頂上へ‐109
* * *
一行は洞窟の中央地点からさらに奥へと進んでいた。多少温度と湿度は緩和されており、野生のポケモンの種族が強く、レベルはやや高くなっているような気がするものの、ダンジョンの状態的には前半よりかは遥かに楽に進めそうである。
「僕はこのくらいが丁度いいかな」
「あたしもこのくらいが適温だとは思います」
「……まだちょっと暑いね……」
ステファニーは首周りをかなりたくさんの体毛で覆われているため、元より暑さが苦手だった。先ほどのように暑い暑い言うことは減ったものの、やはり体に張り付く不快感が煩わしいらしい。その点で言うならば、他のメンバーたちは皆ましなように思えた。
「アカネは暑くない?」
「もう慣れた」
前半では暑い暑いと言っていたアカネも、ここに来るまでに少し免疫を付けたらしく、特に暑がるそぶりは見せない。ステファニーのみが、頻繁に体中の湿気を払うように体を揺らしていた。
後半部分のダンジョンでは、ほとんど炎タイプのポケモンが居ない。その分で言ってもやはり進みやすい環境へと変わっていた。アカネの電撃やステファニーの物理技も十分に通用していたため、スムーズに道を開くことが出来る。
物理と言えば、先ほどダンジョンで火傷を負ってしまったステファニーも、応急処置が早かったためかあまり痛みを感じることはなくなっていた。元々が敵の特性による火傷だったため、そんなに大事ではない。ほとんど気にならなかった。
「……なんか、ここら辺やたらバルビートとかイルミーゼ多いな」
ちかちかと洞窟の中を照らす光。バルビートとイルミーゼがふよふよと洞窟の中を飛び回っていた。二匹で一緒のカップルも見られるため、飛んでいるのは大変結構なのだが、別の意味で暑くるしい。カップルの場合こちらがちょっかいを掛けなければ襲ってくることは無いため、やりやすいと言えばやりやすい。大変複雑な心境である。
「よそでやってほしいね……」
「お前ラブストーリー好きなんじゃなかったのか?」
「……自分に彼氏がいないと現実的には目に毒だよね〜」
全員がすっきりした顔をしている中、自分一人だけが暑くて仕方がない状態のステファニーは、以前に自分がいっていたことと矛盾していることを堂々と言い放つ。そんな彼女の相手を呆れた様子でしていたリオンは、はいはい、と彼女の少々しおれ気味の長い耳をパタパタと弄んだ。
「さっきのダンジョンが大体八階くらいでしたっけ?これから先も同じくらいですかね」
「だと良いけど。今の状況を外から確認できないから何とも」
「……とか言ってる間に、出口っぽい感じがするね。あれ」
除きかけた部屋に階段が見えていた。階段からはかすかな光が漏れている。おそらく『外』であると考えられた。
「外……か」
階段を通過すると、先ほどの中央地点よりもさらに広いところへ出た。やたら日差しが強く、先ほどのダンジョンとは違い、湿気も異常な温度も感じられない。ただただ『日差しが強い』という状態だった。
途中まで安心していたものの、ある一定の範囲に足を進ませようとすると、全員妙な感覚に襲われた。
「……ここ、は……なんか……あれ?」
「…………ん?」
全員が妙な感覚の正体を考えている中で、シャロットが何かに気づいた。妙な地響きのようなものが体を揺らしたような気がしたからである。彼女の声に気が付き、『どうしたの?』と、ステファニーはシャロットに尋ねた。
「なんか今、地響きというか……」
『…………グオオオォォォォォォォ!!』
「ひぃっ!?」
突如、地に響くような叫び声のようなものが大地を貫いた。それは痛いほどに全員の耳と体に届く。思わずそれが聞こえた方を振り返り、身構える。先ほども聞こえた唸り声のような鳴き声のようなもの。やはり、何者かがここにいるのだ。先ほどから彼らを見つめている殺気のようなものもそれである。
誰かが来る。
『グオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!』
時間を詰めるごとにその声は大きく、そしてどこから響いているのか明白になってくる。彼らが向かおうとしていた場所。はっきりとその先から聞こえていたのだ。
ドスンドスンと巨大な何かが歩くような音。それは近くにいるアカネやカイト達の体までも大きく揺らした。巨大な力が近づいてきている。
「……来たか……」
もうすぐ、その姿を現すはずだ。
……見掛け倒しの、ハリボテめ!
* * *
「ヘイへーーーーーイ!皆!こっちだぜーーー!」
一方、グラードンの石像の前でクロッカス達と分かれたヘクターは、自分の役割をしっかりと実行に移しているところだった。
ヘクターはグラードンの石像前に戻ってくると、自分の後ろを大急ぎでついてくるギルドのメンバー達に呼びかける。彼らは皆、いきなり霧が晴れてしまった状況に驚き、一時ベースキャンプへと帰ってきていたのだ。その中にはパトラスとチームドクローズ、霧の謎を解いた張本人以外ギルドメンバー全員が集結していた。その中で、パトラスの補佐という立ち位置となっているペリーが現在団体の指揮をとっている。
「これか。グラードンの石像というのは……」
ペリーは石像をまじまじと見つめた。その胸には、カイトがはめ込んだ赤い石がなおも輝いている。これが霧を晴らすための仕掛けとなっていた。そのことを速足ながらヘクターから聞き、ペリーは心底驚いたのだ。……まさか、あの新入り軍団がそこまでやるとは。
「しかし……だれもいないですわね」
「オイ、ヘクター!お前、本当に親方様も見たんだろうな!?」
「ヘイ!確かに!おいらがベースキャンプに帰る途中、セカイイチと追っかけっこしてる親方様とすれ違ったんで、おいらは声をかけたんだけど……親方様はそれどころじゃなかったみたいでさ!ヘイ!
クロッカスとかブレイヴは先に行ってるはずだし、多分親方様も後を追ってんじゃないかな?ヘイ!」
ゴルディに疑いの目を掛けられ、焦ったようにヘクターは今までのことを大雑把に説明した。彼の言った通り、パトラスはこの場に来ていたため、ヘクターの言っていることはすべて真実である。
「……ん?」
トランとアドレーはふと、何かに気づいてお互いに顔を見合わせた。その直後、遠征メンバーたちはなんとなくトランやアドレーが感じた異変に気付き始める。
「……地面が……」
「少し、揺れてるでゲスね……」
グーテが発言した直後、『グォォォォォ……』という唸り声が、グラードンの石像の方までも響き渡っていた。
「今のは……何でしょう?」
「鳴き声……かな……」
「ヘイ!この上で何かが起こってるかもしれねぇ!皆、急ごう!」
「こらヘクター!それは私のセリフだ!」
主導権の事で多少もめつつ、メンバーたちはクロッカス一行が歩いた場所を速足で追う。全員が動き出した直後、再びトランは奇妙な声を上げて足(?)を止めた。
「お父さん。あっちから何か聞こえなかった?うめき声みたいな……」
「……気のせいだろう。それより、急ぐぞ!」
アドレーの適当さによって見落とされた『うめき声』の正体は、パトラスにやられ、その上邪魔にならないように隅の方へと放り出されたドクローズであるということは、パトラスと本人達以外は誰も知らない。