グラードンの心臓‐105
* * *
探索にて、『濃霧の森』を探索していた一行は森を抜け、先輩であるヘクターと合流した。めぼしい情報は両者掴むことが出来ず、探索に行き詰まったと思われた。
しかし、ヘクターの『気になるものがある』という発言により、一行はヘクターの案内にて向かった先にあったものとは……。
「……なんだ?これ……」
ヘクターに連れられ向かった先には、何かのポケモンをかたどった巨大な石像が佇んでいた。随分と古いものなのか、傾いて土や苔、草に埋もれている。どこか威圧感のある石像の佇まいに、『気になる』どころで済むものではない……ヘクター省く全員がそう感じ取る。
「オイラもよくわからねぇ。なんとなくポケモンの石像だってことはわかる。ホントにそれだけでよぉ……オイラ、解析とかそういうの得意じゃないからさ。ヘーイ……」
「……グラードンだ」
「古そうだけどそんなに劣化してないね……超古代ポケモンが模られてるってことは、その姿を明確に知ってる時代のポケモンが作ったってこと?」
「そうも言えないかもしれない。現代にも……少なくとも約20年くらい前にはグラードンは確実に存在した。それは英雄伝説にも書いてある通りだよ」
「あれも確実に実話なんだね。その時グラードンは地底に存在してたわけだけど……ここから随分遠いんだよね?」
珍しく、カイトとステファニーがあれこれ議論し合っている。ヘクターは思わずその様子をポカーンと眺めていた。自分の方が一応ギルドの先輩で人生の先輩である……筈なのに、後輩の方が知識量も多いとは。少し悔しく感じたのだった。
カイトの知識は、話の内容からして言うまでもないが両親から受け継がれたものである。両親が直筆したでないにせよ、『英雄伝説』をはじめとする伝記は真実を多く語っていることが多い。たまにでたらめを書く輩もいるが、あまりに周りと不一致な記述となると大抵はねのけられる。本を作るということはあまり簡単なことではないのだ。
カイトは、かつて両親が『グラードン』なる伝説のポケモンと戦い、そして勝利したということを知っていた。あの狂暴(?)な両親であっても、とてつもない苦戦が強いられたらしい。無いとは思っているが、もしもそんな相手と遭遇したら……。
カイトは息をのんだ。
「……ん。何か書いてあるな……足形文字か。とりあえず読んでみるか」
「……これ、明確な手がかりね。誰も行きついたことの無い霧の湖周辺に『超古代ポケモンの石像』……。私たちが来てなかったら目を背けてたと?」
「……へ、ヘーイ……すまん……」
「でも結果的にヘクターさんのおかげですよ!あたしたちだってヘクターさんに気づかなければ引き返してたかも。そういう意味では両者いい働きしたと思います」
「惚れました付き合ってくださいヘイ」
「ごめんなさい」
シャロットとヘクターが相当どうでも良い会話をしているその目の前では、リオンとアカネが石像に書かれた足形文字をのぞき込んでいた。それに気づいたカイトとステファニーも、いったん議論を中断するとそちら側へと向かう。実は途中から彼らの議論はグラードンに関する知恵対決っぽくなってしまっていたため、良い意味でそれは話題の切れ目であった。
「足形文字?」
「結構書いてあるね。よし、ここは私が読んでみようじゃないか諸君!んーと……。
『グラードンの命 灯しき時
空は日照り 宝の道開くなり』
…………ん?」
「……宝……」
ステファニーはこれに書いてあることに非常に驚き、これが『ノンフィクション』の可能性が高いということに感動する。その一方で、彼女の相方であるリオンは表情に影を落とした。
「……霧の湖の……宝……」
「霧を晴らす方法がどうやら遠回しに記載されてるみたいね。ということは霧の湖が存在すること……何かがあるという可能性。それを示してる……のかしら」
「ヘイヘイ!?本当か!?」
「それは頑張って謎を解かないと……もう手ぶらでは帰れませんね!」
地味にヘクターとシャロットのテンションが被っていることはさておき、この記述の中にある言葉の意味を一行は探り始める。一番最初にそれに気づいたのは、意外なことにリオンだった。
「……グラードンの命。これはどういう意味だ?これは石像。命が宿っているようには見えない……。
記述を見る限り、この濃霧にはどこか意図的なものを感じるな。先ほどから一貫してこの霧にはムラがない。霧の湖とやらを覆い隠すための意図的なものとなれば、これは何らかの仕掛けがあることを意味してるんじゃないか?」
その説明に対してステファニーは、滅多に文学的なことを言わない相方が、こんなにつらつらと推理を進めていることに対し驚いていた。彼はこんなにスムーズな考え方ができるポケモンだっただろうか?ふと思うが、なんとなく彼の説明には納得がいく。悔しいが、自分の立場を取られて少し妬いているだけだ、と自分に少しだけ言い聞かせると、彼女は再び思考の海へと潜ろうとした。
「……アカネ、ちょっと」
「……ええ」
カイトが周囲にばれないよう、小声でアカネに声をかけ、皆から離れた所に誘導しようとする。その行動をおこした時点で、アカネはなんとなくカイトの言いたいことが分かっていた。
『あの眩暈』を利用することである。過去や未来が見える、あの特殊な能力を使う……その提案だということが。
あの能力には共通点があることをすでに二匹は見出していた。発動するときは共通して『何か』に触れた時なのだということだ。
初探検で『滝』事態に触れた時、誘拐されたルリリが落としたリンゴに触れた時……いずれにしても何かに直接触ることで発動しているのだ。
「……アレの事?」
「……アレが発動するとき、正直アカネは辛そうだ。だから、アカネが嫌だと思うならすぐにやめてほしい……と思う」
彼がいう通り、あの能力が発動する際、体に負荷がかかっているように思えた。しかしそれは一時的なものの為、あまり問題ではない。
問題は、あの能力が一体何なのかということである。普通のピカチュウにこんな能力が備わっていないのは勿論のこと、あの能力の正体がわからないことには安易に使うのは危険だと思われた。
しかし、あの能力が今までのように発動すれば……手がかりになる可能性があるのも事実である。
「……周りには言わないで」
「了解」
秘密の会議を終えると、二匹は何もなかったような顔をしてスタスタと石像の前に戻り、顔を合わせて頷き合う。そんな二匹を注目している者は特にいなかったため、隙をついてアカネは撫でるように石像に触れた。
「……アカネ」
「―――――……………ッ……」
『来た』と、アカネは来るであろう衝動に対し体をこわばらせる。
目の前が突然暗くなり、現実との境を作る様に閃光が闇の中を走った。クラリと体が揺らぎ、倒れそうになるのを抑えて石像に手をつく。カイトはそんな彼女の隣に立ち、アカネをほかのポケモン達の目から隠した。
『―――そうか、ここに……
ここに………があるのか!!』
(……声が聞こえる。これは何?
……あんたは、誰?)
頭の中に響く声が収まると、アカネは目を開けた。カイトもそんな彼女に気づき、体を退かそうとしたが、それは一回きりでは終わらなかった。
二回目の眩暈が起こる。再び石像に体重をかけ、体を何とか立たせた。
『…………なるほどな。
グラードンの心臓に『日照り石』をはめる……。
それで霧が晴れるのか……!
さすがだな!やっぱり俺のパートナーだ!!』
その声を聴いた瞬間に、一瞬誰かの顔が脳裏に浮かんだような気がしたが、それに気づいたころにはその顔は忘れてしまっていた。その言葉の一言一言はしっかりと残っているのにもかかわらず、だ。能力によるビジョンだったのか、それともアカネ自身の中にある何かが反応を起こしたのか……定かではない。
(……今まで見たのとは違う……声しか聞こえなかった。
誰の声かも分からない。知っている気がするのは気のせい?気のせいではないのなら……やはりこの場所は私に関係しているということ?
……とにかく、重要な手がかりに違いはないわね)
目を開き、意識を取り戻したながらも、何か考え事のようなものをしているアカネに対し、カイトは小さな声で話しかける。
『大丈夫だった?』と。
「……少し考えるわ」
この能力が何なのか分からない以上、周りに悟られるのは好ましくない。彼女自身、地道に自分で解いていくしかないのかもしれない。
聞こえたことをまとめてみると、この先に何かあることを示すような言葉。そして、グラードンの心臓に『日照り石』というものをはめ込めば、霧が晴れるということ……。
信憑性があるかどうかは分からないが、とにかくこれをヒントにして考えるしかないと思った。
「…………」
思い返してみる。日照り石。この鍵のようなものが無ければ道は開かない。何かなかったか?と、彼女は考え直していた。
そうそう都合よくあるはずがない。しかし、今から探すにしてもそれは不審すぎるだろう。いっそのことバラシて……いや、まて。と、彼女が悩んでいた時だった。
不意にカイトが目に入る。彼は心配そうにアカネの方をのぞき込み、様子をうかがっていた。彼自身にヒントは無い……が、ふと彼が少し前に取った行動を思い返す。
『うぉぉ……ねえ、これ見てよ!』
自分が躓いた原因である『赤い石』を、全員の前に突き出すカイト。
『これに躓いたみたい。不思議な石だね。仄かにあったかいし……溶岩?は、こんなんじゃないし……』
『そうだね。記念に貰っとくか……炎タイプの専用道具とかだったりして?』
あの時の何気ない光景がフラッシュバックした。
そうだ。そういえばあの時の石は何だっただろう?アカネは思い返す。あの『濃霧の森』には不似合いの……炎の石とはどこか違う。無機物のようなものではなく、生命力をその中に秘める、暖かい、見た目は人工物に見えなくもない……赤い石……。
自分なら心臓をどう表現するだろうか。彼女は自分の能力によって明かされたヒントをもとに探り続ける。そして、それは確実に核心に近づいていた。
確認のために、彼女はグラードンの石像の胸部を見つめる。すると、見つけた。カイトの片手一杯位の石が入りそうな……窪み。
「えっ……と。
心臓の色を現すのは、基本的に赤……よね。そういえば、あんた。ベースキャンプでなんか拾ってなかった?そんな感じの……」
「……え?……嗚呼!拾った!もしかして、アレがグラードンの『心臓』ってこと!?」
「わ、わかんないわよ!ただ……あそこに窪みがある。丁度あんたの手くらいの幅の……」
「あの窪みに石をはめ込むということか?」
「そっか……!じゃあ、僕やってみるよ!」
リオンはいつから聞いていたのか途中から割って入り、カイトに分かりやすくアカネがやってほしいことを説明した。
どこか違う。相方の行動が……。ただ単に、いつもより積極的なだけなのだろうか?ステファニーは再び疑問に駆られるが、とにかく謎が解けるのならば何でもいいと思った。
カイトは何とか巨大な石造によじ登ると、胸部のへこみに自分のバッグに入っていた赤い石をはめ込む。少しはめるの苦戦したものの、窪みに入り込むとそれは吸い付くかのようにぴったりと収まった。
「……おさまっ……え?」
「カイト、離れて!」
カイトは体を石像から離し、足早にアカネたちの下に戻る。
その瞬間に、石像は目をつぶすような勢いの光を放ち始める。リオンが『目を塞げ!』と指示をすると、全員が少し離れた場所で目を塞ぎ、地面に伏せた。
地面に伏せていてもわかるほどの閃光。しかし、体に衝撃は感じず、また、熱くも寒くも、痛くもかゆくもない。
目には悪いが、それ以外は完全無害。それがわかり、閃光が収まったかのように思われると、全員が顔を上げ、グラードンの石像の方を振り返る。
そこには、今まで見たこともなかった美しい光景。緑と滝が映える、美しい世界が広がっていた。
「……靄が消えた……?」
「あっという間にはれた……ですね」
「一歩進展だな」
空が、青い。こんなにも青い空を見るのは久しぶりのように思え、シャロットはそのまぶしさに目を細める。ふと、空全体を見渡した。
「……あぁっ!!」
「どうし……うぉぉ!?」
シャロットが空を見て叫ぶので、不意にカイトも同じ行動をとり、そして同じくらいの声を上げた。それに続いてアカネ、ステファニーも顔を上げる。ステファニーは「うわぁ!!」と前者と同じく声を上げ、アカネは思わず目を目を見開いた。
「うわっ!なんだあれ!?ヘイ!!」
「……あれが、この場所に水を送っているのか?もしかしてあれが……」
全員の目線の先にあるもの。その光景に、誰もが目を見開いた。靄がかかっていれば決して気づくことの無かったもの。謎を解いて初めて明かされる真実。
それが広大なこの場所で姿を現したのだから。
「霧が晴れて……やっとわかった。霧の湖が今まで誰にも見つからなかったわけだよ。
あの石が無ければ、僕たちはこの場所でうろつくしかなかった。迂闊に動くことが出来ずに、引き返すことも在りえた」
「……霧の湖はあの上にある。そういうことでいいわね?」
「……あの上に……」
広大な湿地の中で偉大な存在感を放っている物があった。
鳥ポケモンであっても絶対に感知できないであろう場所。特殊な濃霧の所為か、誰も先を見通すことが出来なかった。賢者のみがこの場所を特定することを許される。
空にそびえたつ大きな……言うなれば『空の大陸』のような物。地上とつながっており、その上からは大量の滝が流れ落ち、この湿地に水を注ぎ続けていたのだ
雲がうっすらかかっている。それすらも美しい、地上から繋がる空の大陸。大量の流れ落ちて、大地に潤いを与えていく神秘的な滝の光景は、忘れるにも忘れ難い光景であった。
……霧の湖はあの上だ。全員がそう確信した。
「ヘイ!!こうしちゃいられねえ……!おいらはギルドの皆に知らせてくるよ!ちょっとしたお前らへの恩返しだ!
お前らは先へ進め!ヘマするなよ!ヘイ!ヘーイ!」
陸地にいるとは思えぬ素早さで、ヘイガニは靄が晴れ切った森を駆け抜けていく。そんな彼を見送ると、クロッカス、ブレイヴ、そしてシャロットを含む五匹は再び探索へと繰り出すことをお互い確認し合った。
「……行くか」
「うん……。霧の湖を目指して!」
そして、霧の湖があるであろう場所を目指し、足を踏み出したその時だった。
「……バァーカ。行かせるわけねぇだろ、クズ共が。ククッ……」
早々に……それを阻む者が現れたのだ。