遠征開始‐99
* * *
「さっそく家帰って準備してきますね!なんでこんなことになったんだろう!!めっちゃ嬉しいです!じゃ、またギルドでぇ!」
非常にテンションが高いシャロットは、そういうと嵐のごとくアカネとカイトの前から姿を消した。各メンバーが長旅になることを予想し、とレジャータウンに出て遠征の本格的準備をしている。さ自分たちも最終的な準備をしよう。と、クロッカスの二匹もまたトレジャータウンへ向かっていた。
トレジャータウンはどこかざわついている。ギルド全員で遠征に出かけることはすでに広まっているのだろう。様々なポケモンたちから声をかけられる。
「もう広まってるね。早いなぁ……」
「……あんたさ、遠征に行くことくらいは親に伝えたらどう?」
「あ……あぁ、うん……伝えるよ、伝えるって……うん」
全員楽しそうではあるものの、これは遠足ではないのだ。未開の地の探索が目的なのだから、危険がつきものというのは理解しているはずだ。もしもいきなりサラやガリュウのもとへ連絡があり、遠征でカイトがこれこれこうでどうなった……などという話を聞いたら二匹は腰を抜かすどころではないはずだ。アカネはそう思った。
先ほども彼女はグーテが急いで親に手紙を書いているのを目撃しており、カイトもそうしておいた方がいいのではないか、と考えていたのだ。しかしながら、カイトの返事を聞いて彼女は密かに思う。彼はおそらく連絡はしないだろう。そしてこうも思った。
自分は、こんなにもおせっかいな性格だっただろうか?
「とにかく遠征に行けるのはクロッカスにとってはすごい有意義なことだと思うし、実績を残せたらいいよね」
「……そうね」
カイトは両親の話に触れない部分では明るかった。本気で遠征に行くことができるのがうれしいのだ。そんな彼に対するアカネの返事は短い。まだ素直に空気に乗ることが出来ないでいた。
一通り遠征の準備を終える。ガルーラのリンダやヨマワルのホレフ、カクレオン商店の二匹など、トレジャータウンにいる様々なポケモンたちから祝福と応援の声をもらっていた。頑張らないわけにはいかない!と言わんばかりにカイトは意気込み、アカネは表情には出さずともなぜか尻尾を上下にぶんぶん振っていた。何故だか尻尾によく出るようだ。カイトはそれに気づくたび吹き出したくなる衝動をこらえている。
「アカネ、装備とかどうする?」
「スカーフはするけど、これと言って特別な道具も持ってないじゃない」
「そうだよね……ちょっと集めとけばよかったかも」
そう言いつつも、二匹が装備しているのは攻撃力や防御力を高めたりといった一般的な装備品だった。それについては二匹共々あまりこだわっておらず、カイトは『遠征から無事に帰ってきたら専用道具とかも集めてみるか……』と、密かに考えていた。
「……うん。やっぱリボン可愛いね」
「別に好きでつけてるわけじゃないんだけど」
不愉快そうにアカネが目を細める原因は、片耳の付け根に巻き付けられたリボンである。これも探検にて効果を発揮する道具ではあるが、小柄な種族であるアカネにはやや大きすぎるため、首に巻くとヒラヒラして非常に邪魔になる。
そのため耳に巻いて蝶々結び。耳にならば何重かに巻いても長さが足りなくはならないため、小振りなリボンが耳に引っ付いているようだった。
「スペシャルリボン……ね。名前そのまんま……」
種族上、特殊攻撃が多く、不利の多いであろう電気タイプの技の効果を高めるための道具である。普通のスカーフでもよかったのに……と、彼女は内心少し愚痴を垂らしていた。
「……よし、じゃあそろそろギルド戻ろっか!」
「……まぁ、いいけど、さ」
文句を言いたいながらも、長旅の前に余計な体力を使いたくないと思い、彼女は文句を喉元で抑えた。カイトはカイトで、アカネが何を言いたいか察しているもののスルーする。彼は上機嫌だった。
トレジャータウンからギルドの方へ向かうと、同じようにいそいそとギルドへ向かうメンバーたちを何匹か確認する。もうほとんどギルドの方へ戻ったのか……。二匹は顔を合わせると、少し急ぎ足になる。
ギルド前へたどり着き、さっそく建物の前の階段を上ってギルドの入口へ向かおうとすると、見覚えのある二匹がギルド出入り口前で佇んでいるのが見えた。赤い体の四足歩行のポケモン、黒と青が中心の二足歩行のポケモン。二匹がよく知っているリオンとシャロットだった。リオンの近くにステファニーがおらず、なぜかシャロットがいるというのがどうにも二匹には不思議に思えた。何か話し込んでいる様子であったが、話を終えるとリオンは一足先にギルドへ入っていく。シャロットは俄かに俯いていたが、しばらくしてギルドの中へと入っていった。
「……あれ、ステファニーに言っちゃダメな感じかな?」
「……意外なとこで繋がってんのね」
アカネは再び違和感を覚える。ステファニーではなくシャロットがリオンの近くにいたという事実……ではなく、何か他のところで引っかかっているような気がしたものの、それが何なのかはよくわからなかった。
おそらく挨拶でもしていたのだろう。シャロットの律儀(?)な性格ならば一匹一匹に挨拶して回るのも無理はない。が、そんな雰囲気でもなかった気がしていた。特に気にすることでもないと自己完結させ、ギルドの方へと急いだ。
この時、彼女は本当に無駄な体力を使いたくなかったのだろう。
* * *
「準備ができたのか?」
先ほど遠征発表と説明が行われた場所でペリーに声をかける。すでにほとんどのメンバーが集まっており、ギルド内は何とも言えない熱気に包まれていた。その猛烈な遠征への思いというのか、気持ちというのか。それが充満する場所で、アカネは少し当てられかけた。
「準備は一応できたよ。確認する?」
「いや、それは各自任せている。
だが、とりあえず念押しだ。遠征はきっと長旅になる。道具は勿論、食料は保存食に向いているグミなども多少持っていくのが適していると思われる。
大丈夫か?できるだけ手っ取り早くことを進めたい。準備しなおすなら早めがいいぞ」
「……大丈夫よ」
「お、アカネ。珍しくリボンをつけているな♪なかなか似合ってるじゃないか♪」
「……どうも」
やはり耳につけたリボンは目立つのである。アカネは軽くカイトをにらみつけるものの、カイトはどこか別の場所をじっと見つめているようだった。
「……で、では!大丈夫なのだな!
他の弟子たちもそろそろ揃うだろう。揃ったら号令をかける。その後説明会を執り行う。それまで待っててくれ。
……お、おい!!カイトッ!!」
ペリーはスムーズに、つらつらと説明していたが、最後まで伝えるべきことを伝え終えるとキンキンとする大声でカイトを怒鳴りつけた。
アカネはぐっと顔を上げ、カイトの表情を見るも、いつも通り穏やかな顔つきでアカネににこやかに笑う。
いったい何なのだろう、と、彼女はかすかに首をかしげるしぐさをした。
「……カイトが何?」
「どうしたの?僕が何?」
「え?あ、いや……気のせい?いや、なんでもない」
ペリーはふるふると首を振る仕草を何度か繰り返す。何だか今日は気持ちがモヤモヤすることが多いな、と思いつつ、翼で微かにキリキリと痛む胃のあたりを擦った。遠征には胃薬を持っていこう……と、彼は今更ながら決めたのだった。
ギルドの中央では、すでに準備を終えたポケモンたちが談笑していた。中には大荷物を抱えているがために、ほかのポケモンから注意されている輩もいた。遠征に行くメンバーはほとんど揃っているであろうと思われる。
カイトはメンバーの中にシャロットの姿を探していた。アカネも同様に彼女のことを探していた。シャロットは部屋の隅の方であろうことか自分のバッグの中に顔を突っ込んでいた。何をしているんだ。と、アカネは呆れ、カイトは苦笑いをしていたが、先ほど、ギルドに入る前の光景を思い出した。
リオンと話し込んでいるシャロットの姿。アカネはふとリオンの姿を探そうと思い、クルクルと部屋中に目を向けると、いつも通り彼はステファニーと仲良さげにバッグの中を確認していた。やはりただの挨拶だったのだ、と納得し、ペリーから号令がかかるのを待つ。
「…………んー……と。
全員そろったかな?揃ったっぽいな。よし!
では、説明を行う!全員一か所に固まれ」
ペリーはメンバーの名前が書かれたチェックシートに全員分の印がついていることを確認すると、メンバー全員に号令をかけた。ざわめきは多少収まり、全員がいつも朝礼をする位置に集まり始める。
シャロットはアカネたちの隣に並ぶ。アカネにはシャロットの頭の上に熟れて柔らかくなりすぎたモモンの実が潰れて引っ付いているように見えていた。自分の隣から微かに甘いにおいが漂ってくる。ああ……後で教えてあげよう、と思い、とりあえずその場ではスルーした。バッグに頭突っ込んだりするから……。
「それでは、今回の遠征について説明するぞ♪
まず、今回の目的。それは『霧の湖』の探索だ」
「……霧の湖?」
カイトがペリーの発言の中に出てきた場所をオウム返しするように口にした。カイトはもちろん、遠征に行くほとんどのメンバーたちはまだ本格的な目的を知ることはなかったからだ。不思議に思うのはある意味当たり前である。
「そうだ。ここから遥か東にあるとされている湖なのだが、そこは霧に包まれており故に、ハッキリと確認されたこともなく、噂だけが生きているという幻の場所……とされているのだ。
そしてそこには……とても美しい財宝、すなわち言うなればお宝が眠っていると言われているのだ♪」
ペリーはそれを口に出した一瞬、財宝とギルドの赤字完全挽回をイコールでつなぎ合わせた。彼はよだれが出そうになるのを必死に抑える。
「宝って……実際そんなんあるのかしら……」
「結構あるもんらしいよ。母さん達が救助のためにダンジョンの奥地まで行ったときは金塊の山が有ったりしたこともどうのこうのとか」
「……そりゃ、すごいわね……」
メンバーたちは聞こえていないふりをしつつ、アカネとカイトの会話に耳を傾ける。いよいよ財宝説が信ぴょう性を帯びてきた訳である。ちなみにカイトの両親が見つけたその金塊、救助隊連盟によって今後の救助活動資金のためにほぼ回収されてしまったことはカイトのみが知っていることだったが、彼もどことなくうろ覚えだ。おそらく忘れている。
「僕も少し前はブイブイ言わせてたよ〜♪更なるお宝に出会えると思うとほんと楽しみだね♪涎出そうだよ♪」
そういって楽しそうに体を揺らしている張本人は親方のパトラスだった。お宝が手に入ったからと言ってギルドへの分け前九割制が無くなるわけでも無く、パトラス本人は相当いろいろ『持っている』であろうことから、彼は金銭面に関しては鬼である。
親方様ご本人は、今回の収穫をギルドの経営金に回すなどまったく考えておられないのだろうな……、と、その発言を聞いてペリーは嫌なことを考える。とりあえず説明に集中しようと思い、羽で抱えていた地図を床に広げた。
「では、みんな。各自不思議な地図を取り出してくれ。
私が示す場所を覚え、自分の地図に視点を移して考えてくれるとありがたい。
まず、ここが霧の湖があるとされる場所。未開の場所のため、雲に覆われているのが分かる」
ペリーは丁寧に羽を使い、説明している場所を指さしてメンバーに教えた。全員ペリーの羽先の動きを見ながら、各自で地図に印をつけたりルートを書き加えたりと工夫を施す。
「我々のギルドはここ。
見てのとおりではあるが、この場所からはかなりの距離がある。
なのでここのふもと……ここに、我々のベースキャンプを張ることにする。
また、ベースキャンプまで全員でそろって進むには機動性に欠けるので、このベースキャンプまではいくつかのグループに分かれて行動してもらおうと考えている。
今からそのグループ分けを行う」
ペリーは全員が自分の話についてきているか確認しながら話を進めていた。既にグループ分けは全員が準備に出て行った時にちゃちゃっと作っていたため、ペリーは要領よく自分の頭の中だけで決めたグループを発表していった。
「では最初に、フラー、ゴルディ、トラン、クレーク。これで一チームだ」
同じグループになったもの同士挨拶を交わす中、クレークは面倒そうに腰を叩いていた。
「次、ベル、ヘクター、アドレー。
んで……えぇと、親方様と私は二匹で行くということで……よろしいですか?」
「え!?ペリーと一緒!?そんなのつまんなぁい!」
「ぐっ……我が儘言わないでください。これも大事な作戦です!」
「ペリーのおケチ」
言われるだろうな、と予想はしていたが、面と向かって言われるとペリーはやはり傷ついた。泣きそうになりながらも引き続きグループ分けを続行する。
「ドクローズの方々は単独でお願いします」
「承知しました。ククク……」
嫌らしい笑みを浮かべながら、グロムはクロッカスの二匹と乱入してきたシャロットを見つめた。唾を吹きかけてやりたい衝動を堪え、静かにメンバー発表に耳を傾ける。
「次のグループはリオンとステファニー。だが、そうなると偏りが出てしまう。
シャロットはリオンとステファニーの方へ付いてくれ」
「うぇ!?わ、わかりました?」
「よろしくね〜!シャロット!」
ステファニーは種族的に近しく感じたのか、シャロットに向かって輝かんばかりの笑顔で挨拶をした。そんなステファニーに心を許したのか、シャロットも思わずにっこりである。リオンは『了解』とだけ言うと、そのまま特に何も言わなかった。
「ステファニーさんかわいぃ〜」
「当てられたね……」
「まぁ……とりあえず頑張んなさい。あと……頭になんかついてるわよ」
「ありがとうござ……うぇ!?あ、ほんとだ。うぅ、汚い……」
頭にくっついたモモンの実を見てげっそりとしているシャロット。それを見てクロッカスの二匹は更に呆れていたものの、アカネの方はあの二匹のチームでも大丈夫なのかと心配していた。
「最後のグループ。アカネ、カイト、グーテだ。こちらも新人揃いだが、うまくやってくれ」
グーテはクロッカス二匹の方を目を輝かせながら見ていた。
(後輩と一緒に探検できるなんて……これもまた運命でゲスかねぇ……)
何か物思いにふけりつつも、グーテは「よろしくお願いしますでゲス!」と、笑顔でクロッカスに挨拶をした。カイトも「よろしく!」と言いながら手を振る。アカネはコクリと頷き、僅かに手を上げて意思を示した。
「これにてグループ分け終了!!この後各自で動く前にベルから弁当を受け取ってくれ♪
皆!頑張っていこーーーー!!」
おぉー!!と、全員の声がギルドを突き抜け、遠征日和の快晴、青い青い空まで響き渡った。
その掛け声と思いは彼の『霧の湖』まで届いたのか否か。遠征隊は霧の湖の探索の為、各自で選択したベースキャンプまでの道のりを歩み始めたのだった。