探索へ進め!‐103
* * *
一連の出来事を経て、ようやくだがほとんどのメンバーが森へと散っていった頃に行動開始の兆しを見せたクロッカス。いつも(?)のメンバー、アカネ、カイト、シャロットは支度を終え、荷物を体にしょい込んでいる頃だった。
「濃霧の森には本道と横道があった。どっち行く?探索だからどっちでもいいとは思うんだけど」
「おおぅ……あ、それなら。さっきほかのメンバーが数名入ってくの見ましたよ」
「そうなの、ね。じゃ、濃霧の森でいいんじゃない」
全員の同意もあり、クロッカスは濃霧の森への進行を決定する。名の通り霧が濃い森……ということもあり、アカネは『スペシャルリボン』を耳に結んでいるのとは別に、『攻撃スカーフ』を首に巻いていた。攻撃に当たらなければ……。と高を括り、一応の為『防御スカーフ』をバッグの中に忍ばせる。生憎『ノーテンバンダナ』は持っていなかった。
「バッグはできるだけ軽くね。途中ガルーラ像でやり取りできるかわからないから」
カイトは自分のバッグを軽く叩いてそう言った。最低限の道具と食料が入っている。実はこれらは、手に入った道具のバリエーションが増えるにつれ厳選するのが難しく、というよりかはめんどくさくなるのだ。なので実際、カイトのバッグも彼自身がいうほど中に道具が少ないというわけではない。バッグの不思議なつくりのおかげで、軽く小さく済んでいるのである。
「……よし、じゃあそろそろ」
そう言って、クロッカスのメンバー用に用意されたテントを出ようとすると、見覚えのある二匹がそこで佇んでいた。彼らは先に行ったのではなかったのだろうか?と、アカネは内心首を傾げた。自身が先ほどまで、どれだけ周りに関心を向けていなかったのか。カイトとシャロットは特に驚いた顔をしなかった。
「ステファニーさん、リオンさん!どうしたんですか?」
「二匹もまだだったんだね〜」
シャロットとカイトは緩い雰囲気で彼らに話しかける。口ぶりは知らない風であるが、特におかしいとは思っていないのだろう。アカネも驚きはすぐに止んだようで、二匹のことをじっと見据えていた。
「あのね、もしよかったらなんだけど……前やったみたいに、ブレイヴとクロッカスで一緒に調査しない?」
「そ、そりゃいいけど。どうしたのよ、いきなり」
「俺達もクロッカスも、見た感じかなり能力が偏ってる……って言ったら失礼かもしれないけどさ……。俺やステファニーは遠距離戦が得意じゃない。だからシャロットさんがいるおかげでいろいろと助かったんだ」
「え!?あ、あたしです!?そりゃどうも!!」
テンパりながら言ったので表面上はそっけない(?)ように見えるが、実際かなり喜んでいるのがしっかりと顔に現れていた。わかりやすいというか、もはや隠す気がゼロである。いや、別に隠す必要はないのだが。
「私たち、協力した方がすごい有利だと思うんだよね!ねぇ、どう?」
「どうって、僕は歓迎かな。アカネは?」
「いいわ。私も少し不安だったし……霧の所為で」
そんなアカネの回答に、ステファニーとリオンは多少驚いた顔を見せた。こんなに易々と、あのアカネが『不安』と口にするとは……。心境の変化がうかがえる。ステファニーは少しにやけた。
「あたしはもちろんベリーオッケーですよ!またよろしくです!」
「うん!よろしくね!」
やはりステファニーとシャロットは馬が合うようである。リオンがそんな二匹を呆れ顔で見ていた。本心はどうだったのか、定かではないが。
計五匹。チームクロッカス、ブレイヴ、そしてシャロット。大人数であるが、この五匹でこの先の遠征を進めることとなったのだ。
全員の準備はすでに完了済みだ……ということで、一行は濃霧の森へと向かい、調査を開始しようとしていた。
(……とにかく。霧の湖……そこに行けば何かわかる可能性が高い。カイト以外は誰も知らないことだけど、ことを順調に進めなきゃね……)
アカネは内心そう呟き、深く深呼吸をした。先ほどの心音はどうしたのだろう。すっかり収まり、彼女は冷静さを取り戻している。『味方』の存在を感じているからだろうか。なんとなく安心していた。
濃霧の森に足を踏み入れる。カイトは一行の一番前の方に出ていたが、確かに霧の深い森だ、と感じる。ちゃんと周りは見える。目を凝らせば、野生のポケモンの落とし物……落ちている道具なども見えた。が、周りがベースキャンプよりもはるかに見えなくなっており、目の前が霞がかっている。なんだか感覚がおかしくなりそうだ、と思った。
全く見えないわけではないため、一か所に固まって大きく散らばることさえなければ見失うことはまず無い。霧の中でも姿をしっかりと確認できる。
幸いにも、野生があまり出てこない。この霧の中、戦闘になることを避けたいのだろうか……。と、カイトは考えていたものの、ここに住み着いているポケモンたちは霧に慣れている筈であって、自分たちよりかは絶対に見えている筈である。初めてここを訪れた彼らでさえ周りが見えない、ということはないため、これよりさらに目が慣れており、感覚も優れているだろう……。カイトが考えていたその時だった。
「うぉ!?うでぇ!!」
妙な奇声を上げてカイトは地面に倒れ込む。敵か!?と全員が身構えたものの、その気配は全くと言っていいほど感じられない。まだ入り口付近だからだろうか、警戒して出てこないのだろう。
しかしカイトのあれは何だ?と全員が思う。ふと、アカネが地面に這いつくばったカイトを確認した。強靭な探検隊バッグがクッション代わりになったようで、特にけがはなさそうだったが、なにやら恥ずかしそうな表情をして頭を撫でている。一番近くにいたアカネにはそれが確認できた。
「……あんた、何してんの?」
「ご……ごめーん……」
どうやら、何かに躓いてすっ転んだだけらしかった。それが分かると、リオンは苦笑いしつつも『どんまい』と彼を気づかい、ステファニーとシャロットは可笑しそうに笑っていた。アカネは言うまでもなく、呆れ顔である。
「ほら」
「あ……ありがとうっ」
アカネが手を差し出すと、カイトは意識している以上に大きな声で礼を言いながら、彼女の手をやんわりと掴む。随分と珍しい光景だったため、特にステファニーは覗き込むようにしてそれを見ていた。ステファニー本人は『霧で見えづらいから』と言う。特にしっかり見る必要もない筈だが……?
「……ん?」
起き上がろうと手をついたとき、カイトは手元に何か土や草以外の異物があることに気づいた。もしかして、自分はこれに躓いたのか?と、カイトはそれに手を伸ばす。
指先で触った硬さからして『石』だったが、その石を手で包み込む瞬間に、ふんわりとした感覚がカイトを包んだ。石の筈なのに、ほのかに暖かい。そしてどこからか生命力を感じる。
片手いっぱいという大きさの、透き通った赤い石だった。見た目だけなら宝石である。人工的な加工が施されているような、そんな形をしていたが、赤い石の内部で炎のような物が赤く轟轟と光っていた。
「うぉぉ……ねえ、これ見てよ!」
石が温かい。そして炎のような力強い輝き……炎タイプ故か感情が高まり、アカネに手を借りて立ち上がると、後ろを振り返って全員の前に石を突き出す。
「これに躓いたみたい。不思議な石だね。仄かにあったかいし……溶岩?は、こんなんじゃないし……」
「綺麗だね!宝石かなぁ」
「…………め、珍しいなぁ。貰っといたらどうだ?」
「……確かに珍しそうだし、綺麗」
宝石への感想についてそっけない態度を示すアカネだが、目がキラキラしていた。滝壺の洞窟と同じだな……と、カイトは微かにクスリと笑う。やはり、アカネは宝石類や可愛いものが意外と好きなのだ。
「そうだね。記念に貰っとくか……炎タイプの専用道具とかだったりして?」
「炎の石とか!?じゃあ、私触らないように気を付けないと……」
「あ、あたしもだ……」
「……どっちにしても貴重だ。絶対失くすなよ?カイト」
「?うん」
確かに、見た感じは『炎の石』に似ているかもしれない。ポケモンの進化用道具だ。『進化』という現象は『個体のレベルが高まった』『対応する石に触れた』というだけの場合、あまり見かけるものではないが、もしもということがある。実際に自力で進化するという『才能』を持つ者もいるのだ。以前にカイトが住んでいた大陸でも何匹かはそんなポケモンがいたものだ。決して少なくはない。生憎、この中には二匹も『炎の石』の影響を受ける者がいる。こちらでも気を付けないと。と、カイトは石をバッグの深い部分にしまった。
「ごめん、足止めちゃったね。先進もうか」
そういうと、彼らは同じ場所に固まりながらゆっくりと濃霧の森を進んでいった。
* * *
「……っぅ……」
最初はポケモンが少なかった。霧の所為もあり、森の野生ポケモン達が気づかなかったり警戒していたりで、なかなか敵に出くわすことが無かったのだ。
しかし、その後三回ほど階段を移動した頃には実際はかなりの頻度で野生ポケモンに遭遇した。ホーホーやノコッチなど、個体的には能力の高いポケモンではなかったものの、電気タイプの技の威力が大幅にカットされてしまうダンジョン内の『霧』状態が、アカネの戦闘に支障をきたしていた。
電気タイプのポケモンは霧事態や、霧が起こる原因である様々な条件の所為で体調を崩してしまうという(シャロットの元相棒S氏曰く)。
アカネの体はその状態だった。体が重く、電気が体をめぐるのが異常に遅い。蓄電も上手くできない。できたとしても攻撃技として使う際、その効果は大幅に下がってしまう。
「アカネ!無理しないで!」
カイトはホーホーを相手にしながらも、敵の攻撃を避け続けて息が上がっているアカネに声をかける。彼女も敵を倒してはいるが、体力の消耗が酷い。彼女の戦闘スタイルに『無駄な動き』はあまり見られないが、頭と体が一緒についていくのが精いっぱい……そんな風に見えた。
カイトはホーホーに『竜の怒り』を放つと、足早にアカネのもとに駆け寄った。体に傷はついていない。が、やはり相当体力も種族的な力も消費している。アカネはバッグからオレンを取り出し齧ると、バチバチと頬の周りに電気を散らす。
「レベルはともかく、敵が多いなっ……」
リオンがノコッチに『はっけい』を叩きこむ。ノコッチはそれを理解する前にダンジョンの壁側へ吹き飛び、叩きつけられて意識を失った。ステファニーも同様に敵に『電光石火』でぶつかっていく。彼女にぶつかられた敵は、問答無用で吹き飛んだ。あの小さな体にどんなパワーが……。
周りのポケモンたちは勿論のこと、毎回リオンはそう思うのだ。
「キリがないよ。とにかくダンジョン内の探索は後でじっくりやって、階段を見つけたら即飛び込んで先に進もう!」
ポケモンは多いが、能力は低い。階数を積めば更に強い者が出てくるだろう。しかし一行は、ダンジョン内の捜索を後回しにし、ダンジョンを抜けて先へ進むことを選んだのだ。