アレ気になる…‐81
「…………ねぇ」
気だるそうにしていたアカネが口を開いた。彼女の目の前ではチリーンのベルがせっせと身の回りの世話をしている。朝、あまり部屋を片付けていなかったため、いつもに比べて少しだけ散らかり気味だったクロッカスの部屋はベルの手によって綺麗に片づけられた。
ベルが動くたびに微かにちりん、ちりんと音が聞こえる。その鈴の音は気持ちがよく、アカネもその音にはなにも言わずに、ただただ聞いていた。
それは昼前。カイトが丁度客人と別れたくらいの時間だった。
カイトが出て行った後に、『クロッカス』に客が見えたという話をほんの少しだったがアカネは耳にはさんでいた。
「……私達に、客が来たって聞いたんだけど……。何のことか知らない?」
「フフ、やっぱりこういう時って、安静にしてないとって思ってても暇ですよね。
ちらっと見た感じだと、お客さんはロコンでした。女の子っぽかったですかね?可愛かったですよ」
「…………そう」
そう言って、ころりと横向きに寝転がった。深く毛布をかぶり、黄色く丸まった尻尾の先を落ち着きなくい揺らしている。それを見て、ベルはおかしそうにクスリと笑う。
先ほどよりもあからさまに不機嫌になった彼女を見ながら、ベルは再びせっせと手を動かし始め、そのついでに口も動かす。
「カイトさんのご両親って、伝説の救助隊の二匹なんですよね〜」
「……らしいわね」
「ホントなのかなって思いましたけど、本当みたいでびっくりしました。その伝説の事はあまり詳しくは知らないんですけどね」
「……大体ステファニーから聞いたわ」
「ステファニーさん、本が好きだからなぁ。そういうの大体彼女から教えてもらいますよね。
ステファニーさんとリオンさんって、見た感じ結構ベテランなんですけど、実はアカネさん達がギルドに入ったほんの少し前に加入してるんです。二匹ともそうは見えないでしょ?」
「…………」
アカネやカイトが初めてチーム『ブレイヴ』と顔を合わせたのは、依頼中にお尋ね者と対峙したことで危機的状況に陥っていたところを救ってもらった時だった。アカネも、彼女たちの事は最初かなりの先輩だと思っていたが、最近ちらほら聞く話や、ベルの話を聞くとそれは違うのだ、と言うことが何となくわかってきた。少し意外な気もするが、それと同時に彼女はどこか安心していた。
「カイトさんはきっと今頃依頼頑張ってるだろうし、アカネさんも頑張って直しましょ!」
「…………ん」
嗚呼、不味い。また涙腺が……。と、アカネは目をギュっと押さえる。涙腺が緩くなり、感情のガードも緩くなってしまうらしい。
そんな様子をベルは微笑みながら見つめていると、ベルの持ち場にある呼び出し鈴がチリリン、と鳴り響く。
アカネにはあまり大きな音には聞こえやしないが、ベルにとっては十分な音量だったらしく、体を動かすのをやめた。
「あ、編成所に誰か来たみたい……すいません、ちょっと行ってきますね」
「…………」
ベルはふわふわと飛びながら部屋を出て行った。アカネはいつ帰ってくるかわからないベルのことを頭の隅に置きつつも、彼女が帰ってくるまで少しだけ意識を閉ざそうと思い、余った部分の毛布を抱えて、目をゆっくりと閉じた。