熱水の洞窟‐108
* * *
『霧の湖』へと繋がる突出した岩の根元に『不思議のダンジョン』を発見。熱と水っぽさに包まれた洞窟。一行はそのダンジョンの奥へと足を進ませていった。
「…………あつい……」
ステファニーは体にまとわりつく湿気が煩わしく、思わずぶるぶると体から湿気を払う。特に効果はない。
所々に水たまりができており、蒸気が辺りを漂う。足元が非常に熱い上に、体にまとわりつく熱気が皆煩わしくてたまらない。炎タイプであるカイトでさえ、普段このような環境に慣れていないことから、体に纏わりつく熱気と湿気が煩わしい。特性『貰い火』であることで暑さが大好物なシャロットは、多湿にも特に嫌悪感を示すような仕草は無い。むしろ元気になっているような気がしてならない……と、他四匹は彼女を見て思っていたのだ。
「……体の機能がおかしくなりそうね。あっつ……」
「長居すると頭が沸きそうだ。そう簡単には行かせてくれないってわけか……」
普通では発生しないであろう程の熱気と湿気が充満するダンジョン。カイトはふと『グラードン』を思い浮かべた。まさか本当にいるのでは……と思いつつも頭の中で否定する。両親から『驚異の力』と聞いていた。そんなポケモンが何匹もいてたまるか。と、首に付着した汗を軽くふき取る。同じ種族のポケモンが一匹しかいないなんて思っていないが、寄りによってここではないだろう。
こんな場所で生活できるのは炎タイプだけだろうと思っていたが、虫タイプのヤンヤンマやコロトック、そのほかブルーやカモネギなども生息しているようだった。所詮は慣れなのだろうか?炎タイプにも関わらず適合できない自分に、カイトは首を傾げた。
「あついね……」
「カイトさんもですか?」
「……あんたも多少は戸惑うと思ってたけど」
「ジメジメしてて気持ち悪いとは思いますけど、そこまでは……」
シャロットはどうしても自分基準に考えてしまう。カイト以上に苦しそうなアカネを表情を見て、自分が地獄の釜で茹でられているという過剰な想像をしてみる。酷く恐ろしかった。
「……向こうにドンメルがいるな……囲むぞ」
ドンメルは地面タイプの広範囲技を持っている。そのため、早く片づけなければアカネ、カイト、シャロットを戦闘不能にされてしまう危険性があるのだ。確実に短時間で倒すことを目的に、全員がドンメルの居る部屋へと走った。
カイトが竜の怒りを放とうと、体に力を籠める。青い光がカイトの体を伝い、そのまま竜の形を得て、そのことに気が付かないドンメルへと衝突する。ドンメルは小さな悲鳴を上げると、癇癪を起したように暴れ狂いながら、体を震わせて地面へと伏せた。『広範囲技』を使うつもりである。シャロットは『火の粉』をドンメルに放ち、効果はかなり薄いながらも攻撃する姿勢を崩そうとした。すかさずリオンがドンメルの目の前に滑り込むと、『はっけい』を体に食い込ませる。
「……っと……」
ドンメルは『はっけい』を受けるや否や、白目をむいて倒れ込んだ。
「やたら短気ね。ここのポケモン……」
「あっついからじゃないかなぁ」
「そう?」
出る幕の無かったアカネとステファニーは、その様子を見てそんな会話をしていた。背後から攻撃されて戸惑ったのはわかるが、あの怒り狂った状態は珍しい。先ほど何匹か戦ったポケモンも、怒りで前が見えなくなるポケモンが多かった。
『狂暴性』を主張しているのか?ダンジョンの性質を考えたものの、よくわからない。なんせ、こんなダンジョンが遠征先に有ることなど、今の今まで知らなかったのだから。
「…………そんなに追い返したいか」
「……ん?リオン、なんていった?頭ぽわぽわして聞き取れなかった」
「いや、なんでもない。というか、大丈夫かよ?オレンの汁被っとくか?」
「わ!?や、やめてよもう!」
リオンがからかい半分にオレンの実をステファニーの頭の上で絞ろうとする。反射的にステファニーはリオンの顔を大きな尻尾で叩くと、そのあとに彼を批難した。
「……痛いぞ」
「ごめん。つい」
「ほら、あんた達。先行くよ」
いつまでも漫才やっている二匹を呆れた表情で見つめていたアカネは、そんな二匹に行動することを促した。熱いのだから長居したくない、という意思が声色に現れている。
「上の方に行ったら少しはましになりますかね?」
「そう、かもね。僕はそうであってほしいよ……」
「あんた、炎タイプなのに?」
「そこを突かれると痛いけど。普段常温で生活してるから……だって、一緒に寝てるし?」
「ま、まぁ。そうね」
「誤解を招きかねない発言ですね〜……」
熱気の所為か、どこか全員気が抜けている。トコトコと目の前からブビィが二匹歩いてくるのが見えると、ステファニーはすかさず体をこわばらせ、ブビィの元へと走る。『電光石火』でブビィに突撃した。だれも止める者はいない。
「よし……!あ!?あつっ!」
「ステフィ!?」
ブビィを普通に倒すと思っていたステファニーが、いきなり苦し気な声を上げる。リオンはふとそれに気づき、彼女の名前を叫んだ。
意識がぼやけていた。ブビィの特性は『炎の体』。攻撃を仕掛けたステファニーも、それを見ていた四匹も誰一匹と気づかなかった。熱と湿気の所為で頭が煮詰まってしまっていたのだ。
ブビィは一匹戦闘不能にしたが、ステファニーは相手の特性の所為で背中に火傷を負う。直ぐにチーゴの実を食べさせ、その汁を傷に垂らした。
「アカネ!そっちは頼んだよ!」
「わかってる!」
もう一体のブビィに、アカネは『十万ボルト』を浴びせる。濃霧の時とは違って普通に技を繰り出すことが出来る。かつ、装備道具のおかげか威力が大きく増していた。ブビィは炎タイプながら、体に焦げた跡を作ってその場に倒れ込む。
「あぁやっちゃったよー……いたた……」
「ステファニーさん大丈夫ですか?あたた、痛そうだぁ……」
「搾り汁掛けといた。そのうち痛みは無くなるだろうが……ぼーっとしてたな」
「本当に頭沸いたわね……さっさと行きましょ」
早く開けたところに出ないかな、と思いつつ、一行は既に七回ほど階段を通過していた。八回目に階段を通ると、やっとガルーラ像が設置された開けた場所が現れる。湿気や熱気は先ほどの比ではない程に減少し、皆息苦しさが少し改善したような感覚に安心感を抱いていた。
「大分上ってきた、かな?」
「階段八個……いつもよりは少ないけど、これくらい少なくないとやってらんないわね」
全員が先ほどよりはすっきりとした空気を存分に吸っている中、リオンは探検隊バッヂをガルーラ像にかざした。しかし、特に何も起きない。どうやら、これは目安として設置されているガルーラ像らしい。こんな時なのに、とばかりに、リオンは地面を軽く踏んだ。
「もう少し先が頂上かもしれないね。がんばろ……」
(グォォォォォ……………)
「……誰かなんか言った?」
「あたしは何も……え?」
「……気のせいかな?うん?」
ステファニーは微かに聞こえてきたものの正体がわからず、思わず口に出したものの、皆知らないという。
(グォォォォォォォォォォォ……!!)
「やっぱなんか聞こえるんだけど」
「地鳴り……?なんか唸り声にも聞こえたような……」
「や、やめてよ!それじゃまるで……」
この先グラードンがいるみたいだ。カイトはふとそう思った。とはいえ、この先頑張らないわけにもいかない。何のためにここに来たのか。霧の湖はもうすぐそこである。ここで引き下がる訳にはいかない。絶対に。
「……まぁ、この先何があっても、霧の湖はきっと進めばきっとある。がんばろう?アカネ」
カイトは不安に思いつつも、微笑みを浮かべてアカネにそう言った。
(……そう。あともう少し。この先を超えればユクシーと遭遇できるかもしれない。記憶をなくす前の自分がいったい何だったのか……何者か。それが分かれば何のためにここに訪れたかも……)
思考の海に潜りかけてしまい、危うく返事を忘れるところだった。「ええ」と短く返事を返すと、最上階へと繋がるであろう通路をにらみつけた。
「…………脅しのつもりか?…………歯車の番人」
誰にも聞こえぬ声で、別の思惑がある者は呟いた。
一行が先に進んでいく中で、悟られないようにと。最後尾にて、底無しの執念の色を浮かべた瞳でこれから行く先のその先の真実を睨みつける――――――リオンは、燻る心に蓋をするように、拳を握りしめた。