客人の正体‐80
「い、いいから、君、落ち着いて!落ち着いてください!」
土下座をしているというよりかは、崩れ落ちて項垂れているようにも見える目の前のポケモンを落ち着かせようと言葉をかけるものの、相手は小さく唸るばかりでまるで話にならない。
できるだけ自分も低く座り込んで立ち上がってくれるよう説得すること約十分。相手が誰なのか、このポケモンの種族など考える暇もなく説得し続けた。
その結果、何とか落ち着いてもらい、何とか立ち上がってもらうことができた。ついでにパッチールのエルフのカフェへ一緒に移動していただいた。
「だ、大丈夫ですか……?」
何とか心配はしているものの、内心三分の二がドン引きである。
「だ、大丈夫です……すいません、何か頭真っ白になっちゃって……」
申し訳なさそうに、未だに頭をふらふらと危なっかしげに下げ続けるポケモンを、今度は冷静な視線から見てみる。
四足歩行。狐のような姿をしている。クルンとカールした耳の間に生えた体毛。六つに分かれた尻尾。
「え、えっと……会ったことがありましたっけ?すいません、記憶にないんですけれども……」
「あっ、その認識で大丈夫です!はじめまして、早朝からいきなり押しかけてすいません……」
「そ、そうですか。失礼しました。えっと、それでご用件は?」
先ほどの出来事が、目の前のポケモンにとっても相当ショックだったようで、会話はとてつもない手探りだった。仕事前ではあるがすでに少し疲れた。こういう時に的確に話の的を射るのがアカネ、だったか。油断した。
「あ、えと、チームクロッカスの方を呼んだんですけど!クロッカスの方ですよね?ヒトカゲの……たしかもう一匹いたような……ピカチュー……あ、もしかしてチームガーベラとか……」
「すいません、相方はちょっと体調不良で今日は休んでて、チームガーベラはすでにこの大陸には居ないと思います」
「あ、そうだったか……そうでしたか!すいません、贅沢言っちゃって……相方さん、早く良くなるといいですね」
だんだん話の軸が傾いて言っているような気がする。これは不味い。
「ありがとうございます……えっと、それでご用件は?」
「うぉ、ご、ごめんなさい!あたし、緊張するとどうしても話が違う方向に行っちゃって……。
用件、っていうのは……とりあえず、まず、自己紹介させていただくと……。
あたしの名前はシャロット、って言います。種族はロコンです。尻尾が六つで狐のコンコンでロコンです。炎タイプです。炎浴びると強くなります。宜しくお願いします!」
恐らく自身の特性が『貰い火』だと言いたいのだと思う。多分。アイドルの自己紹介のようだ。
「じゃあ……はじめまして、シャロットさん。僕はチームクロッカスの副リーダー、カイトです。
それで、ご用件というのは?」
「はじめまして!カイトさん!では……あ……喉渇いたな……すいませーん!お水下さい!」
「はーい」と、女性の綺麗な声が遠くから響いてくる。朝なので朝食がてらカフェに来た客がほとんどだ。あまり混んでいるともいえないので、カフェの看板娘、ニンフィアことレイチェルは機嫌良くで水を用意し始める。炎タイプでも喉は渇くので、突っ込まない。
「えっと、足ひっぱっちゃってごめんなさい。さっそくですけど本題に入ります」
待ってました、とばかりに、やっとの開幕へ内心で拍手を送った。
「結構前に、セオという名前のコリンクが、あなた達に変な依頼をしませんでしたか?」
「セオ……セオ……?あ、」
以前、自身の救助依頼のついでに盗賊団チーム『MAD』に対して仲間の敵討ちを僕達に依頼してきたコリンクだ。
結局そのセオというコリンクは、『探検隊オタク』のようなものだったようで、実際は『MAD』と僕達『クロッカス』をぶつけて僕たちの力を測るために自らが『MAD』にズタボロにされる、という計画を実行したというなんてこった話だった。しかも間接的にはそれが引き金となったのか僕達『クロッカス』は、解散の危機にまで追い込まれかけた。
しかし、それらの揉め事が結果的にアカネの心を少し解すことができたのも事実である。
それらの事を簡単にシャロットと名乗る彼女に説明すると、再び「あ”〜〜〜」と、ひび割れた声を出して項垂れてしまった。
「あぁ……嘘ならよかったのに……マジだったなんて……あの馬鹿……」
「あの、そのセオがいったいどうしたんですか?」
「セオもまた、他のポケモンと探検隊のチームを結成していたんだけれど……。あ、セオが真実を言ってれば、カイトさん達と会った時はすでにチームは解消してたと思うんですけど。
その、セオの元相方であるポケモンは、実はあたしなんです」
「えっ……そ、そう、なんですか」
一瞬驚きはしたものの、これらの流れから察するに、それ程過剰に驚くことでもないと判断したのだが、正直あの件はもう終わったと思っていたのでいきなり来られて予想外だった。
「……多分、あの件から少ししたころなんじゃないかと思うんですけど。あたしにあいつから手紙が届いたんです。
探検家を追いかけるのはもうやめる、って。暫く里帰りするとか何とかぐだぐだ書いてあったんですけど……。あいつがそんなきっぱり止めるなんて言い始めるなんてなんだか変だな、って思って。それで、直接セオの家に聞きに行ったんです。手紙じゃなんだかおさまらない気がして。
それで聞きに行ったらその件の話を片っ端からされて、その時も頭真っ白になりましたよ」
そう言って彼女は僕の顔を改めてみると、今度は落ち着いてゆっくり頭を下げた。
先ほど思ったより、話の順序がしっかりしているし、落ち着くと頭の普通に回転は速いのかもしれないと思った。確か、セオ本人は相方の事を『正義感が強くて、頭が悪い』と話していたような気がする。
わかるような、分からないような。そんな何とも違和感のある感覚だった。
「うん……まぁ、僕も敵討ちの話を聞いた時はピンとこなかったけど、MADと話をするまでは疑ってなかったし、相方のアカネは何となくおかしいと思ってたみたいだったんだけど。実際やっぱり聞くと、びっくりしたというか、いきなりだな、っていうか、そんな感じだった。あ、全力でタメ口聞いちゃってごめんなさい」
「あ、いや、じゃああたしもタメで……いやいや。まだ話終わってないからね……うん。カイトさんは思い切りタメ口で大丈夫です。
……あいつ、思い立つとどうも止められない性格みたいなんです。いっつも熱くなっちゃうと、細かいところまで思考が行かないみたいで、冷静になってから後悔するのが主ですよ。まぁ、本人は三日くらいですぐに反省なんてポーイですけどね。
だから、尚更おかしいなって思って。さすがに今回はやり過ぎたって。結構自分の行動が堪えたみたいで、里帰りすると言って少し前に家を空にして出て行ったみたいです」
「……確かに考えものだね、それは」
正直、ほんの少しだが病的な何かを感じたのも事実だし、自分をしっかり見つめ直す機会が出来たのなら、それでいいと思う。
……と、僕が思ってみるが、これはあまり他人事でもないな。何となく。
「……それで、あたしが本当に言いたいことがあるのは、ここからです」
「は、はい」
急にかしこまってしまい、シャロットは椅子の上にしっかりと座りなおした。僕も不意に背筋がグッっと伸びて、尻尾もピンと伸びる。
「……元チームメイトとはいえども、下手をすれば命に関わるような問題にあなた達やチームガーベラを巻き込んだ上、本人は当時、まるでゲーム感覚でそれを行っていたことなども踏まえて、ロクな謝罪もせず、勤務時間中にギルドの方にも多大なご迷惑をかけたことを、深くお詫びします……。申し訳ありませんでした」
やけに丁寧な言葉で、かみしめるように頭を下げるのを見て、なんだかとても複雑な気分になった。
「い、いやいや、君は加担していたわけではないし、すでに終わったことだから。そんなに気負わなくてもいいよ」
「……そこで!」
「え?」
いきなり下げていた頭をグイッと上げて、勢いよく喋り始めた。一体次は何だ?と、再びペースに飲み込まれていく。
「あたしをチームクロッカスのメンバーにっ……!というか、クロッカスのサポートをさせてはいただけませんか!」
「え、え?さ、サポート……とは?」
いきなりすごい剣幕で迫ってくるシャロットに若干引き気味だった僕は、何と返せばいいのか分からずにとりあえず思い浮かんだ言葉をそのまま口にしてみた。
「セオがやったことは償おうとも償いきれません……!セオが里帰りしてしまった以上、あたしはクロッカスのお二人の力になろうと思うんです!二匹ではなかなか突破しにくいダンジョンや依頼があったりとか、そういう時は是非あたしもメンバーに加えて〜」
「いやいや!まず、償いきれないことも無いというか、そんなに気にしてないし!君だってそんなに気負う必要はないよ!」
「いやいやいや!決してあたしはその、最近話題のクロッカスにひっついて有名探検家デビューするかもラッキー!とか絶対思ってませんからね!ただ、たまぁ〜に。たまぁーにメンバーに加えてもらえたら、あたしメッチャ敵とか倒すので!」
「いや、でも、そればかりはちょっとアカネに相談してみないと」
「あ、そっか……じゃあ、後でギルドのチリーンの、あのポケモン……ベルさんに話付けとくので、連絡はそこを通してください!お時間取らせてしまってごめんなさい!」
「い、いえいえ。……まぁ、とりあえずアカネに相談してみるよ。二匹では突破しづらいところもあるっていうのは、確かに間違ってないしね……」
「ありがとうございます……!あ、あと……これから仕事行くところだったんですよね。多分。時間減らしてしまってごめんなさい。
これ、少ないけれど、謝罪するにあたっての品?みたいな……です」
そう言うと、シャロットはごそごそと荷物を漁り始め、中から何かが包まれた風呂敷のようなものを取り出してテーブルの上にどっさりと置いた。
中からチャリン、カラン、と、ガラスやお金のようなものがぶつかり合うような音が聞こえる。
「これは?」
「えっと、不思議玉と銀の針……それから500ポケ位、です。少ないですけど……セオとあたしからです」
「セオが?」
「この500ポケはあたしの分で、相談料みたいな感じです。この不思議玉とか銀の針とかは、セオが出てった後住処に放置してた物を失敬してきました……あ、これ内緒です」
器用に前足を使って不思議玉や銀の針をお金と分けていく。本人はたった500ポケと言うが、こちらからしてみれば基本的な依頼を三つほど完遂して、もらえるかもらえないか位の金額である。
「……うーん。このお金は君のものなんだよね?」
「はい、そうです!今回の相談料……もっとあったほうがいいですかね……やっぱり……」
「いや、この相談料だけもらうよ。後は持って帰ってほしい」
そう言うと、彼女は驚いたようにまんまるい目をさらに丸くする。その後、戸惑ったように首をかしげた。
「え、でも……」
「本来セオのものなら、セオが同意したものじゃないと受け取れないよ。気を使ってるとかじゃなくて、ばれたら怒られるしね。相談料500ポケで十分……というか、多すぎるくらいだよ。本来これも受け取るべきじゃないだろうし……」
「ばれないようにするのは簡単なんじゃ……?」
「でも、相方……アカネには言いたいから」
「……わかりました。
それじゃあ、本当に本当に、お時間頂いてありがとうございました!それですいませんでした!
お返事待ってます!」
そう言うと、嵐の如く、吹き飛ぶようにカフェから出て行った。なんだかんだでしっかり不思議玉と銀の針は持って行ったようだ。
嵐の後の静けさ、というのだろうか。特にカフェの中はいつもと変わり映えなく、ポケモン達の談笑や話し声が聞こえるが、それがとても静かに感じた。
「なんだか、賑やかな子でしたね〜」
そう言いながら、水の入ったコップをリボンで器用に運んできたレイチェルが、そのコップをゆっくりと僕の目の前に置いた。
それと同時に、彼女……シャロットの飲み終わった後のコップを回収した。
「駄目だー……会話が全く思い出せないや」
「急に静かになった感じがしますね。ふふ。
……そう言えば、お時間大丈夫なんですか?もうお昼前ですけど……」
「えっ!?」
そう言えば、隣のテーブルでポケモン達が食べているのは、このカフェの昼限定のアイススムージーのように見える。
勢いよく水を飲み干すと、荷物を持って早足でカフェを後にする。
後ろから「ありがとうございました〜」と、綺麗な声が聞こえた。