『リンゴの森』‐68
「ここが『リンゴの森』の入り口?」
生い茂る木の中には、赤く熟したリンゴの果実、まだ若々しい緑色の果実が木々を彩っていた。その中にはモモンやオレン、所々にはオボンの実もなっている。
どうやら、ここはいわゆる「果実の宝庫」のようなダンジョンらしい。バッグに空きを作ってきたので、これならわりと収穫はありそうだ。
「……ほんとネーミングセンスそのままよね」
「んー……いやでもさぁ、変に捻ってもって話だし……実際リンゴの森だし」
「……まぁ、良いわ。そのセカイイチってのがあんのは最奥部よね」
「たしか10階くらい行けばあるって言ってたっけなぁ……割と野生のポケモンも強いらしいから、気を引き締めてこっか」
そう言って僕は、アカネの前を歩きながらダンジョンに入って行こうとした。
すると、少しだけ後ろをついてきていた足音がぴたりと止まる。振り返ると、アカネが立ち止まり、周囲を見渡していた。
良く見れば微かに彼女の鼻が動いており、眉間にはいつもの皺が寄っている。
「アカネ?どうしたの」
「……まさか……」
アカネの目付きが鋭くなる。
その瞳の中に、微かな『赤色』を見た。
「出来るだけ急ぐよ」
「え?」
「ちょっと面倒なことになるかもしれない」
アカネがリンゴの森のダンジョンに続く道を見据える。何かに気付いたのだろうか。彼女はいつもよりも早足だ。
森の最初の方でいきなり何匹かの野生のポケモンと遭遇したが、大抵が虫タイプと草タイプで構築されていた。アカネには有利ではないものの、大抵が僕の炎技で一蹴することができた。
最初の仕事を受けた時から今に至るまでかなりの量の依頼を受けている。僕とアカネも着々と力を上げ、技のレパートリーもふえた。アカネは勿論、僕も『煙幕』や『竜の怒り』そのほかもろもろな有力な技を得ている。『火炎放射』が使えれば最高だ。現段階では実力不足で、どんなに頑張っても最終的には『火の粉』になってしまう。
種族的に口から炎を吹くことは出来るのだが、目の前で唸って直に消える程度だ。それだと威力に欠けてしまう。
「あんた……種族の割に炎技が割と少ないっていうか」
「あー……うん……」
「やっぱ馬鹿力だけじゃどうにもなんないのね」
そう言ってアカネは小さなため息をつく。その言葉は僕を奮い立たせるわけでも怒らせるわけでもなく、何となく僕のコンプレックスをほんの少し膨らませる。
「まぁ、ちょっと気にしてるかなぁ……」
「技マシン使うって手もあるわよ」
「それはちょっとプライドに反する!」
『技マシン』を使えば火炎放射がいとも簡単に覚えられてしまうのだが、覚える代わりに一つ自分の技のレパートリーを手放さなければいけないデメリットがあるし、それは何となく『ずる』 のような気がしていた。
やっぱり、僕はなんだかんだでプライドが高い。
「アカネも電気技少ないよ」
「人間に何求めてんの?」
「……ですよね」
とはいえアカネの動きは最近随分俊敏になった。慣れてきたのもあるだろうし、おそらくアカネ自身の適応能力が高いのだろう。今までの経験値からしても十分強かった。
「アカネ。後ろから何か来てる」
「そう」
微かに聞こえる羽音。このダンジョンに住み着いているポケモンを思い出してみると、それは三種類程思い当たる。
アカネが歩みを止めると、そのまま後ろに勢い良く振りかえった。僕も顔を後ろに向けると、そこには大きな蝶のようなポケモンが感覚を置いて佇んでいる。
その目はこちらを見据えていた。
「さっき戦ったら結構強かった。戦う?」
「……めんどくさ」
そういいながらも、ゆっくりと向かってくるバタフリーの方に頭を向け、体を丸めるとスピードを徐々に上げながら走り始める。
「アカネ、粉出してくるよ!!」
バタフリーが羽を大きく開く。アカネは技を繰り出される前に胸元に飛び込み、『電光石火』で相手の体を突き上げた。バタフリーは大きくよろけ、体制を立て直そうとする。その隙を与えまいと、アカネは尻尾を地面について器用に体を跳ね上げ、バタフリーに『電気ショック』を落とした。
『粉』とは、虫タイプのポケモンが何らかの状態異常を引き起こさせるために使う鱗紛だ。今に比べまだあまり慣れていなかった頃、多少だがこれに苦しめられた思い出がある。
電気ショックで体を軽く焦がされ、完全に地に落ちたバタフリーは既に目を回していた。
「アカネ、大丈夫?」
「……木の実沢山落ちてるかと思って、全部倉庫に置いてきたのが良くなかった」
「少し焦った」と、アカネは口を零した。収集するものがたくさんあるかもしれないと思い、オレンの実以外は食料の足し程度にとペリーに渡したり倉庫に預けたりしてきたため、バッグの中の木の実はまだ少ない。
「オレンとモモンが二つずつね……あとグミか……」
アカネは自分のバッグを漁りながらブツブツと中の食糧を確かめて行く。僕のバッグにも入っていないが、アカネのバッグにも入っていなかった。
「……まぁいいわ。ペリーが食料の方はどうにかするって言ってたし。とにかく急ぐよ」
また思い出したかのように足を速める。いったい何に気付いたのかは知らないが、アカネが焦っていると言うことは確実に良いことではないだろう。そう思い、ダンジョン内でレベルが高い方のポケモンは僕が率先して倒して行った。このダンジョンのポケモンは炎タイプにはめっぽう弱い。レベルの高い相手でも、アカネが痺れさせてくれさえすればやりやすかった。
「アカネ、いま何階くらいだっけ」
「七階」
僕は戦闘で忙しくしている間、アカネが全部数えてくれていた。敵のレベルや数を考えると後半分くらいだろうか。上の階は比較的野性は少ない物のレベルの高いポケモンが多い。
「あんたまだ技出せる?」
「火の粉使いまくっちゃって……さっきより威力が下がってる気がするよ」
「あっそ」
そう言うとアカネはピーピーエイダーを渡してきた。そう言えばこの飲み物って何で出来てるんだろう、と思いつつ僕はそれをごくりと飲み込む。お世辞にも美味しくはない。いや、たまに美味しいのもあるけれども、甘酸っぱいというか甘しょっぱい。かと思えば苦かったりからかったり。
「……まずいぃ……」
「さっさと行くよ」
アカネは僕の事をスルーすると、この先につながる階段まで早足で歩いて行った。