さらに不機嫌‐76
「えっ」
誰が?と、思わず聞こうとしていた自分を一旦制止すると、アカネの顔を覗き込んだ。
「…………」
確かに泣いている気がする。というか、泣いている。
目をウルウルとさせ、止めようとしているもののぽろぽろと目から涙がこぼれているし、唇を噛んで耐えているようにも見えた。
これは、完全に泣いている。
「うぉぉ!あ、アカネー!?」
「え、何、何したのお前ら!」
「な、何かしたかな……したかも……?ああ……」
あまりの事に半ばパニックに陥っているステファニーは顔を真っ青にし、次の瞬間「スマイルー!!」と言いながら先ほどまで地面に付けていた両前足で、思い切りアカネの頬を左右に引っ張った。パニック故の行動だろう。ステファニーのパニック顔も面白いが、アカネの顔も相当面白いことになっていた。
だが、そんな事をすればステファニーがどうなってしまうのか、その瞬間僕には察しがついたので、すぐさま止めに入ろうとステファニーの前足へと手を伸ばす。
「ステファニー危ないよ!」
「ふぇ?」
次の瞬間パチッと電気がはじけたような音がし、ステファニーが「うわっ!」と慌てて前足をアカネから離した。
アカネは既に吊りあがらせたウルウルポロポロな瞳で僕たちを睨みつけている。その目の中には僅かな赤色の光が揺らめいているのが見えた。しかも頬袋から電気が漏れている。これはかなり危ない。
アカネが喉の奥で「んー……」と小さなうめき声を出し、不満を僕達に伝える。
「あ、アカネごめんね……」
「こりゃ手強いな……」
リオンがぽつりとそう呟いた瞬間、起きているにも関わらず朝礼に集まってこない僕達に痺れを切らしたのか、ゴルディがズカズカと通路を歩いてくるのが見えた。
「おいお前ら!いい加減遅すぎるぞ!もう他の奴ら集まっておおおおう!?アカネどうしたんだよ!」
「うるさいですわゴルディ!ちょっと黙っててちょうだいな!」
「んだと!!この状況説明しろ!てか朝礼始まるから!」
「どっちもうるさいんだけど」
僕が比較的落ち着いたトーンで二匹の会話に口をはさむと、暫く通路がシーン、と静かになった。
ステファニーもリオンも目と口を呆然と開いて僕の方をガン見しているが、アカネはとくに変わらずに口を頑なに閉じて涙を引っ込めようと頑張っていた。
「す、すまん!」
「とりあえず声のトーン落ちつけろよ……」
相変わらず声を張り上げて謝罪するゴルディに対し、リオンが呆れた顔で彼を落ちつけた。
比較的普通の声量になったゴルディが説明を求めると、フラーが手際よくそれを説明していく。
このまま通路に溜まって朝礼に行かない訳にも行かないため、電撃覚悟で僕がアカネを部屋に連れもどすということで話がまとまった。
「アカネ、ちゃんと休んでね?」
「体の中で電気暴れてしんどいだろうし、オレンとかクラボとか後で差し入れする」
心配そうにこちらを窺いながらも、ブレイヴの二匹はゆっくりと朝礼場に向かって歩いて行った。
まだ不満そうにしては居たが、一応納得したのか、アカネは彼らについていこうとはせずに、僕の隣にとどまっていた。
「部屋帰ろうよ、アカネ」
「……ん」
アカネの手を引いて部屋に戻り、予備の毛布を取り出すとアカネのベッドの上に置く。
不満そうにしながらもベッドに入って、涙をこぼすまいと歯を食いしばる彼女を見ていると、不思議と昔の自分の事を思い出した。
別に我慢しなくてもいいのに、と、ちらりと思ったりもしたが、それは当時両親が僕に思っていた事そのものだったのだろうか。
「アカネ。ちゃんと寒くないようにして寝ててね。後でベルに色々頼んどくかもしれないから、驚かないでね」
「……ごめん」
「いいからいいから。よし、二匹分頑張るよ!行ってくる!」
そう言って、後ろを気にしながらもクロッカスの部屋から朝礼場まで早足で向かう。
事情をきいたのか、まだ皆僕の事を待っていた。