差し入れ‐78
やることが無いと言うのはこれほどまでにつまらないことだったのか、というのを、今更ながらにして実感した。
鈍く痛む頭部と、疲れきってものを見るということ自体を放置しがちな目など、明らかにいつもの私とは違うと言うことが分かる。
自分の体なのだから、本当は私だってそれくらいは分かっている。
カイトに仕事を任せてしまったと言うのが、正直プライドに反した。こんな状態ではカイトの足を引っ張ってしまうかもしれない。
そう自覚していながらも仕事を休もうとは思わなかった。
熱があるらしく、電気が体から若干漏れている。普段から余分な電気を上手く発散できていない為か、朝は特に電気が体にたまりやすい。こう言う時に電気タイプというのは不利なのか、というのを今日改めて実感した。
電撃技を使っても使っても、ダンジョンの中であればどんどんと電気が溜まっていく。上手く発散できないのは私がポケモンとして未熟なのもあるだろうし、自身の体質によるものだとも言える。
「……しんど」
ステファニーやフラーに寝ておけ、休めとゴリゴリに言われていた時、何だか鼻にツーン、と、嫌な感覚が走った時とてつもなく焦った。
自分でもわかるほどにみるみる涙が眼にたまって、歯を食いしばらなければ決壊する所だった。
しかし、カイト達にばれてしまい、維持を張ってこの場に伏すまで口を開くことはなかった。
その時の複雑な感情を思い出すと、また涙らしきものが目に膜を張ってきた。嗚呼、駄目だ、なんでだ。
いつもより弱気だった気がする。なんだか酷く責められているような気持ちになって、悲しくなってしまっていたのかもしれない。
というより、現在進行形でそうだろう。
疲れる。
ものすごく、疲れる。
「アカネ、入ってもいいかな?」
「色々もってきた」
部屋のドア越しからステファニーとリオンの声が聞こえた。急いで目をぬぐうと、ゆっくりと体を起こして体に毛布を巻きつける。
「……どうぞ」
そう言うと、直に扉を開けて入ってきた。リオンが何故かコップのようなものを持っており、ステファニーが背中に木の実を乗せている。
いったいなんだろう、と、鈍く回る思考を巡らせると、確か、色々持ってくるとか言っていたのを忘れていた。
「アカネ、さっきごめんね、パニクっちゃって……」
「……別に。大丈夫だから」
「ありがとう……自分でもなんであんなことしたのか……」
「ステフィ沈み過ぎだ。悪い、とりあえず持ってきてはみたけど割と色々あるんだな、この部屋……。
うーん。まぁいいや、とりあえずこれ」
リオンが器用に両手で持っていたコップを私に渡してくる。少し身を乗り出して受け取ると、あまり揺らさないようにと忠告された。ゆっくりと顔の下に持ってくると、いつか見たことのある毒々しいような何とも言えない色の飲み物が入っていた。
確か、ギルドの前にあるカフェで以前リオンが頼んでいたあれである。
「これ……」
「オレンの実のドリンク。色はまぁ……あれだけど。前飲んだら美味かったし、少し甘さ控え目にしてもらってるから飲みやすいと思う。
目を瞑って飲むがいい」
「……あ、ありがと」
―――いつもなら、揺らさないようにと言われた時点で『そういうの先に言ってよ……』と、返している所だと思う。が、不思議とそんな言葉は出てこなかった。
ただ、別に文句を言う気力もなくて、そんな風に言おうとも思えなかったため、これでいいか、と自己完結させたのだ。
「ねぇ、アカネ。カイト、多分いつもよりも早く帰ってくると思う。勝手に一匹で出てっちゃだめだからね!」
そう言って、ステファニーはいつものように笑顔を浮かべた。その顔をされると、緩み始めた涙腺が再び綻びそうになる。
ドリンクをこぼしてしまいそうになるので、一回ベッドの横に置いた。
「……分かった」
私がそう言うと、彼らは安心したように柔らかく微笑んで、部屋を出ていく。
部屋に一匹、取り残された寂しさが声も雑音もない静かな空気と混ざって、ふわりと私の上に散っていた。
目元を再び拭うと、床に置いたコップを手に取り、気を紛らわすようにゆっくりと口をつけて中のジュースを飲みこんだ。
「……あま」
果実独特の甘いような、苦いような、不快感の無い酸味のようなものが口の中で解けた。