正直‐73
「……あ」
パトラスと別れた後。
クロッカスの部屋への道をゆっくりと歩いていると、向かい側からチームドクローズが相変わらずの悪臭を漂わせて歩いてきているのを見つけた。
僕は自分がまだ体に汚れをつけたままだと言う状態だと言うことを知ってはいたものの、既に心身共に疲れてしまって洗いに行こうなんて思う気力が無かったが、この姿を見られれば恐らく馬鹿にされるだろう。
そう思っていたが、既に一日を終えた気分だった僕にとっては「なんとでも言え」という気持ちがどこかにあった。
「遅いお帰りだったな、カイトさんよ」
「汚れっぱなしのまんまで何処行く気だ?へへッ」
「…………」
エターとクモロが口ぐちに僕に嫌みを垂らす。そんな中、グロムだけはずっと黙ってこちらを睨んでいた。
グロムが一番ボロクソ言いそうだと思っていた僕は、想定内の悪口よりも黙りこんだグロムに警戒心を抱いていた。
正直、思っていることがいちいち分かりやす過ぎる彼の部下と彼を比較すれば、彼は一体何を考えているのか分からない。そこが少し不気味でもあった。
「……何故だ?」
「……なにがだよ」
グロムが口を開いたかと思えば、僕には良くわからない一言だった。いったいその一言が何に対してのものなのか、答えようがない。
「…………ちッ。行くぞ」
舌打ちをすると、僕のとなりを三匹はすり抜けて歩いていく。エターとクモロも、何も言おうとしないグロムを見て不安になったのか、何かしきりに話しかけているが、いつもならそれを聞き取ろうとしたであろう僕も拾うの所為でそんな気力は無に等しい。
さっさと部屋に帰って体を拭こうと思い、再びゆっくりと歩み始めた。
*
「……それ、何で自分の攻撃が打ち消されたか、って話じゃないの?」
既に汚れた体を洗っていたアカネは、濡れた体を僕の尻尾の炎で乾かしていた。僕は濡れた大きめのスカーフで体を拭きながら、アカネに先ほどのドクローズの話をする。
すると、アカネから帰ってきた返答がそれだった。
「打ち消された……って。引火させただけじゃ?」
「……あいつらの攻撃は臭いも凄まじかったけどね。本当に敵を脅かすのは臭いじゃなくて『毒』。想像を超えた悪臭に相手は怯み、体が固まる。一方で降りかかった毒はその間に体を蝕んでいく」
「……思ってたんだけど。ガスが引火して爆発した後毒はきれいさっぱり無くなってたよね?あれなんでだろう……って思ってたんだけど」
「……火がついたから」
「いやよくわかんないんだけど」
アカネが面倒くさそうに説明する。それを聞く所によると、ポケモンが発する毒って言うのは燃やすと大抵は効果が薄くなるって話だと言うことを教えられた。正直本当かそれ?と思ったが、アカネがなんてことないという顔で話すので更に良くわからない。
「ホントにー?」
「……ほんと」
「でも聞いたこと無いなぁ……そんな話」
「そりゃ……。
もういいでしょ。嘘なら嘘でいいわよ。寝る」
「あ、アカネー……」
不貞腐れてごろりと毛布を被って横になってしまった。
アカネが言っていることは後に調べてはっきりさせるとして、いじけ気味になってしまったアカネを起こそうと体をゆすった。
「アカネー……あ、言うの忘れてたけど、今日アカネのおかげで助かったよ。ありがと」
「…………」
相も変わらず反応はない。もう寝てしまったのか無視を決め込んでいるのか、どちらにせよ応答はなさそうだったので、部屋にあらかじめ軽食用に置いてあるリンゴや木の実をつまんで、僕も寝ることにした。一応、という風にアカネにも声をかける。
「……僕も寝るからね?」
「…………ねぇ」
部屋の明りを消そうと思ったその時、アカネの被っていた毛布が大きくごそごそと動いた。
まだ寝て無かったんだ、と思い、そちらに顔を向けると、気まずそうにアカネがひょっこり毛布から顔を出している。
「……私も正直まだよくわかんないから……。なんでああなったのか……。
あんたの言った事もそう。それになんであの位の爆発で収まったのか……とか。はっきりわかんないし」
「……炎が毒性を消したわけじゃないってこと?」
「……今日は正直、悪かったと思ってる。
急を要する事だったとはいえ、危険な考えた。あんたが炎タイプだからって甘えすぎた、って」
相当落ち込んでいたらしく、ギルドへ帰る途中口数が少なかったのを覚えていた。咄嗟の判断にしては確かに急ではあったし、無理もあった。それによって僕達が助かったのも事実だ。
今とやかく言うことではないと思った。何よりアカネ本人が一番自覚している。
「だから落ち込んでたんだ」
「べつに……落ち込んでないけど」
「……良く分かんないこともあるけどさ、アカネがもし今日の事で心当たり?みたいなのがあるなら、いつでも言ってよ。
それこそ忘れた頃でも良いし、言おうって気になった時に何となく言ってほしいなーって」
「…………寝る」
「え」
再び毛布の中に閉じこもってしまった。何となくその行動の意味を分かっては居ても、なんだか物足りない気分がある。
明日の朝が変な雰囲気にならなきゃいいな、と思いつつも、やっぱり明日もいつもと変わらない様な『予感』のようなものがして、そんなに気にすることでも無いと思った。
さて、明日に備えて眠ろうと思い、明りを消してベッドに横になった。