沿岸の岩場‐100
* * *
遠征隊、全員が一斉に第一の目的地であるベースキャンプに向かって出発した。
チームクロッカスとグーテ一行は、海沿いの道からベースキャンプを目指すルートを選択し、現在まさに海沿いルートのダンジョン前にいる。
足場があまり多いわけではなく、ザバザバと波が岩に当たって砕ける音が激しい。険しい崖に、ギルドでも臆病ということで定評があるグーテは思わず後ずさりした。一応種族的に泳ぐことが出来るが、この崖の下というのでは話が違うのだ。
「うわー……この先すごい崖になってるね。この先は海か……」
「やっぱり遠征に行くというだけあって、それだけ道も険しくなるのかもしれないでゲスねぇ……」
「ギルドでのあの騒ぎ方はまるで遠足だったから、緊張感が足りなかったわ。結局いつもと変わらず命がけ……か」
アカネは先に続いているダンジョンを見据える。海沿いということは非常に水タイプや岩タイプも多い可能性が高い。水辺には鳥ポケモンも集まってくる。全体的には電気タイプを持つ自分が有利である……という風にとらえた。逆に相方のカイトは不利である。だが、グーテがうまく戦ってくれるのなら順調に進むことが出来る筈だ。
「あ、これが噂のガルーラ像でゲスねー」
グーテはふらりとダンジョンの入り口前に向かうと、がルーラというポケモンを象った像を前足で指示した。ガルーラと言えば、とレジャータウンで倉庫の番人をしているリンダである。
「ガルーラ像……あっちの大陸で何度か見たかも」
「え!?後輩が見たことあってあっしは見たことない……ウゥ」
「……カイトは特殊よ。張り合わない方がいいと思うんだけど……」
「ちょっとダンジョンに行くのが早かっただけだから、気にしないで。
アカネは初めて見たよね?基本的に持ち物の整理ができるんだ。バッグがパンパンになったときとか困るでしょ?」
アカネは少し衝撃を受けた。一見岩で作られただけのように見えるこの像に、そんな機能があるのか……。と驚愕する。カイトの話によれば、ガルーラ像の腹袋の中に、更に小さなガルーラの子供の像がすっぽりと収まっている(ちなみに固定されているので抜けない)。この子供の目がワープ装置のようなものになっているらしく、倉庫と通じているらしいのである。この目に探検隊バッヂや道具をかざしたりすることで、倉庫とのやり取りが可能になる。いったいどんなシステムだ……と、誰もが一度は考えるらしい。ちなみにガルーラ像には二種類あり、倉庫に通じるものと通じないものがある。通じないものはダンジョンの中で奥地までの目安としてなんとなく使ったりするらしい。あったとしても特に誰も困らないため、各地にかなりの量が設置されているのだ。
「変にこういうとこが先進的ね……このワープシステムって、不思議玉でも改造したのかしら……」
「確かにそんな風に見えるかも。透き通ってるしね」
「システムまでは全然知らなかったでゲス……。とにかく、あっしは遠征行くのが初めてなんでチョー緊張してるでゲス……」
「大丈夫。ベースキャンプに行くまではたぶん今までの仕事と何ら変わらないと思うよ。僕たちも初心者だし!ね、アカネ!」
「……まあ、日数的に言えばね」
実は、探検隊にもランクというものがある。こなした依頼の量とその依頼の難しさでポイントが違うのだが、チームクロッカスは毎日が仕事三昧の日々だった。探検隊ランクはノーマルランクから始まり、更にその上がある。毎日仕事三昧をしていると、当たり前だがポイントはみるみるうちに貯まる。そのため、ギルドで一番の新米チームながらもすでに『ノーマルランク』から三つ上のランク、『ゴールドランク』に達していたのだ。ゴールドランク、とだけ聞けば、そこそこの力を持った探検隊なのだということを基本的には皆想像するのだ。
「……ま、まぁ。取り合えず地図を見てみよっか。今いる場所がここで……」
カイトは現在いる海沿いのダンジョン前を指さす。
「皆と落ち合うベースキャンプの場所がここだから、とりあえずはここ……ここまで抜けるのを目標に頑張ろう」
地図をグーテとアカネに見せながら説明し、てきぱきとリーダーシップをとるカイトは、アカネが初めて彼と出会った時のイメージと少しだけ変わっているように見えた。
積極的である。確かに、彼は最初から積極的であったものの、集団の先頭を堂々と行くような性格ではなかったはずである。となると、彼は彼なりに成長している、ということだろうか。
アカネはふと彼の母、サラの言葉を思い出す。移り変わっていく人格。今目の前で指揮をとるカイトは彼自身であり、決して演じているわけでも何でもない。彼自身が作り出していった姿……。
確かに変わったかもしれない。と、この時初めて大きく感じた。それと同時に、何も変わらない自分に少し焦りを感じた。自分では分からないというけれど、本当に自分のことがよくわからない。ただ、気持ちをうまく表に出すことが出来ない。彼女が自分自身を変れていないと感じる理由は、それである。
「……アカネ、聞こえてる?大丈夫かい?」
「大丈夫でゲスか?もしかして気分悪いとか……」
「あ、いや……何でもないわ。ちょっと集中できてなかった。どういう話になったの?」
「とりあえずここからベースキャンプまでの真ん中位のところは絶対通り抜けよう。そしたらたぶん後が楽だと思うから」
すでに地図を仕舞ってしまったため、彼は身振り手振りで説明する。いざ、ダンジョンへ突入しようとなると、次なる問題が発生した。
「なんか入口二つあるね……」
「そりゃややこしいでゲスね……どっちもちゃんと貫通してるとか?行きつく場所は同じ、みたいな。てか、なんか片方メッチャ穴が小さいでゲスね……」
「通路が小さいのはあまり使われてない証拠だと思うけど……。大きい方が確実に貫通してるんじゃない?」
「でも、童話とかだと何でもかんでも大きいものを取ると酷い目に会うとかいうお約束があるでゲスよ?」
「穴抜け玉持ってるし、いざとなれば脱出できるから、とりあえず大きい方行ってみようよ」
グーテは少しモゴモゴしていたものの、アカネの述べた『根拠』を思い出して納得した。穴抜け玉があるので一応安心である。彼も自分のバッグに一つ忍ばせていた。全員納得した上で、海沿いのダンジョンへと足を踏み入れる。
地図の記録上、このダンジョンは『沿岸の岩場』と呼ばれているダンジョンらしい。すでにこの世界の『そのままネーミング』に慣れたのか突っ込むのが面倒になっただけなのか、アカネは眉間に少し皺を寄せるも何も突っ込むことはなかった。
「……ッ……」
ダンジョンに入るや否や、さっそくアカネは電気ショックを撃ち鳴らした。彼女の最初の読み通り、非常に水タイプが多いダンジョンである。しかし、岩タイプは生息していないようで、アカネを軸に進んでいけば順調に突破できるものと考えられた。
カイトは全体的に苦手なダンジョンではあったが、炎タイプ以外の技を駆使し、水タイプの技を受けないよう攻撃することよりも避けることに意識を向けていた。
「アカネ、辛くない?」
「大丈夫」
そういってまた迫ってくる敵に電気ショックを浴びせる。ほぼ一撃で倒せる敵ばかりではあるものの、電気技ばかりを繰り出しているため、電気の消費が激しく、ギリギリ蓄電が追い付いているというところだった。
グーテは先ほどから敵を電撃でなぎ倒していくアカネに驚き、あまり自身は先頭に集中できずにいた。
そのために、隣から攻撃が飛んでくるのにも気づかない。
「グーテ!よこっ……」
「え?」
トリトドンが『バブル光線』を複数グーテの方に発射していたが、気づくのが遅れた。カイトがグーテの目の前に滑り込み、相手の攻撃とかなりの至近距離で力を蓄える時間もなく、『竜の怒り』をバブル光線に向かって繰り出した。
一瞬であったが、カイトの体の周りをまるで細長い竜が沿うように飛んでいる。グーテにはそう見えた。グーテが気を抜いてしまった直後、カイトの頭上を青紫のドラゴンを象ったような光がバブル光線とその向こう側にいる敵に向かっていく。
バブル光線と衝突するかしないかというところで、更にその横から青い閃光が走り、双方の攻撃は光と水しぶきとなって砕け散った。
「っっはぁ……な、なんでゲスか!?いったい何が……」
「ごめん、ありがとうアカネ!」
先ほどまでほかのポケモンの相手をしていたアカネが隣から割って入って攻撃を砕いたのだ。まったく力を蓄えることが出来なかった『竜の怒り』があのバブル光線とぶつかっていれば、押し負けていた可能性が高かった。
アカネはカイトの呼びかけに返事をせず、そのままバッグからピーピーマックスというドリンクを取り出して一気にのどに流し込む。彼女がかなり疲れていると察し、カイトはバブル光線を向けてきたトリトドンに向かって再度、今度は力のこもった竜の怒りを発射した。
先ほどの弱弱しいような力の抜けたような攻撃とは違い、大きな細長い光がカイトの体を沿って頭上に舞い上がると、そのまま竜の形を象りながら大きさを増し、トリトドンへと追突していくのが見えた。
まるで、その光事態に意思があるようである。トリトドンがその場に目を回して倒れると、カイトは足早にアカネの元へと駆け寄った。
「疲れてるんじゃない?このペースで大丈夫?」
「大丈夫だって……あ、ありがと」
彼はオレンの実を小さな手に持たせた。アカネの体は水で濡れており、多少の攻撃は受けたらしい。カイトは後ろを向いてグーテに手招きをする。一緒に前で出て戦おう、ということなのだろうと察すると、倒れたトリトドンの体をぴょん、と飛んでカイトの方へと向かった。
「申し訳ないでゲス……この借りはきっちり返すでゲスよ!」
「チームなんだからあたりまえの事。自分の目の前に集中して!」
もはやお互い先輩後輩関係を忘れており、完全にグーテは後輩の後ろをついていく形になっていた。
三匹の協力プレイで進んでいくと、先ほどよりかは順調にことを進めることが出来た。すでに複数の階段に足を踏み入れている。
能力が低めだと思われる水タイプのポケモンはできるだけカイトやグーテが相手し、やたら攻撃が強いポケモンだけはアカネが電撃で一撃、というスタイルをとっていた。
クロッカスの二匹と自分の実力が違いすぎる、ということにグーテは焦っていた。実力ではなく、才能のようにも見える。ふと、カイトが有名救助隊の息子だということを思い出しうらやましく思ったが、おそらく本人にこんなことを言えば以前のように低い声で言い返されてしまうだろうと察し、内心にとどめる。
アカネの戦い方はまるで舞い踊っているかのようだった。実際本人にそんな気はないのだろうが、クルクル、クルクルと、自分の真後ろまですべて見えているかのように隙のほとんど見られない素早い動きである。しかし、絶えず動くためか息が上がるのも早いように見える。それでも、ピカチュウという種族はこんなに強いのか?と、グーテは記憶にない情報を意味もなく検索した。
カイトはあまり技を使わないらしい。故にこちらもかなり素早い動きをしている。敵に技を繰り出される前に敵の後ろに滑り込み、そのまま掴みあげて壁に叩きつけたり、床に押し付けたのちに技を繰り出す。見方を変えれば少し、いや、かなり狂暴であるようにも見える。
至近距離に近づくのが無理だと判断した相手には協力な技を繰り出しているようだ。少々穴のある戦い方だが、いざとなれば臨機応変できる。
自分の相手に集中しなければならないはずなのに、いつの間にかグーテの意識は戦闘からそれてしまっていた。それに気づいては修正し、また修正。ビッパであるグーテ……彼は集中するものを定めることが苦手なのである。
現在もグーテの目の前にキャモメが飛びまわっているが、グーテの脚力ではどうやってもあざ笑うかのように飛び回るキャモメには届かない。それに気づいたアカネは即座に狙いを定め、糸のような電撃でキャモメを撃ち落とした。それ来たとばかりにグーテはキャモメの翼に力いっぱいに噛みつく。これはかなりの激痛である。ジタバタと暴れるキャモメだが、やがてグーテをはたくだけはたいた後に力尽きた。
「うぅ、顔が痛いでゲス……」
羽で叩かれまくった顔がひりひりと痛いが、特にビッパ特有の平たい顔は腫れあがってもいなかった。一方、グーテが噛みついていた相手のキャモメの翼は、羽が一部抜けて歯形がくっきりと鳥の肌に残っている。早いうちに再びそのキャモメが飛べることを祈りつつ、先を急いだ。
ごつごつとした岩や水たまりが多く湿っているため、カイトは足の裏についてくる水っぽい苔などをかなり気持ち悪く思っていた。それはアカネやグーテも同様であったが、炎タイプの彼にとっては長時間体に水が付きまとうのはあまり好まれる状態ではない。その上水タイプの敵の相手をしているものだから、早くこのダンジョンが終わらないかな、と密かに望んでいた。
彼の望みもあってか、大体階段10個分ほど移動したところで、通路が開けて出口へとたどり着いた。アカネもカイトも特に怪我などは無かったものの、グーテは体に傷を作っていたり顔がひりひりしていたりで、なんとなくどうしようもない状態だった。
「うぅ顔がいたいでゲスぅ……というか、だいぶん近くまで来たでゲスかね?」
「ベースキャンプまではまだまだだと思うよ。半分はおそらく超えただろうから、あとはこの山を越えれば難関突破だ」
「さすがに疲れたわね。少し……」
「お腹減ったでゲスぅ……」
ちなみに、基本グーテがいつも空腹状態なのはギルドのほぼ全員が知っていることである。
「今からここを超えたら真夜中ね。隅の方でテントでも張る?」
「僕は賛成。今日はここまでにして一晩休もうか!」
「賛成でゲスー!」
「じゃあベルの作ったご飯だ!」
「おっしゃぁぁ!でゲスぅ!」
「回復用の木の実は別に置いとくわね」
「ありがとう〜」
その後、三匹で談笑しながら食事をとっていた。が、テントを張る段階になると、グーテは二つのテントのうち片方に追いやられたのだった。一緒に寝たいと駄々をこねたグーテに漆黒の笑みを浮かべ、地の底から出ているような低い声で追い返した者がいたことは言うまでもないだろう。
ちなみにその頃、一日中大活躍だった小さき少女はすでに熟睡中だったと言う。