は……)
(……そもそも、遠征で生かそうなんて、考えが甘い。あんな得体のしれない能力、乱用するのは危険。
……もしもどちらかが落ちるなら、カイトが受かった方がいいでしょう。
未だにおみくじ気分の私よりも、あいつが行ったほうが……)
(…………………―――――)