邪魔者と先行く者‐106
* * *
一寸先も見えない濃霧を消し去ることに成功した一行!あとは空高くに佇む霧の湖を目指すのみ!
と思いきや……。
「……お前、確か……」
「ご苦労だったな。霧のカラクリさえ解いてくれりゃ、お前らにはもう用はねぇ」
ヘクターが去った後、一行の目の前に堂々と立ちふさがった者がいた。ドクローズリーダー、グロム。そしてエターとクモロである。
リオンやステファニー、シャロットはあまり接点がないため、早くも『なんでこいつらこんなに偉そうなの?』と、首をかしげていた。まるで物珍しいものでも見ているかのようだ。そんな視線すらも、自分を偉大な存在だと見せつけようとするグロムは気に食わなかった。
「ヘヘッ!お宝は俺たちが頂く!テメェらはここでぶっ倒れてろ!」
おそらく一番何もしないであろうエターは、そんな罵声をアカネたちに浴びせた。アカネの眉間に皺が寄り、カイトの尻尾の炎が怒りで囂々と燃え上がる。
「……っ……せめて、謎を解く努力位したらどうだい?グロム」
「黙れ。実力がある者が上へ行く…………たとえお前らが謎を解いたとしても、ここで俺達にぶっ倒されればお前らはその程度だってことだろう?お前らが先に謎を解いたからどうぞどうぞ……だ?ふざけんな。俺達の理は俺たちで決める……。
テメェらはここでくたばれ!!」
あまりにも無茶苦茶なグロムの言い分に、嫌悪を示すわけでも反抗するわけでもなく、ステファニーは何か違和感を感じた。
この場の雰囲気や流れ……『謎を解いた者が先に行く』という流れ自体が気に食わなくて、こんなことを言っているわけではないような気がしたのだ。しかし、それはグロム“のみ”に感じる違和感であって、エターとクモロからは何も感じることがない。
何なのだろう?ステファニーは知識に思考を巡らせる。感だけなので、該当するものが無いのは仕方がないことである。しかし、何か気になるのだ。
「俺達はチームドクローズがタチの悪いチームだということしか知らないが、要するに……お前たちは遠征の収穫目当てで参加し、隙をついてそれを持ち逃げするつもりだったというわけか?」
「たちの悪いチーム……か。お褒めいただき光栄だ。
俺達とクロッカスの確執は見え見えだっただろ?なのに親方のパトラスやペリーは何も指摘しねぇ!ペリーは完全にこちらを妄信しているようだし、パトラスはイマイチ薄気味わりぃが、あの様子だとどうせ大したことはねぇんだろ?功名なパトラスのギルドっつぅからどんなもんかと思ったが……。予想以上にクズしかいねぇ!」
グロムはそう言って可笑しそうに高笑いをした。後ろのエターとクモロは同じように嫌らしい笑みを浮かべる。思考回路は正常。物を考える力もある……しかし、理屈を受け入れようとはしない。
既に敵と認識しているアカネとカイトの他、ステファニーやシャロット、リオンも倒すべき相手だと認識した。
いずれもグロムより小型のポケモンである。余裕だ、と鼻で笑い、グロムは戦闘の構えを見せた。以前に一枚とられてしまった相手……否、得体の知れない相手……アカネを見つめて。
「……今回はまともに戦う気なのかしら?」
「……俺がそこそこお前に期待しているのが分からないか?……テメェから先にぶっ潰す」
「……一々本当にめんどくさい」
アカネが一歩前に出ると、彼女側の全員が構えるような姿勢をとる。戦闘態勢に入るが、ステファニーだけが考え事と戦闘への意識の中で揺らいでいた。
グロムは、『常識』という流れに流されることに抵抗を持っているように見える。そんな人物は、本の中でなら幾つか読んだことがあった。あくまでフィクションの為、それと完全に重ね合わせるのは気が引けたが、それでもなんとなく感情移入したくなった。
「……かかってこい」
「言われなくても!」
グロムの挑発にいち早く反応したアカネが一歩踏み出し、体に電気を巡らせ放出しようとした瞬間だった。
「あ〜〜〜〜〜ん!!まってぇ〜〜!!」
「んあ!?」
「え、えっと、この声って……」
急きょ入り込んできた謎の声にグロムは困惑するが、その声の主は巨大なリンゴを追いかけながらアカネとグロムの間に滑り込んだ。
「セカイイチー♪セカイイチー♪やっと捕まえたっ♪僕のセカイイチ〜!
これが、セカイイチが無くなったら、僕は、僕はぁ……。
およ?君たちも……僕の友達も♪皆一緒だ!わぁーーーい!」
見た目の年齢的に二十歳は超えているはずだが、まるで幼い子供のようにはしゃぐピンク色のポケモン……パトラスを見て、両者戦闘意欲が削がれていく。
グロムは『いっそのこと、こいつも……』と考えるが、さすがにギルドの親方、そしてその他五匹となると、勝機は薄い。
「……お、親方様……。いったい、ここで何をしておられるのですか?」
「ん?なにって、森を散歩してたらさ、セカイイチが僕からコロコロ逃げ出しちゃったの……。
んで、それを追いかけてたら、ここへ来ちゃった……ってわけ」
「きちゃったって……」
「そうだ!君たち、そろいもそろってこんなところでサボッてちゃいけないよ?」
「え、え?」
思いもよらぬパトラスの言葉に、ついカイトは小さく驚きの声を上げる。どういう風の吹き回しだ?と、グロムは内心イライラとしていた。
「君たちの仕事は森の探索でしょ?ほら、先に行って♪」
「で、でも……あたしたち……」
「親方の言うことが聞けないのかい?……ぷんぷんっ」
一瞬パトラスの声のトーンが低くなるが、それをごまかすかのようにかれは言葉の間に擬音を入れる。グロムはイライラとしており気づいていなかったが、アカネやリオンは背中にぞくりとした感覚を感じた。
『嗚呼……仕事だからな。とにかく先へ進むぞ』と言ってリオンはステファニーとシャロットを誘導し、パトラスの言葉の意味に気づいたのか、先ほどまで戦う気満々だったアカネさえも、未だに尻尾の炎を轟々と燃やすカイトの手をやんわりと掴んで霧の湖があるであろう場所へと誘導する。彼女に手をつかまれた瞬間に、別の意味でさらにカイトの尾が火を噴くが、そこはどうでもいいだろう。
探索隊一行が霧の湖を目指し、姿を完全に消したころ、グロムは焦りを感じて『ルンルン』しているパトラスに交渉を仕掛けた。
「あの……親方様。我々もこのままじっとしてはいられません。森の探索に出かけたいと思うのですが……」
「ええ〜〜〜!?
いいよう!友達にそんな苦労はさせられないよう!探索はさっきのグループに任せて、さ。ここで一緒に知らせを待ってよ♪」
妙なことになってきた。あまりにも予想外の展開に、グロムのパトラスに対する苛立ちと嫌悪感は加速する。エターとクモロはグロムを交えてなにやらひそひそと話し始めた。その頃、パトラスは体を揺らしながら踊っている。その隙をついて、『パトラスはこの場で倒す』という話にまとまった。更に、パトラスの部屋には、彼が探検で手に入れた『財宝』がゴロゴロ転がっている、という話を、少し戸惑いのあるエターとクモロに聞かせると、彼らはうまくそれに食いつく。
『毒ガススペシャルコンボ』の発動は可能になった。クモロに毒ガスを出す準備を呼びかけると、グロムはパトラスに威勢よく声をかけ……ようとするが、どうも彼も足がすくんでしまい、言葉を出すタイミングを逃してしまった。
グロムはパトラスを鋭くにらみつけるが、それに動じることの無いパトラスもまた、グロムを無垢な瞳で見つめていた。
にらめっこの開始である。