ポケモン不思議のダンジョン〜時の降る雨空-闇夜の蜃気楼〜 - 五章 悪意と罠
『リンゴの森』奥地‐69
 階を重ねて行くたびにダンジョンのポケモン達のレベルが高くなっていくが、体力の消耗や技の不具合はどうにか道具で補っていた。既にフロアは10階を突破していたため、もうそろそろ奥地につくころだと思っていた頃、ダンジョンに出てくるポケモンが最初に比べ格段に減ってきたのを感じていた。
 本当に、そろそろ奥地だと思った時、通路を抜けた先で階段がぽつんと佇んでいるのを見た。
「もう少し探索する?」
「しない。とにかく急いで」
 そう言ってアカネは駆け足で階段の方へと走る。僕も後を追って階段へと向かうと、妙なにおいが鼻先を掠めた。
「あれ……」
 つい最近どこかで嗅いだ事のある臭いに目を見開く。そこらにあるような臭いでは無い。悪臭。鼻をつくような臭い。
 アカネに続く形で階段を早足で移動していた。今の臭いが仮に彼だとするのなら、この先はきっと奥地である。
 アカネが階段の出口である微かな光に飛び込んだ。僕も直に飛びこむと、そこにはダンジョンの中とは雰囲気の違う、落ちついた場所だった。
 この臭いがなければ、きっとそんな場所な筈だ。
「……ここ、一番奥だよね」
「でかい木……あれか」
 異様な存在感を放つ巨大な木があった。その木には、通常のリンゴの数倍かという位大きな赤いリンゴがぽつぽつと生っている。あれが恐らくセカイイチで、たしかにパトラスがよく夕食時に頭の上で転がしているのを見たことがあるような気がした。夕飯時は戦いなので、あまり見てはいなかったが。
「……臭い……」
 ここにきてからさらに臭いが強くなった。ギルドに居る時よりかは濃度薄めのように感じるが、それは多分ここが開けた場所だからだろう。
 間違いない。奴らが居る、と、ここに入った瞬間に確信した。
「……どうやって採ろうか」
 気付いていないふりをして、僕はアカネとセカイイチの木に近づく。実質、採る方法はあったが、隠れているのであれば僕たちの会話に反応して出てくるのではないか、と思ったのだ。
 アカネもそれは同じなようで、「ちょっと高すぎるわね。届かない」と、いつもの口調で僕の疑問に答えた。
 その瞬間、ガサッと木が揺れる。
 かかった、と思い、身構えた。
 その瞬間に、何かが大きな木の上から落ちてくる。というよりかは、降りてくると言った方が良いだろうか。元から宙に浮く術を持っているポケモン、ドガースのクモロとズバットのエターである。
「へへへへッ!!!!マジ笑える!!そんな事もわかんねぇのかよ!!」
「思ったより頭悪いんだな、ま、知ってたけどなぁ。ケケッ」
 腹をパンパンにして口の周りを汚した二匹がニタニタと笑いながら木から下りてくる。自分から手を出したら負けだと思い、ぐっとこらえて相手を睨みつけた。
「……臭いまいておいたから、てっきり踵を返すと思ってたぜ。勇気があるんだか、それともただ臭いに気付かなかっただけか……」
 ククッ、と微かな笑い声が聞こえる。草が擦りあわされる音と、何かが地面を踏む音が聞こえた。
 木の後ろからゆっくりと現れたグロムの腹もまた膨らんでおり、多少口元が汚れている。木の下に大量に落ちたリンゴの芯を見つけた。
「そんなに食べたのか!!」
「そりゃ、食べないわけにはいかねぇよ。なんたってパトラスの大好物だろ?こんな高いモン、ギルドなんかでチマチマやってたってなかなか食えねぇ。
 それにお前らの所為でもあるだろ。お前らが遅いから食い過ぎちまった。ククッ」
「……へぇ。森の入口で何となく思ってたけど、やっぱ食糧食いつぶしたのあんた達?」
「さぁ?なんのことやら。ま、俺らがやったとしてもだ。そんな証拠はどこにもないからな。どうせペリーだってそんなに気にしちゃいねぇだろ。昨日の食事はあのギルドにしてみりゃ、多かったらしいからな。
 ……で、どうする気だ?お前ら」
「……勿論、お前を倒して持ち帰らせて貰うよ。いいね、アカネ?」
「…………ええ」
 僕とアカネがそう言うと、グロムは嘲笑するように笑う。エターとクモロも、そのニヤニヤとした顔に更に筋を入れた。
「ククッ!俺達を倒す?お前らが?失礼にも程ってもんがあるだろう。
 第一、俺達はお前らと争う気はない。ただ、お前達セカイイチを持ちかえるまでのサポートをしてやろうと思ってな」
 どういうことだ、と、一瞬考えてしまった。アカネは相も変わらずに三匹を鋭く見据えている。その目を見て、全く信じていないと言うことを察すると、僕も同じように三人を睨みつけた。
「そんな睨むんじゃねぇよ。同じギルドの仲間じゃねぇか。
 さっき、どうやって採ろうとか話してたな。そんなの簡単じゃねえか。見てな」
 そう言うと、グロムは僕たちの方にちかづいてきた。二歩、三歩と警戒しながら下がると、グロムはくるりと背中を向ける。
 悪臭で攻撃されると思ったが、グロムはそのまま走りだし、セカイイチの大木にとてつもない力で突進した。
 グロムの体が木に打ちつけられた音、それに伴う振動で木が揺れる。ざわざわと激しく揺れる木に、グロムは繰り返し突進を仕掛けた。
 木が涙を流しているかのようにセカイイチはぽろぽろと木から落ちてくる。グロムの凄まじい突進に、これをあまり繰り返しては木が駄目になってしまう。そう思った僕は、思わず「何してんだ!!」と、グロムに向かって怒鳴りつけた。
 その声に反応するようにふらりとグロムはこちらに目線を傾けた。
「へぇ、お前でかい声でるじゃねぇか。
 伝説の救助隊の息子だって?ほんっと、素晴らしいこった。ククッ」
 両親の話を出されて一瞬ひるむ。それを見て、あいつはあざ笑うかのように目を細めた。

 感情の中に何かの衝動が走る。拳を握りしめ、一歩踏み出そうとすると、アカネが後ろから僕の腕を掴んだ。

 まるで「今はまだ待て」と言っているかのように。



ミシャル ( 2015/11/04(水) 20:28 )